友達との夏休み
高校一年の夏休み。
僕達は山へキャンプに来ていた。
僕とタダっち。それとユキちゃんと、ローラという、タダっちの妹の友人という、なんとも奇妙な組み合わせだ。
今は、ローラと近くの川で魚釣り中。
僕は魚釣りというものをやった事が無く、ローラに教わりながら釣りをしている。
「あ! ほらケイにぃ! 引いてる!」
ローラが僕の釣竿を指差して、大声を上げた。
「お! おぉ!」
僕は上がったテンションのまま、思い切り釣竿を手元へと引き寄せる。それと同時にローラは「あ! 駄目だってば!」と、焦ったような声を上げた。
それとほぼ同時に、僕の持っていた釣竿が軽くなり、切れてしまった糸が弛む。
「あ……」
「あぁ~もぉっ! またですかぁ?」
「うん……また」
ローラは怒ったような表情を作り、ずんずんと僕に向かって歩いてくる。
糸を切ったのはこれで四度目なので、そろそろ殴られるのでは無いだろうか。
「ケイにぃ、向いてないです」
僕の顔に自分の顔を限りなく近づけ、思い切り憎たらしい表情を作りながら、ローラはそう言い放つ。
「……ごめん」
確かに僕には、不向きなようだ。
「はぁ……なぁんでこんなに不器用なんですかねぇ……」
ローラはブツブツと文句を言いながら、僕から竿を取り上げて、五つ目の仕掛けの準備をしだした。
なんだかんだ言いながらも、彼女は面倒見が良いらしい。
彼女と接したのは、今日が初めてだ。今までタダっちから話は聞いていたのだが、ローラの事を決して悪く言わない。むしろ「明るくて憎めない奴」と賛美し、良いことしか言わなかった。
タダっちは無愛想だが、実は人が良いから人を悪く言わないのかとも思ったが、そうでは無いようだ。ローラは本当に、良い奴らしい。
だけど、良い奴でいられるにも、限界があるだろう。
四つも仕掛けを無駄にされれば、腹も立つに決まっている。
「ローラ。悪いけど、僕はもういいよ」
僕はローラの行動を制止しながら、声をかけた。
向いてないし、性に合わないし、糸が切れるたびに残念な表情をローラに作らせるのにも、引け目を感じてしまう。
「へっ?」
ローラは間の抜けた表情を作り、僕の顔を見た。
「だって、ケイにぃがやりたいって言ったから」
「うん……そうなんだけど、僕はもういい。ごめんね」
僕はそう言って、ローラの肩をポンと叩いた。
「……意外と我侭なんですね」
ローラは唇を尖らせ目を細めにし、僕をにらんだ。
その顔を見て、僕は苦笑いを浮かべる。
「気にしなくてもいいのに」
ローラがボソッとつぶやいた。
「気にするよ。次に糸切ったら、殴られそう」
川辺に沿って歩いていると、ユキちゃんが一人で川を眺めながら、しゃがみこんでいる姿が見えた。
タダっちの側を離れるのは、とても珍しい事である。それになんだか、寂しげに見えなくも無い。
僕は少し心配になり、小走りでユキちゃんの下へと急ぐ。
「ユキちゃん、どうかしたの?」
僕が話しかけると、ユキちゃんはゆっくり僕のほうへと向き直り、軽く微笑んでくれた。
「ううん、何でも無いよ」
本当に何でも無いかのように、ユキちゃんは元気な声で僕へと返事をする。
しかし「何でも無い」と答えたという事は「何か」があるという事。本当に「何でも無い」なら「何が?」という答え方をするのが、普通だ。
「ただ、綺麗な景色だなぁって思って、見てたの」
僕とユキちゃんは、それほど仲が良い訳ではない。
タダっちの友達であるユキちゃんと、タダっちの友達である僕。そういった関係。
僕のほうが壁を作る事は、今では無いと思っているが、ユキちゃんはまだ複雑なようだ。
なんせ、タダっちとユキちゃんの、大切な時間を削り取っているのだから。
それでも最近は、まだ話せるようになったほうだと、自分では思っている。
「そうだね、綺麗だね」
流れの遅い、横幅の広い川が流れている。水は綺麗で、とても澄んで見えた。
対岸には木々が立ち並んでおり、木漏れ日が川に落ちて、あちこちがキラキラと光っている。
確かに、綺麗だ。
「タダ君なら、テントの前に居るよ」
「あ、そうなんだ」
僕はさらっとあしらった。
そしてユキちゃんの隣へと歩いて行き、しゃがむ。
その時のユキちゃんの表情の変化に、僕が気づかない訳が無い。
少しだけ、眉毛と口元に、チカラが入っている。
やはり、僕の事が、あまり好きでは無いようだ。
「春香ちゃんだっけ。タダっちの妹」
「うん」
「来なくて、残念だったね」
春香ちゃんは、僕がこのキャンプに参加する事を知った途端に、キャンセルしたそうだ。
どうやら僕は、タダっちの妹に嫌われている。何度かタダっちの家へと遊びに行っていると言うのに、未だ顔すら見た事が無い。
そして春香ちゃんと仲が良かったユキちゃんは、少し不機嫌気味。
ユキちゃんにとって、僕と春香ちゃん、どちらと一緒に居て楽しいかは、聞くまでも無い事。
「うん、残念」
「ごめんね、僕が遠慮しておけば良かった」
「……ううん、仕方ないよ。タダ君が黙ってたんだもん」
そう、タダっちは春香ちゃんがキャンセルした事を、今日まで僕に話していなかった。
きっと「妹がキャンセルした」という事をタダっちが僕に伝えれば、僕が遠慮をする事を、タダっちは解っていたんだろう。タダっちなりの気遣いを感じる。
だけどそれは結果的に、ユキちゃんの「楽しい」を削ぐ事になって、僕に「居心地の悪さ」を与えた。
「今回のキャンプってさ、ローラと春香ちゃんが企画したものなんだよね」
「うん、そうだよ」
「なんで、僕が参加してるんだろうね」
僕は苦笑いを浮かべて、ユキちゃんの顔を見た。
するとユキちゃんも、僕の顔をチラっと見る。
「タダ君、友達少ないから。きっと手放したくないんだよ」
「だけど僕って、ユキちゃんとかローラちゃんとか、春香ちゃんとかにしてみたらさ、突然沸いた邪魔者だよね」
「ううん……邪魔じゃない」
その言葉が本心じゃない事くらい、僕は解っている。
ユキちゃんは再び僕から目を離し、川を見つめた。
小石を手に取り、川に向かって投げるユキちゃんの姿が、なんだか胸を締め付ける。
凄く凄く、申し訳無い。