バツイチのフリーター誕生!
執筆再開。
最近の悩みは屁の増加。
人生とはトコロテンのようなものだ。
34歳、脂の乗ったお年頃に私は離婚届という片道切符を手に実家というありがてえ城に戻った。
自由から協定への再変更と言ってもいい。
新たに「子供部屋」を設置してもらい、いい歳の大人が親のスネをかじりながら生きる。
字面にすると救いようがないが、当の本人はそれどころではなかった。
まず離婚直前から私はリサイクルショップでのアルバイトをしていた。
「これまでの人生、色々なものをリサイクルしてきた私にぴったり!」だなんて殊勝なことを思ったわけではない。
そう、現実は甘くなかった。
精神障害の不安定さと戦いながら、私は何を血迷ったか1人で洗濯機を持ち上げ、案の定、腰をゆわしたのである。
ギックリ腰。
それは何者かが「あんたにゃ力仕事は無理だよ」と突きつけてきた、物理的なお告げであった。
洗濯機と一緒に私の腰も砕け散り、私はリサイクルショップを去った。
次にトコロテンが私を押し出した先は、巨大な商業施設の中に鎮座する、お手頃価格のジュエリーショップだ。
かつて重い洗濯機を運んでいた手は、今やキラキラと輝く指輪やネックレスをなるべくたくさん売りつけている。
「いらっしゃいませぇ〜」と微笑む私は、それなりにプロの顔をしているはずだ。
だが閉店して退勤を切ったあと、いい歳して最低賃金で、親のスネかじって何やってんだとチベットスナギツネ顔。離婚して自由になったはずなのに、手に入れたのは「延命処置」であった。パパ、ママ、まじごめんな。
トコロテンは、突かれれば出るしかない。
私もまた、この実家という名のトコロテン突きから、いつかは外の世界へと押し出されるのだろう。
今のところ将来はボロアパートで孤独死確定だ。
私はどう生きるのか。
宮崎駿もビックリの人生再スタートであった。
実家がある程度太くてよかったー!




