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狐十夜  作者: 秋ぎつね
6/10

第六夜 幼馴染み

 俺は狐杉卓夫こすぎたくお。3流大学の3回生だ。

 まあこれといって特技も無い普通……の学生のつもりだが、一つだけのめり込んでいるものがある。

 それは「き つ ね 萌 え」だ。

 いつの日か人間に化けた狐とキャッキャウフフするのが夢だ。

 そのために部屋の神棚にはお稲荷様を祀り、有名な稲荷社は一通り参拝を済ませた。

 きつね村へは年4回以上通っている。

 キタキツネの写真集は8冊持っているし、狐のぬいぐるみも12体。 スマホのストラップはもちろん狐だし、狐のお面ももちろんコレクションしている。

 剥製? ……そんなもん買うものか! あれは言うなれば死体だ。そんな酷い仕打ちはないだろう。

 アパート暮らしでなければなんとかしてリアル狐を飼うんだが……。

 もちろん好物は油揚げの味噌汁にいなり寿司だ。


 狐が好きになったのは小学3年生の時「ごんぎつね」を読んでから。ごんと友達になりたかった。

 狐に恋したのは中学の時に中国の志怪小説「聊齋志異りょうさいしい」を読んでから。そこに出てくる狐の化けた女性の魅力に取り憑かれた。

 それ以来、狐の出てくる小説、ラノベ、コミックを読み漁った。狐に関する書籍を買い集めた。

 ああ、あのふかふかの尻尾を撫でてみたい。柔らかそうな耳を甘噛みしてみたい。


*   *   *


「たくおー!まだ寝てるのー?」

 俺を呼ぶ声。幼馴染みの篠田典子しのだのりこだ。俺と同い年で、同じ大学に通っている。

 俺同様、地方からこの街へ出て来て一人暮らし。家事全般が苦手な俺を助けてくれている。

 こいつのことを俺は「テンコ」と呼んでいる。だってその方が「天狐」みたいで響きがいいから。


「あー、まったく何やってんのよ、今日は1限目から講義でしょ?」

 顔も容姿も上の部類だがちょっと世話焼き過ぎなのが鬱陶しい。

 俺はのそのそと支度をすると、テンコが持ってきてくれたいなり寿司を朝飯に頬張った。


 大学までは徒歩で15分。

「あの教授の講義は眠くなるのよねー」

 しゃべりまくるテンコと並んで歩きながら、俺は日課を思い出す。

「悪い、テンコ、先に行ってくれ」

「なーに? ……またいつもの?」

「そうだ。すぐ追いつくから」

 そう言って俺はダッシュで横道へ駆け出した。

「ばかみたい。あんなとこにきつねなんていないのに」

 何かテンコが言ったようだが俺はそれを無視して走っていく。


 日課。それは大学の裏山にある稲荷社にお参りすることだ。

 幸いテンコの作ってくれたいなり寿司が残っていたからそれをお供えとした。

 ぱん、と手を打ち合わせて俺は祈る。どうか、きつねの彼女が出来ますように……。

 その途端、祠から光が発せられた。俺は眩しくて目を閉じる。閉じた目蓋越しにも感じられる程の光。

「な、何だ……?」

 光が収まったのを感じて目を開けた俺は……息を呑んだ。


「こんにちは」

 目の前に立っていたのは……巫女装束に身を包んだ美少女。

 さらさらの黒髪は腰まで届き、僅かに吊り目がちな切れ長の瞳。透き通るように白い肌。赤い唇。

 それよりも何よりも……ふくよかな腰から伸びる赤茶色の……しっぽ。先っぽは白くなっている。

「……」

「あなたが熱心なので、しばらくあなたの所に行くように、って言いつかってきました」

「……」

「卓夫さん、ですよね? 私は真子まこと言います」

「……」

「……? ……もしもし? 卓夫さん? ……きゃっ!」

 正気に返った俺は、彼女……真子を小脇に抱えると最大速度でアパートへと駆け込んでいた。講義なんてどうでもよくなってしまっていた。


*   *   *


「……」

