表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

友達できた

 正也はそれ以降「あっちぃ」しか言わなくなった。

 何か用事があって、僕の隣に座ったのでは無いのだろうか……と思い、再び「何か用?」と問いかけたくなる。

 しかし、僕はさきほど「何か用?」と訊いて、見事にスルーされてしまっている。同じ質問をするのは、この場を更に居辛いものにするだけだ。返答しないという事は、返答するつもりが無いという事だから。

 僕は正也のほうをチラチラと見ながら、この気まずい空気に耐えていた。


 正也が僕の隣に座ってから一分程度だろうか、正也は突然「あ」と言いながら、扇子をたたんだ。そして僕の顔を見つめて「そうだ」と言う。

「何?」

「聞きたい事があんだけど」

 正也は、好奇心に満ちた表情を作っている。

 この男は、僕と同じ中学の出身だ。僕は中学二年の三学期からは、数回しか学校へと顔を出さなかった事が、ちょっとした噂になっている。僕が学校に行かなかった理由が、尾ひれなんかが付いて出回っているんだろう。正也は、真相を確かめるため、僕に近づいてきた。という所だろう。

 嫌だな。話したくない。

「何?」

「啓二って、あまり学校に来てなかったけどさ」

 やはり、思った通りであった。その手の質問には、答えたく無い。

 後々面倒だし、下手な奴に話してしまったら、警察沙汰になってしまう。

 僕の頭の中は「どうやってコイツをあしらおうか」という事について、高速に動いていた。

「どうやって勉強したんだ?」

「は?」

「塾は行ってなかっただろうから、家庭教師かなんか?」

 意外な言葉に、僕の思考は一時停止した。

「俺はそんなに苦労しなかったんだけどさ、ユキってああ見えて結構お馬鹿さんでな。やる気はあるんだけど、物覚えが悪くてよ」

 なんでもこの正也という男、ユキという女性に、勉強を教えていたらしい。今僕は、何故かは解らないが、その時の愚痴を聞かされている。

 何故だろう。

「しかもユキ、お稽古かなり習ってて、教えられる時間があまり無かったんだよ」

「へぇ……そりゃ大変だったね」

 ユキ。

 記憶が正しければ、成績は中の上程度だったと思う。それこそ中学校に通っていた時の、僕と同じくらい。

 その程度の成績しか取れていなかったユキを、この高校へと受からせるとは、正也の家庭教師としての手腕は優秀だ。彩子さん並みと言っていいだろう。

「当のユキちゃんは? 今日、居ないの?」

「あぁ、今日はバイオリンのコンクールなんだとよ」

 バイオリンのコンクール……なんだそれ。異世界の言葉みたいな単語が飛び出した。

 どうやらユキちゃんは、絵に描いたような金持ちの暮らしをしているらしい。ユキちゃんの父親は、この地域ではそこそこ有名な、中小企業の社長さんだ。その一人娘となると、そりゃ色々とやらされるだろう。

 バイオリンにピアノに、茶道に華道、弓道なんかもやっていると聞いた事がある。

 そんな多忙な毎日を送っているというのに、本来の頭の悪さを努力でカバーし、この高校へと入学してきたのだ。加えて、彩子さんには及ばないが、かなりの美人。文句の付け所が無い。

 そんな女性と付き合っているなんて、これも容姿端麗、成績優秀な、神に愛された男の特権なのだろう。

 誰もが羨む、美男美女のカップル。そういった印象を受ける。

「付き合ってどれくらい?」

「付き合ってねぇよ」

 即答された答えに、思わず耳を疑った。

 耳に入ってきた短い言葉が処理しきれず、僕は混乱する。

「なんて?」

「付き合ってねぇって」

「……付き合ってないの?」

「三回目だぞ」

 付き合って、ないらしい。

 とても意外な言葉が返ってきて、僕の頭は本日二度目となる思考の一時停止が起きる。

「え? なんで?」

「なんでって……そうだな、あまり必要性を感じないからじゃないか?」

 必要性を感じない?

「何ソレどういう事? お互いの存在が必要じゃないって事?」

 僕のその言葉を聴いて、正也は少しムッとした表情を作った。鋭い瞳で、僕を軽く睨む。

「ちげぇよ。俺とユキの間に、そんな曖昧で浮ついた定義は必要無いって事だ」

 ……僕は思わず「へぇ」と、素直に声を出してしまっていた。

 よくもまぁ、初めて話す男の前で、そんな恥ずかしい事を言えるもんだと、関心する。

 しかも、これっぽっちも照れていない。腕を組んで、ふんぞり返って、堂々としている。

 何なのだろう、この自信満々の態度は。変な人過ぎる。

「とか言って理由をつけてみたけど、ホントは単純に、今更恥ずかしくて好きだとか付き合うだとか、言えないだけなんだけどな。小さい頃から友達だっただけに、その枠を超えるのをためらってるんだろ。お互いに」

 正也は顔の筋肉を緩めて、薄く微笑んでみせた。

 今更付き合うのが、恥ずかしい……らしい。

 周りには、付き合っているという印象しか与えない二人なのに、恥ずかしいらしい。

 よっぽど恥ずかしい事を、今さっき話したばかりだろうに。

「アンタ、変な奴だね」

 僕は、何故か笑ってしまっていた。

「俺、アンタって名前じゃねぇよ」

 正也も鋭いと感じる瞳を和らげ、僕に微笑みかけている。

「あー……ユキちゃんからは、タダ君って呼ばれてるよね? じゃあ、タダっちね」

 僕が作っていた心の壁は、穴をあけられた訳でも無く、壊された訳でも無く、いつの間にか、自分で取っ払ってしまっていた。

 こんな感覚は味わった事が無く、実に清々しい気分。

 どうやら僕は、タダっちの事が気に入ったらしい。


 ビックリする事に、この高校で、友達が出来た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