可愛いだけじゃない婚約者(レヴィン視点)
僕は、物心着いた時には既に"自分を作っていた"。
王子として、いずれこの国の王となる者として相応しくあるようにと気をつけていた。
そんな中、僕は二人のご令嬢に引き合わされた。オリエント公爵の娘、リリアンとルーシーだ。『ご友人として』と紹介されたが、彼女らが僕の婚約者候補であることは幼い僕の目にも明らかだった。
…ただ、僕は二人が好きになれなかった。
だって、二人は毎日のように僕の元を訪れ、剣の稽古を眺めては「素敵です」「かっこいいですわ」とできるだけ褒めちぎって、それに満足したら僕にお茶を勧め、雑談という名のマシンガントークをして帰ってゆくのだ。自由すぎるだろう。こちらの都合も考えて欲しい。
しばらくすると、僕の婚約者がいつの間にかリリアンになっていた。
たいして前と変わらないだろうと思って放置していたが、いつの間にかルーシーがあまり来なくなった。
リリアンと僕の時間を邪魔しないようにと周りが気を回していたようで、僕はリリアンと二人きりの時間を過ごすことが多くなった。
正直、要らぬ世話だ。リリアンとの会話はほとんど無かった。始終無表情である様子を見ても、彼女も退屈に思っていたのではないだろうか。
…思い返してみれば今までも、ルーシーばかりが喋って、リリアンは相槌を打つだけだったような。それに、リリアンは他の女性と比べキャーキャーと騒ぎ立てないし、ベタベタくっついてもこない。
そう考えると、この気まずい時間も、案外心地よいものかもしれない。
「なあ、リリアン。君は僕との婚約についてどう思っている?」
憧れの人などはいないのだろうか。僕の婚約者になったばかりに想いを制限されているとしたら、大変申し訳ないのだけれど。
すると、リリアンはそっと目を逸らし、うっすらと頬を染めた。
「わ、私は…レヴィンさまの婚約者となれて、たいへん幸せですわ…」
あ、恋に落ちた。
僕はリリアンを好きになってしまったのだと、瞬間的に分かった。それと同時に、『作られた僕』の仮面が剥がれ落ちてゆく。
…そこからはもう言わずとも分かるだろう。
四六時中リリアンが可愛らしく見え、愛しく思ってしまう。今までは苦痛だった静かな時間が優しく流れてゆく。
彼女がそのつり目をふと緩めて微笑んだ時など、思わずにやけてしまって…。
いけないいけない。僕は王子だ。感情を面に出すなど言語道断。国の未来がかかっている。剥がれ落ちた『作られた王子』をまた取り付ける。
リリアンとは婚約者なのだから、これで満足しておかないと。
…僕はある時、リリアンとルーシーの入れ替わりを知った。
彼女が、リリアンならば絶対にしないであろう行動を取ったのだ。
いや、それはたいしたことではなかった。ただ、僕より先にお菓子に手を伸ばしたというだけだ。
「君は…」
思わず声をかけてしまった僕に彼女はビクッとして、こちらを見た。お菓子に伸ばした手はそのままで。
何だか僕はおかしくなって、笑いを零した。
「ははっ…!君は面白いね、リリアン!」
この場に居ない彼女への言葉だったが、ルーシーは彼女になりすました自分への言葉だと受け取ったようだった。
ルーシーは気まずげに顔を下げたが、直ぐに顔をあげて微笑んだ。そうだね、彼女はなんでもかんでも笑顔で誤魔化す節がある。ルーシーは姉をよく見ているんだな。
「光栄ですわ!これからも頑張りますね!私には、レヴィン様の婚約者としてレヴィン様の笑顔を守る義務があるのですから!」
ルーシーは露骨に『婚約者』だということを強調してきた。大丈夫だよ、僕は気づいていない体で、今まで通りでいるからさ。
可愛い婚約者の可愛い妹。これを境にルーシーへの苦手意識が完全に消えた。
*
「いい香りの茶だ…」
この静かなティータイムは心地よかったが、僕は彼女と会話がしたかった。それで、話題をそっと置くことにした。
「それは海の向こうから輸入しているものですね。行商人から定期的に買い付けているのです」
期待通り、彼女は口を開いた。スラスラと返すあたり、行商人との交渉を行っているのは彼女本人に違いない。
「その行商人、紹介して貰えないだろうか」
彼女が断れないのを知っていて頼む僕はずるいと思う。
