【閑話】 使用人たちの朝は早い
メイドの朝は早い。
日の出より先に起床し、パリッとしたメイド服に身を包む。ラベンダーの香りがふわりと揺らめいて、寝起きの頭がスっと仕事モードに切り替わる。
いい柔軟剤使ってるのね、さすが公爵家。
ホコリなどひとつも見当たらない廊下とリビング、さらに食堂を軽く掃除して、使用人の溜まり場である、厨房の横のくつろぎスペースへと移動する。すると、そこにはもう既に朝食の準備がされている。
綺麗な焼き目のついた卵焼きに、飴色に透き通ったコンソメスープ。主食はパンで、林檎のジャム付き。…実はこれ、私たちの仕える公爵家の皆様と、同じメニューなんです。驚きよね。
卵焼きはパセリがのっていてオシャレだし、コンソメスープはニンジン控えめ──公爵様とその娘のリリアン様はニンジンが苦手だそう──私もあまり好きではないので、ちょっと嬉しかったりする。…ええ、そう。ちょっとだけね。
甘い卵焼きは私好みだし、パンは焼きたてふわふわで、ジャムはキラキラ輝いて宝石みたい。なんて素敵なの。すごく美味しいのに、見た目も文句なし。
料理長、私と結婚してください。なんてね。
*
料理長の朝は早い。
日の出より先に起床し、作業着へと着替える。そのまま屋敷の裏の畑へと直行し、みずみずしい野菜をいくつか収穫する。トマトにキュウリにナス。どれも美味しそうだけれど、それらは今日は使わない。ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、パセリ。
よしよし、よく育ってる。
大きさも色も、公爵家の皆様に出すのに、全く問題がない。
それらを持って厨房へと急ぐ。そこにはもう見習いがいるので、野菜を洗って、ちょうど良い大きさに切るように言う。
お前に、卵焼きはまだ早い。だから、コンソメジュリエンヌの野菜を頼んだぞ。そうそう、具が細長いコンソメスープのことだ。ニンジンは特に細長く切るのを忘れるなよ。
最近包丁の扱いが上手くなった見習いを尻目に、隣の小部屋へと向かう。そこにあるのは白い仕事着。汚れなどひとつも見当たらない、真っ白いやつだ。これに身を包むと、気持ちがシャキッとする。コック帽をかぶると、今日もがんばろうと思う。
厨房へ戻ると、見習いは得意げな顔。…ちゃんと全部できてるみたいだな。そろそろ料理をさせてもいい頃かもしれない。
さて、昨日の仕込みで鶏の骨や野菜を煮込んでおいたブイヨンを用意する。香辛料を惜しみなく使っているので、味は完璧。見習いのカットした野菜を一気に投入し、グツグツと煮込む。旦那様は濃いめの味付けが好みなので、塩コショウをサラサラとふり入れる。…火の見張りは見習いに任せて、卵焼きを焼こう。
今朝取れたばかりの新鮮な卵がもう届いている。
…一体農家は何時起きなんだ。これが毎日なんて、大変だろうな。コンコンパカリと卵を割って、ゆっくりととき混ぜる。砂糖を入れて甘くする。朝はあまり食欲がないルーシー様もこれだけは食べるんだよな。
…見習いが洗い物をしながらこちらの手元を見つめている。昨日から寝かせておいたパン生地はもうオーブンに入れたのか。仕事が早いな。さすが俺の弟子。
おうおう、よく見とけよ!正直、お前が作るのとあんまり変わらないだろうけどな!
卵焼きを作るのに、技術はほとんど要らないし、特別なこともしない。卵焼きなんて誰にでも作れるんだ。それが、どうしてお前に任せないのか分かるか?
卵焼きはな、愛なんだよ。どれだけ大切に作れるか、それが大事なんだよ。簡単だからってササッと作って欲しくはないんだ。だから、よく見てろ。お前はまだ『卵焼きは半人前には任せられない特別な料理なんだ』と思っていればいいんだよ。
温度低めに設定してあるフライパンに少しずつ卵を流し入れる。ふんわりとした食感にするために、軽くかき混ぜながら。一番大事なのは、美味しくなあれって思いながら作ること。嘘みたいだけど、これがあるのと無いのとでは大違いなんだぞ。ほんとに。だけど恥ずかしいし、見習いにも笑われてしまうといけないから、これは言わないでおくけどな。
まあ、あいつも言わなくたっていつか自分で気がつくさ。食べる相手を思う方が思わないよりずっと美味しく作れるって言うのは、大事な人が出来ればすぐ分かることなんだからな。
朝食ができた。旦那様たちの分を残して料理を配膳する。
これはこの屋敷に住み込みで働く、使用人たちの分だ。そう、昼食や夕食はさすがに違うけれど、朝食は旦那様方と使用人の食事はまったく同じものなのだ。…それは旦那様が「忙しい朝にわざわざ大層なものを作る必要は無い、ここで働く皆と同じものでいい」と言ってくださったからで、俺が手抜きをしたいからなどでは断じてない。
朝食を準備していると、一番に庭師のバークがやってくる。バークは20という若さで庭のすべてを任されており、陽気な性格も相まって女性にモテる。土に詳しいので畑の管理もしてくれて、バークが一人いるだけで大助かりだ。
次にやってくるのはメイド長のミリア。髪をひっつめていて、銀縁のメガネがトレードマーク。初対面では怖そうだと思っていたけど、そうでもなかった。いつも優しく、周りを気遣える人だ。
そんな感じで使用人たちが集まってくる。みんな忙しいので、来たものから食べては帰っていくのだが、料理を出す立場の俺とみんなは必ず会うわけだ。一人一人の顔を見て、体調管理をするのも俺の役目だったりする。
そして最後にやってくるのはナンシー。彼女は凝り性で、朝食前に様々なところを掃除してくる。以前、仲間のメイドから「そんなに掃除してはあとで掃除するところがなくなってしまうわ」と言われていたほどだ。彼女に言わせると、掃除するところなんていくらでも出てくるから大丈夫、なんだそう。実際に、空いた時間には廊下の窓やトイレの鏡などをぴかぴかにしているのだからすごいと思う。
今日はそんな彼女への労いに、パンにのせるジャムを少し多めにしてあげた。目をキラキラと輝かせる様はとても可愛らしい。薄い黄色の瞳が光を反射して、まるでこのリンゴジャムみたいだ。
今度、アップルパイを作ったら、ナンシーは喜ぶだろうか。
皆様お久しぶりです!
リアルが忙しくてなかなか投稿できていませんでしたが、筆を折ってはいませんよ!待っててくれた方はありがとう!
本当は使用人のリリアンへの思いとか書きたかったのですが、長くなりすぎたので、今回はここら辺で。次話は近日中に投稿しますので、どうか許してくださいな!
あ、今回のは改行が少なく読みにくいと思うので、ちょこちょこ修正を加えて読みやすくしていこうと思います!ご迷惑をおかけします!
そして。
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