焚き火っていいよね
タダっちは川辺の側に立ててあるテントの前で、地べたに座りながら火の番をしていた。
相変わらずタダっちのクチからは「あちぃ」という言葉が発せられている。
膝を立てながら右手に持っているウチワで自分を扇いでいるその姿に、若さを感じない。
「暑い?」
僕はクーラーボックスから缶コーラを二本取り出して、一本をタダっちに渡した。
「おぉ、さんきゅ。釣れたか?」
「ローラはね。僕は駄目だ」
僕は「はは」と笑いながら、タダっちの隣に座り込む。
タダっちの額にうっすらと汗が浮かんでいて、顔もテカっている。どうやら本当に暑そうだ。
汗をポタポタと、顎先から垂らすほど暑いのに、服が燃え移らないギリギリのラインまで火に近づいている。
「ちょっと離れたら?」
「いや、いいんだ」
僕がこの場所に来てから、タダっちは一瞬僕のほうを見たっきり、ずっと焚き火の炎を見続けている。
どうやらタダっちは、火が好きなようだ。
「薪の火って、なんか不思議だよな」
「不思議?」
「なんか惹きつけられないか? ずっと見てると、吸い込まれそうな感覚がしてくるし」
「んー」
木材から察せられる火というのは、人が闇を恐れてから最初に手にした光。
こうして文化が発展してきた今でも人は火を起こし、見つめてる。
料理をするためだけに放出されているガスの炎とは、やはり違う。
この火は、なんというか、生きている。
その姿が美しく無い訳が無い。
「生きてる火って言うのかな、そんな感じ」
「あぁ。無条件で惹きつけられる」
僕もタダっちにつられて、火を見つめていた。
お互い無言になったけど、そんな事どうでも良い。
なんせ、火が綺麗。
綺麗な星空を眺める事はあっても、焚き火を見つめるなんて事、今まで無かった。
いつの間にか僕も、見とれていた。
「暑い」
先にクチを開いたのは僕のほうだった。
さすがに近づきすぎただろうか、物凄く暑い。
いつの間にか額からは汗が流れ、顎の下から垂れていた。
「あっちぃな、いくらなんでも」
タダっちはそう言って火の側を少し離れる。
その姿を見て僕も火から離れ、落ちていたウチワを拾い、胸を扇ぐ。
「そろそろ飯時かね」
タダっちが腕時計を眺めながらつぶやいた。
それにつられるように僕も辺りを見回してみる。さきほどまで昼だと思っていたのに、太陽はいつの間にか少しオレンジ色の光を発していた。
確かに、そろそろ晩御飯の準備をしたほうがよさそうだ。
「じゃあ、僕お米炊くよ」
「あー、いいよ。ユキが夕食作るんだーって、張り切ってたから。やらせたほうがいい」
その言葉を聴いて、ちょっと気分が重くなる。
それは、春香ちゃんが参加する事を前提にした、やる気だろうから。
「ううん、それくらい僕がやるから。料理のほうは女性陣に任せる」
「んだよ、ケイが働くなら俺も何かしなきゃ、悪いだろ」
基本タダっちは怠け者だ。テントを建てる時ですらタダっちは面倒くさがり、手伝わない訳ではないが、あまり率先して動いた訳じゃない。
僕はどちらかと言うと、自分から率先して動こうとするタイプなので、ほとんどの作業を僕一人がやった。
「キャンプに来たらご飯作りって、ひとつのイベントだよ。皆でやらない?」
僕がそう言うと、タダっちは少し嫌な表情をして「あ~」とつぶやく。同時に頭をガリガリとかきむしり、目を細めた。
どうやら本当に、動くのが嫌いなようだ。
「……まぁな、確かにそうだ」
「でしょ? ローラとユキちゃん呼んで来よう」
僕がそう言いながら立ち上がって、お尻をパンパンと叩く。
タダっちも少し億劫そうだがノソノソと立ち上がり、とてもダルそうに首をコキコキと鳴らした。
整った若々しい顔立ちをしているし、身長も凄く高くほっそりとした体型。とてもオジサンには見えないはずなのだが、タダっちの行動のひとつひとつがオジサンに見えて仕方が無い。
「ホント、オジサンだよね、タダっち」
「ほっとけ」
僕とタダっちが米を炊く係りで、ユキちゃんが料理全般を担当。そしてローラは雰囲気担当らしい。
僕が「雰囲気担当って何?」と聞くと、ローラは自信満々に「料理をしている雰囲気を担当する係りです」と言ってのけた。
タダっちもユキちゃんもその事について触れないという事は、ローラのそういった訳の解らない所に慣れきっているのだろう。ユキちゃんに関しては「じゃあローラちゃん、雰囲気お願いね」などと言い出す始末だ。
きっとこの人達は、いつもこういったようなマッタリとした雰囲気と時間を共有して来たんだと思う。
僕もマイペースなほうだとは思うけど、この人達とは違う時間の流れで生きてきた。
僕は、もの凄く早い時間の流れに身を投じて、その流れにも負けないくらいに、突っ走っている。
どんどんと加速して、加速して。それなのに止まり方が解らなくて、彩子さんが必死になって制御してくれて……。
「ケイ」
僕は常に感じている。
僕が加速し出したら、また自分自身では止める事が出来なくなるって。
だから今考えると、ゆっくりと時間が流れて行く空間を作れて、なおかつ共有できる人達。つまりタダっちに、ユキちゃんに、ローラに、春香ちゃんが、とてもとても、うらやましい。
「なぁケイ」
中学二年までは、僕にだって人並みの友達が居た。
クリスマス会なんてものにも参加する予定だった。
この人達ほどじゃないにしろ、それなりにゆっくりと時間が流れており、楽しい日々を送っていた。
それなのに、松本さん、安奈さん、彩子さんと出会う事によって、格好良い人になりたいと思った。願った。
結果、生き急ぐ事になって、加速度的に成長してしまい、僕は、僕と彩子さん以外の人間を疎ましく感じるようになった。
だから僕は、たとえどんな人間だろうと、もう友達なんて要らないって思った。
「ケイ、大丈夫か?」
だけど、今僕は、うらやんでいる。
ローラに釣りを教わり、普段話さないユキちゃんに声をかけ、タダっちの側で火を見つめた。
僕は、自分が異分子だと気づきながらも、なんとかこの人達に加わろうとしている。
だけどどうしたらいいのか、わからない。僕はまだ、なじめていない。
「ねぇタダっち」
「あ? どうした?」
僕は、なじめるかな?
そう言いたい気持ちを、ぐっと堪える。
「お米、洗った事ないでしょ? 超下手糞だよ」
「……おぉ、さっきからその事で話しかけてるのに、返事しねぇから、えらい事になっちまったよ」
タダっちの飯盒から、大量の米が流れ落ちていた。
だけど本当に言いたかった事は、そんな事じゃない。
本当に言いたい事は、言えない。