「ええ、喜んで。レヴィン様に気に入られて、きっとこの茶葉も喜んでいますわ」
…ああ、また。お茶が喜ぶ、だなんて。
───途端、懐かしい思い出が蘇る。
*
「僕に贈り物?」
なんだって急に。
「ええ。今日はレヴィン様のお誕生日でいらっしゃいますでしょう?」
覚えていたのか。少し嬉しい。
「そうだけれど、それがなんだというんだ?成人の儀でもないのに贈り物だなんて変だよ」
そんな文化、聞いたことも無い。
「そうでしょうか?私、誕生日は毎年祝うことにしていましてよ?年に一度、この世に産まれたことに感謝をするのです」
産まれたことに感謝…?すると、彼女は僕が産まれたことを祝ってくれるというわけだ。
「へぇ…。珍しいことをするんだね」
…そういわれてみれば、彼女は毎年この日には手作りのお菓子をプレゼントしてくれていた気がする。あれはそういう意味だったのか。
「私の中では常識ですわ。贈り物も欠かせません。はいこれ、レヴィン様に似合うと思ったので差し上げます」
上品に装飾された箱を渡される。開けてもいいかと断りをいれて、そっと蓋をとった。
「…カフスボタンか。どうしてこれを?」
それは青い宝石のついた美しいもので、僕の瞳の色とそっくりだった。
「似合うと思った、と申し上げましたでしょう?…まあ、強いて言うなら今付けているそれがあまりお似合いではないので」
強いて言うなら、と彼女は言ったけれどどう考えてもこれが本音だろう。
「…っ、あはははっ!」
面白くて仕方がない。彼女はいつも僕の予想の斜め上を行ってくれる。
「失礼、正直が過ぎました…」
失言を恥じ入るように下を向く。重力に引っ張られ、彼女の美しい黒髪がサラサラと流れる。
「ふふ。いや、かまわない。実は僕もそう思っていた。父上からの贈り物なので使っていただけで」
この真っ赤なカフスボタンは華美過ぎてあまり好きではなかった。一方、彼女からの贈り物は落ち着いた青色でいつまででも眺めていられそうだった。
「うっ。王様からの…」
不敬罪だと気づいた彼女は顔を強ばらせた。
「ああ。父上はセンスがないからな…」
問題ないさと言外に示し、僕も気持ちは同じだと伝える。
「私、差し出がましい真似を…」
彼女はまた笑顔で取り繕おうとするが、僕はこの贈り物に感謝している。
「いいや、助かった。他でもない可愛い婚約者からの贈り物だ。これをつけることで、父上にも申し訳が立つ。どうもありがとう」
可愛い婚約者、というのは両親と僕の総意だ。王家では『可愛い=リリアン』の図式がまかり通っている。
「い、いえ。喜んでいただけたようで嬉しいです。…そのカフスボタンだって他の誰かより、レヴィン様に身につけて頂いた方が嬉しいでしょうし」
照れた彼女は可愛らしいが、また珍妙な…。
「カフスボタンが?…ふふ、またそれは不思議なことだね」
…そうやって、この日も楽しい時間が流れていた。
*
───ああ、やっぱり。婚約破棄など申し出るんじゃなかった。僕はこの面白くて可愛い婚約者をとても気に入っているのだ。
珍しいことに早めの更新です!
やらなければいけないことを全部放ったらかしにしての更新ですよ!(๑• ̀ω•́ ๑)✧
⚠後書き長めです!
読んでくださってどうもありがとうございます!!ここまで来れたのも読者様のおかげです!!
ここまでってどこまでよ?という読者様にご説明致します。
実はですね、この話からがこの物語の正念場なんですよ!!よろしければ、この題名の意味を今一度ご確認ください!!
↓↓↓
「コンフリクト」…葛藤。
「コンフリクトコンプレックス」…登場人物がさまざまな葛藤をし、自らの望むエンディングを目指す物語。
つまりですね!この、レヴィン王子の視点を取り入れてこそ物語が幕を開けたということです!
あ、今回の話を一部補足させていただきます!
誕生日を祝う文化についてです!
リリアンは記憶を取り戻したのが一話目の婚約破棄のシーンなのですが、日本人だった前世の影響は小さい頃から受けていたというわけです!読んでる途中にそのあたり気になった方にお詫び致します!
ではではみなさん、次回の更新も未定ですが、どうぞこれからも本作を楽しんでいただけると幸いです!!次の更新でお会いしましょう!!♡(´˘`๑)