「……えーと、真子、さん?」

「はい」

「ホントにキツネなの?」

「はい」

 真子はそう言ってしっぽをばさりと揺らす。

「……しばらく俺の所にいてくれるの?」

「はい」

「いるだけ?」

「いいえ、卓夫さんの役に立つように、って言いつかってますから」

「そ、それじゃあさ、耳も出せるのかな?」

「はい」

 彼女の頭からぴょこんと狐の耳が立った。

「これでいいですか?」

「うんうん、サイコー!」

「よかったですー」

 真子の耳がぴこぴこ揺れる。

「えーっと、次は何をお望みですか?」

 俺はこの際だから思いの丈を一気にぶちまけることにした。

「……しっぽ……触らせてくれ……」

 真子は真っ赤になると、

「……はい……おのぞみなら……どうぞ……」

 そう言って後ろを向いた。

 俺はおそるおそる近づき……そっとそれに振れる。一瞬、真子のしっぽがぴくん、と震えた。


「あーー……ふわふわだーー……」

「……まだ寒いので冬毛なんです……」

 顔を赤く染めた真子が言う。俺は更に、

「耳……触ってもいいか?」

 と尋ねる。

 真子は俯いて、

「……はい……どうぞ……」

 と、消え入るような声で答えた。

 俺はそっと顔を近付ける。真子の髪からはいい匂いがただよってきた。

 その香りを胸一杯に吸い込むと俺はもう抑えが効かなくなり……真子の耳を口に含んだ。

「きゃう! ……そっ、そんな……だめですう!!」

 しかし一度たがが外れた俺はもう聞いちゃいなかった。

 しっぽをもふり、耳を甘がみする。真子は可愛い声を上げるが本気で嫌がってはいないようだ。それどころか、

「卓夫さん……」

 俺の首に腕を絡めてきた。

 俺は更に……。


*   *   *


「たくおー、どうしたって言うの?」

 玄関のドアを叩く音と俺を呼ぶ声で目が覚めた。テンコだ。

「いるんでしょ? 入るよ?」

 合鍵まで持っているテンコは、俺が何も言わないのに勝手にドアを開けて入り込んできた。

 そのテンコが見たものは。

「なっ! ……卓夫……」

 俺と一緒にいる真子の姿。

「あんた……いったい何を……」

「うるせえなあ、お楽しみの所を邪魔するなよ」

 俺はそれだけ言うとテンコに背を向け、真子を抱きしめた。

「もう……知らないから!」

 背後でドアが閉まる音。テンコは出ていった。

「……今のは?」

「テンコ。俺の幼馴染み」

「焼き餅焼いてたみたいですよ?」

 テンコの気持ちに気が付かなかったわけじゃない。でも俺は、やっぱり……。

 そんな物思いは真子の吐息を吸うとどこかに吹き飛んでしまった。


 それからというもの、俺には時間の感覚がなくなったようだ。四六時中真子と抱き合っていた。

 そのうちに身体の感覚はなくなり、意識は朦朧として、もう起きているのか眠っているのかもわからない状態。

 食事ももう摂っていない、水も飲んでいない……もう俺はなにもかもどうでもよくなってきていた。


「そろそろ打ち止めかしらね……」

 真子が何か言ったようだが、もう俺にはその言葉を理解することはできなかった。


*   *   *


「卓夫から離れなさいっ!」

 玄関のドアが勢いよく開いてテンコが飛び込んできた。

「あらあ? 今頃来てももう遅いわよ? ……この子の精はもう涸れちゃったみたいw」

「『w』じゃないわよっ! 卓夫っ! しっかりしなさいっ!」

「……」

「うふふ、むきになっちゃってかあわいい。なあに、あんたもこの子の精を狙ってたのぉ?」

「お前なんかと一緒にしないでよっ!」

「あら、あたしとやる気? ……あんたなんかにあたしが祓えるかしら?」

「何のためにあたしが姿消してたと思ってるの?」

 そう言うとテンコは懐から十字架を取り出した。

「そ、それは……なんであんたが……」

