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?話 『お詫び』……だ。

 

 

 誠司は一人、校門を背に『ある人物』を待っていた。 

 

 その人物がまだ学校を出ていない事は把握済みであり、もうそろそろのタイミングで現れることも誠司は予想出来ていた。


 そして、それは見事に当たった。


 その人物は暗い表情で俯き、繰り返し溜息を吐いている。

 そのまま誠司に気が付かず、行こうとするのを誠司は止めた。

 だが、声を掛けたワケではない。

 ただ、少し大げさに咳ばらいをしただけだ。


 それでも、その人物の足を止めるには十分であり、足を止めて振り返った。


 「あ、せい――飯田くん……」


 一瞬、名前を言いかける。


 その様子に、誠司も少しだけ心苦しさを覚えた。


 「――転校生。この後、時間あるか?」


 誠司がそう言うと、有紀は驚いたかのような表情をした。


 「え、なに、別に暇だけど……」


 有紀が懐疑的な視線を向ける。

 それも当たり前だ。

 誠司が散々、冷たい態度をとってきたのだから。


 「なら、少し付き合え」


 「付き合えって……どこに?」


 「いいから来い」


 「ちょっ、ちょっと!」


 誠司は、誰かがやったように有紀の腕を掴むと、話も聞かず、無理矢理に引っ張り、すぐ近くに止めておいた自転車の傍まで連れて来る。


 そうして、誠司は有紀の腕を離すと、自転車のスタンドを上げ、それに跨った。

 その一連の流れを有紀が不思議そうに眺めている。

 誠司は、自身の後ろを指すと、一言「乗れ」とだけ言い放った。

 それ聞いた有紀は、またもや驚いた表情をした。


 「急に何、何が目的?」


 誠司の突然の誘いに、有紀は戸惑いを隠せずにいた。


 しかし、誠司はそんな有紀の態度などお構いなしに、「いいから乗れ」と言った。

 

 しばらくの間、二人は無言で見合っていたが、やがて有紀の方が折れると、手慣れた様子で、誠司の後ろに前向きで乗り込んだ。両膝を伸ばし、後輪から伸びたバーに足を乗せていて、両手はしっかりと誠司の肩を掴んでいた。


 誠司はそれを目で確認すると、何も言わずに自転車を走らせ始めた。



 二人の間に会話は無く、耳には風を切る微かな音だけが聞こえている。


 道を歩く学生が横を通り過ぎるたびに、こちらを見て来るのが誠司には不快だった。

 だが、それもこれも、自身の気まぐれによるものなのだからと、誠司は諦め、後ろに乗る有紀に声を掛けた。


 「お前、今食べたいものはあるか?」


 「……なんだよ」


 「いいから」


 誠司の言葉に、有紀はしばらくの間、考え込むようにしたかと思うと、おおよそ一般的な女子高生が言いそうにない言葉を言った。


 「冷やし中華」


 「……はっ?」


 誠司は自身の耳を疑った。

 

 それは、質問の返答をとして『クレープ』やら『パフェ』などという如何にも女子が好みそうなものがくると、誠司は思っていたからだ。


 だが、実際に返ってきた答えは『冷やし中華』。

 誠司は可笑しくて、笑いを堪えることができなかった。


 「お、お前、冷やし中華って……」


 「べ、別に、昨日テレビで特集やってて、無性に食べたくなったっていうか……。というか、今日も暑かったし、丁度いいだろ?」


 「――かもな」


 やはり、橘有紀は『変な女』であった。

 

 有紀は運転する誠司の顔を覗き込むと、その表情に気が付き、文句を言う。


 「おい、なに笑ってんだよ」


 「ふふっ、笑ってない」


 「ほら、やっぱり笑ってる」


 「笑ってないって」


 「笑ったって」


 「笑ってない」


 「笑った!」


 

 そこまで言い合って、二人は唐突に黙り込む。

 いい加減、お互いに阿呆臭いと気が付いたからだ。


 誠司は大通りを避け、脇道に入っていく。

 少々狭いが、よく使う近道であった。

 電柱の横すれすれを通りぬけ、向こう側から人が来ない事を祈りつつも、スピードを緩めず進んでいく。

 やがて、狭い道を抜けると、広い公道に出た。


 そこで、不意に誠司が口を開いた。


 「……ちょっと前まで、こんな風に、俺の後ろに乗ってた奴がいたんだ」


 その言葉には、遠い昔を懐かしむような哀愁と、拗ねた子供のような感情が滲み出ていた。


 「……へぇ」


 有紀が興味なさげに言う。


 それでも誠司は話を続けた。


 「そいつは親友でな。子供の頃からずっと一緒だったんだ。何をするのにも一緒、どこに行くのにも一緒……」


 「……」


 有紀は何も言わず、聞いてくれている。


 「高校だって、一緒の所に行こうって言ったりして。そいつ、頭があんま良くなかったから、俺が必死に勉強教えて、何とか受かって」


 「……うん」


 「それで高校生活が始まって、俺、すげえ楽しかったんだ。人と話すのは苦手だったけど、アイツがいればどんな事も楽しめた」


 「……」


 「でも、急にいなくなった。俺に何も言わず、黙って一人で……」


 たとえ、名前を出さなくとも有紀には分かっていた。

 誠司が一体、誰の話をしているのかを。


 「俺、それだけがずっと気になってた。いや、今だって気になってる。理由が知りたいんだ。どうして、消えたのか。どうして、俺に何も言わなかったのか、って」


 「……ごめん」


 「……やっぱり、言えないんだな。裕樹に言われたのか?」


 「違う。違うんだ……」


 「じゃあ、何故?」


 「それは……ごめん。やっぱり言えない……」


 「そうか……なら、それでもいい。言いたくなるまで待つさ。たぶん、それが裕樹の意志なんだろ?」


 「誠司……ごめん。ごめんな」


 「お前が謝ってどうする」


 「そうかもしれないけど……ごめん」


 「……今日のお前は謝ってばかりだな」


 誠司は一人、隠すように笑った。


 

 誠司たちの自転車は下り坂に差し掛かると、ブレーキもせずに一気に駆け下りた。

 心地よい風が誠司たちを包み、有紀の髪を揺らした。

 空から差し込む橙色の光は、いつかの日と同じように二人の顔を照らす。


 それはまるで、かつての二人を映し出しているかのようであった。

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