突然の婚約破棄
「リリアン、僕との婚約を破棄してくれるね?」
急な呼び出しに駆けつけた私に、婚約者である王太子のレヴィン様はそう言った。予想していたことだが、思っていたより少し展開が早い。
「理由をお聞きしてもよろしくて?」
私の言葉に彼はもちろんだとうなずいた。
「想い人ができたんだ。彼女のことを考えると夜も眠れない…」
やっぱり…、とそう思った。所詮は政略結婚。王家と公爵家のつながりを深めるためのものだった。彼が私を愛してくれているとは微塵も思っていなかったけれど、彼もいつかは私のことを…と少し期待していた。それなのに…。
「父上には僕から話しておく。君は何もしなくていいから…」
優しげに、だけれど反論を許さない声音でそう言う彼はいつもと変わらず格好良くて、なんだか悔しかった。
何も反論しない私を不審に思ったのか彼は首を傾げる。
「何か言いたいことはないのか?相手はだれなのかとか、どうやって婚約破棄するのかとか…」
眉をしかめてちょっといいにくそうだ。あぁー。これは聞いてほしいんだろうなー。今言ったほうが私のためとか思ってるのかな。全部知ってるから聞かないけど。そう、相手は私のよく知る令嬢なのだ。
「聞く必要がありませんわ。だって、全部知っていますもの」
正直に言うと、彼は驚きに目を見開く。
彼は気持ちを上手く隠していたし、周りはそれに気付いていないと思っていたんだろう。実際に私以外はだれも気付いていないと思う。だが、私は知っていた。
…私には、前世の記憶というものがある。
私の前世はどこにでもいる平凡な女だった。高校の卒業と同時に小さな会社に就職し、それなりの給料で生活していた。そんな中で、私は趣味に走った。それは「叶わぬ恋の行方」略して「カナコイ」という乙女ゲームだった。ヒロインの行動を選択し、攻略対象にアプローチして婚約を、そして最終的には結婚を目指すというものだ。
そして私は今、その「カナコイ」の世界にいる。そうとしか言いようがない。前世で死んだ記憶はないし、前世の記憶を取り戻したのはついさっきで、レヴィン様から呼び出しを受けたとき。あっ(察し)ってなってブワッと記憶が溢れてきた。ああ、悲しい。設定上、私はヒロインの当て馬であり、攻略対象とヒロインの恋を盛り上げるためのスパイスでしかないのだ。
「リリアン?聞いているのか?」
あ、いけない。レヴィン様がいることを忘れていた。
「ええ、もちろんですわ」
聞いていなかったが内容はわかる。彼は乙女ゲームの攻略対象。つまり、ヒロインに心を奪われて悪役令嬢である私、リリアンに婚約破棄を申し出ているのだ。親の決めた婚約だからやすやすと破棄できないが考えがあるから自分に任せてほしい、彼はそう言っている。
どうぞご自由になさって。そう思わずにはいられない。だって全部思い出したんだもの。彼の想いを寄せる相手は、「カナコイ」のヒロインである、私の一歳年下の妹だ。
「ルーシーをよろしくね」
レヴィン様は驚きに目を見開くと、バツが悪そうに控えめに微笑んだ。
*
「お姉様!私、レヴィン様はお姉様にお譲り致しますわ!!」
ルーシーが私にそう言ったのは一体いつのことだっただろうか。3、4歳くらいのときだろうか。
私とルーシーは父とともによく王宮を訪れていて、王太子であるレヴィン様の遊び相手だった。サラサラの金髪に濃い碧の瞳。すっと通った鼻筋。私はひと目で恋に落ちた。そしてそれはルーシーも同じだったようだ。私達はレヴィン様に必死でアピールし、それはそれは頑張った。結果、婚約者の座を勝ち取ったのは…私だった。レヴィン様と同い年であり、一年の年月を差し引いたとしても少しだけルーシーより優秀というだけで決まった。レヴィン様に選ばれたわけでもないし、完璧な政略結婚だった。それでも嬉しかった。それくらいに私はレヴィン様が好きだった。
ルーシーは納得していなくて、しばらくは私とお父様に文句を言っていた。私のほうがレヴィン様が好きだとか、レヴィン様は私の頭をなでてくださるとかずっと言っていた。
そんなルーシーがある日、目に涙を一杯にためてやってきた。
「お姉様…」
何かあったのかと心配する私を、ルーシーはぎゅっとこぶしを握りしめて見つめた。眉をしかめて泣くのを我慢しているようだった。
「お姉様!私、レヴィン様はお姉様にお譲り致しますわ!!」
私はすごく驚いて何も言えなかったけど、なんとか頭を回転させ、ルーシーにハンカチを渡すことはできた。
話を聞いてみると、ルーシーはお屋敷の使用人やお母様、お父様などの会話を盗み聞き、王太子であるレヴィン様がこれからされるであろう苦労と、リリアンでないとレヴィン様を支えられないだろう…といったことを耳にしたそうだ。私とルーシーは顔もそっくりだし、学力や一般教養、礼儀作法などそれほど違いがないように思えたが、(まだ3、4歳だしね)やはりレヴィン様と同い年だという点と、私は本が好きで予備知識が多いという点が評価されたらしい。
「私、レヴィン様のためにレヴィン様を諦めますわ」
はっきりとそう言うルーシー。
健気なルーシーに思わずキュンときてしまった。私はルーシーをぎゅっと抱きしめる。
「ルーシー。あなたがそんなにレヴィン様のことを想っていたなんて知らなかったわ。譲ってあげることはできないけれど、いいことを思いつきましたわ」
パッと顔をあげ、少し赤くなった目で見つめてくるルーシーは可愛い。容姿は私とうりふたつなのに。
「私達、そっくりでしょう。入れ替わってもバレないわ」
ニヤリと笑うとルーシーは大きく目を見開いてそのあと向日葵のように鮮やかに笑った。
読んでくださってありがとうございます!
前作に引き続き悪役令嬢もの…
最近悪役令嬢ものが好きすぎてですね、書きたくなるんですよ…。
小説読むのが好きなので、たまに自分の作品放り出してなろうを漂流しています…。
おすすめの作品があればぜひ教えてください…!
「そのありって、絶対この話好きでしょ!」
って思った方はぜひこちらまで…。