第一夜 きつねのよめいり
狐をテーマに書いたオムニバスです
森を抜けると、そこは明るい野原だった。
茶色くなったすすきが午後の日差しを受けて輝いている。
一輪、リンドウの花が咲いていたので摘み取って胸ポケットに挿した。
広い野原、そこを真っ直ぐに抜けていく道。
急ぐでもなく、ゆっくりと歩いていくと、顔に水滴がかかった。
天気雨。
大した降りではない。濡れてもすぐに乾きそうだ。
そう思いながら歩いていくと、前方から何やら行列がやってきた。
裃を着け、提灯を提げた先触れ、輿を担ぐ様子から、花嫁行列らしい。
こんなところで、おかしいな? と思う暇もなく、行列は目の前にやってきた。
よく見ると、皆人の姿はしているが、頭には耳が、そして尻には尻尾が生えている。
きつねのよめいり。
話には聞いていたが見るのは初めてだ。
道を譲り、すすきの中に立ちつくしていると、目の前を狐の花嫁さんが輿に乗ってやって来た。
綿帽子を被り、白無垢に身を包んだ姿は美しかった。
輿は俺の目の前で止まると、花嫁さんがお付きの腰元に何か耳打ちした。
その腰元の狐娘は頷くと俺の前へやってきて、黙って杯を差し出した。
手には角樽を提げており、祝い酒を振る舞ってくれるらしい。
普通なら狐に化かされることを心配するのだろうが、既に化かされていたのか、何の疑念も持たずに俺は杯を受け取った。
そこに注がれた酒を飲み干す。
甘露もかくやと思われるほど美味い酒であった。
俺は何か祝いになるものはと思い、胸に挿したリンドウに思い至る。
その花を狐の腰元に向かって差し出すと、にっこり笑って受け取ってくれた。見たことのないくらい可愛らしい微笑みだった。
腰元はそれを花嫁さんの所へ持って行く。花嫁さんは嬉しそうに笑ってそれを受け取ってくれ、俺に向かって小さく頭を下げた。
俺も会釈を返す。
それが合図だったかのように、行列は再び動き出す。
見送る俺の目の中から行列は霞んで見えなくなった。
数年後。
結婚式を挙げた俺は嫁さんと新婚旅行に出発する。よい天気だ。
行く先は京都。
俺たちを乗せた列車はごとりと揺れると発車した。
窓の外を景色が流れていく。青空には白い雲が流れ、風は爽やかである。
窓を開けて景色を眺めている嫁さん。
その顔に水滴がかかった。
天気雨……?
「きつねのよめいりね」
そう笑って呟いた嫁さんの顔が、あの時の狐の腰元の笑顔に重なった。
お読みいただきありがとうございます。