「あたしには効かないけど、淫魔にはよく効くみたいね」


「なっ!? ……あたしの正体を……」

「淫魔覆滅!」

 更にテンコは瓶に入った水を振りまいた。

「うっぎゃあああああああっっっ!」

 水が真子にかかると、真子の姿はたちまちにして崩れ……角と黒い尻尾を生やした……キツネとは似ても似付かない姿になった。

「この……女狐めが……」

 それが淫魔の最期の言葉だった。

 淫魔……真子は跡形もなく融けてしまった。


 俺の記憶はそこまで。あとは何もわからなくなった。


*   *   *


「……?」

「あ、卓夫、気が付いた?」

「テン……コ……?」

 起き上がろうとするが身体が動かない。

「あ、そのまま寝てなきゃ駄目よ。身体が衰弱しきってるから」

 そう言ってテンコは、吸い飲みに入れた何かを近づけてきた。

「苦いけど我慢して飲んで」

 そう言って吸い飲みを俺の口に入れる。一口すすった俺は吐き出しそうになった。

「駄目よ、吐いちゃ。我慢して飲んで」

 何とも言えないざらざらした苦い味のそれを、俺はなんとか飲み込んだ。

「飲んだわね、それでもう大丈夫。もう少し寝てなさい」

 身体が暖かくなってきた俺は、言われるがままに再び目を閉じた。


 ふと気が付くと、身体が重い。というか何か乗っかっているようだ。目を開ける。

 そこには俺の看病疲れで眠ってしまったらしいテンコがいた。しかし……テンコなのだろうか?

 頭からは耳が生え、スカートからは尻尾が覗いている。

 俺は身体を起こす。身体は大分良くなったようだ。

 テンコは寝息を立てている。俺はどのくらい眠っていたのかわからないが、ずっと看病していてくれたらしい。

「ありがとうな」

 俺はそう言ってテンコの頭をそっと撫でた。


 もう一度目が覚めると朝だった。

「あ、卓夫、目が覚めた?」

エプロン姿のテンコだった。

「テンコ……」

「淫魔はいなくなったからもう大丈夫。起きられる?」

「テンコ、お前……」

「あ、やっぱり見た? ……耳と尻尾」

「……うん……」

「そっか。……あのね、ここにお粥できてるから、冷めないうちに食べてね」

 そう言うと、エプロンを解いて帰り支度を始めた。

「お前、何してんだ?」

「え? 帰るのよ」

「帰るって……どこへ?」


 テンコの『帰る』と言う言葉を聞いた俺は嫌な予感がして思わず聞き返していた。

「狐の里へ。正体知られちゃったらもう一緒にはいられないもの」

 俺は飛び起きた。

「行くな! ……一緒にいてくれ!」

「ちょっと、卓夫……」

「俺が悪かった。いつも俺のこと見ていてくれたお前に気が付かないで……」

「卓夫……」

「お前が何者だって構わない。今まで通り、幼馴染みとしてそばにいてくれ」

「……いいの?」

「頼んでるんだ」

「それじゃ、卓夫があたしのこと嫌いって言うまではそばにいてあげる。それでいい?」

「ああ、ありがとう」

「それじゃあお粥、冷めないうちに食べてね」


 俺はテンコの作ってくれたお粥を食べながら、ふと気になったことを聞いてみる。

「なあテンコ、最初に飲ませてくれたあの苦い薬は何だったんだ?」

「……聞かない方がいいわよ?」

「いや、聞いておきたい。テンコが処方してくれた薬なんだから」

「……精を……」

「え?」

「……淫魔が吸い取った卓夫の精を濃縮したもの」

「ぶはっ!!」

 俺は盛大に吹き出した。そしてむせた。

「だ、大丈夫!? だから言ったのに」


 ……何てもの飲ませやがるんだ……でもそのおかげで治ったんだから文句は言えないか……

 この先も……ずっとその先も、頼むぜ、テンコ。

お読みいただきありがとうございます。


次の更新は13日土曜くらいです。

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