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第7話

 話を元に戻そう。

 マジックキューブが本物かどうかは別としても、目の前に見知らぬ少女がいる、という事実は揺るがない。

 である以上、過程の理解よりも、結果の把握の方が先決だ。

 今からどうすべきか、を考えなくては。


 だが眠り姫の姿を見ているうちに、俺の頭から驚愕や混乱といった感情が薄れていき。

 同時に、冷静と興奮が出現して存在を主張し始めていた。

 理性と本能、と言い換えてもいいかもしれない。


「…………」


 ゴク、と生唾を飲む。

 想像してみて欲しい。

 童貞真っ盛りの男子高校生の部屋で、美少女が無防備に眠っているのだ。

 しかも後ろを見れば、ディスプレイに表示されているのは裸の男女が絡み合う様子を記録したファイルの数々……。


 気付いたら椅子から立ち上がっている俺がいた。

 いや待て、何をする気だお前は。

 少女の寝込みを襲うなど卑劣極まりない――ああでも可愛すぎる!

 俺の理想の顔がすぐそこにあるんだ、こっそりキスぐらいOK?

 さっき間接キスできなかったし。


 よせよせ、何ふざけたこと言ってんだ。

 だいたいまだ彼女の正体も解らんのに。

 キスした瞬間に奴隷契約なんかが勝手に結ばれてしまったらどうするんだ。

 あ、でもそれはそれでいいかも。

 いやしかし、仕込みの毒で殺されでもしたらどうする?


「んっ……」


 そのとき彼女の口から小さな声が漏れ、思考が止まる。

 動けなくなった俺。

 代わりに、セーラー服姿の美少女はゆっくりとその瞳を見開いた。


 ……動いた!


 そして彼女はそのまま上半身を起こすと、じっと自分の両手を見つめた。

 やがてそこから視線を移動させ、きょろきょろと部屋の中を見回していた。

 やがてそのうち、ある一点で彼女の視線が停止する。

 どこかと言えば俺のところで。


「…………」


 少女は若干驚きの色を滲ませた無表情のまま、パチパチと目を瞬かせて俺を見ている。

 うわ、ヤバイ。

 マジでめっちゃくちゃ可愛いぞ、この子……じゃなくて。


「あ、えーと……」


 さてどうしたものか。

 女子とのコミュニケーションに関しては、経験も技術もほとんどない。

 しかも相手は見ず知らずの、それも人間かどうかさえ怪しい少女。

 今頃になって緊張しつつも、とりあえず普通に話しかけてみることにした。


「き、君……誰?」


 聞こえているのかどうか。

 そもそも言葉が通じるのかどうか不安だった。

 でも一応、返事はちゃんとあった。


「……ビーソイル」


「え?」


 もっとも、意味はよく解らなかったが。

 彼女の声は透き通るように綺麗で、俺は感動すらしたぐらいだ。

 ただし何を言ったのかはイマイチ解らず。

 ……何て? びーそいる?


「それ、名前?」


 ゆっくりと、少女が頷く。

 見た目に反してちっとも日本人ぽくない名前だな。


「で、どうして俺の部屋に?」


「知らない。気付いたら、ここにいたから」


 静かに首を振る少女。


「ふーん……じゃあ、今まではどこに?」


「別に、どこにも」


「へ?」


「たぶん、今生まれたから。あたし」


 少女は顔色ひとつ変えず淡々とそう言った。


「それどういう意味?」


「そういう意味。あたしはたった今、この世界に誕生したの。何だか知らないけど、それは解るわ」


 彼女にふざけている様子はなかった。

 しかし聞いている俺の方にしてみれば、何ともイタい発言に他ならない。

 アレか、妄想系腐女子ってやつか。

 可愛いのに頭がカワイソウとか、そういうオチか。

 しかし、もしマジックキューブが本物だとしたら……彼女の言っていることは、本当だってことになる。


 いや、本物だよな。

 でなきゃ彼女はどこから瞬間移動してきたんだよ。

 ……てことは、彼女の生みの親はある意味俺だってことか?

 んでもって、目の前のこの少女は0歳児。

 常識的に見れば馬鹿馬鹿しい話だが、しかし信じる信じないはともかく、今さら常識などには何の意味もない。


「それより、そっちこそ誰」


 わずかに眉をひそめて彼女が言う。

 顔は不審を抱いているかのようだが、まあ当たり前か。

 お互い初対面だ、生まれたばかりとはいえすでに確固たる人格を有しているらしき彼女にとって、見知らぬ男の部屋に突然放り出されたら困るだろう。

 これがマンガなら「あなたのお嫁さんにしてくださいっ!」とかいう最初から意味なくモテるパターンだろうが、彼女はそこまで非現実な存在ではないらしい。


「ああ、俺は沢井芳樹ってんだけど」


「サワイヨ……シキ」


 ベタな外人か。


「切るとこ違う。芳樹」


「ヨシキ。ふーん、そう」


 素敵な名前ね、などと言ってくれることはもちろんなく、彼女はそう呟いただけだった。


「でも、あたし何でここにいるのかしら。そもそも、どうして生まれたのかしら」


 難しい顔をし始めた彼女のその言葉。

 ちょっと聞くと哲学的な考察に思えるが、実際はそのままの意味だ。


「あ、それは……」


「知ってるの?」


「えーと……何と言うか、その……」


 真摯な顔の彼女にどう説明したものか迷ったが、結局ぶっちゃけることにし、俺は彼女にマジックキューブのことを一通り話して聞かせた。

 まあ、さすがにハーレムどうこうまでは言わなかったけど。


「ふうん」


 納得したのかしていないのか微妙な顔でそう呟くと、「それで」と俺に向き直った。


「それで、あたしはどうしたらいいの?」


「どうしたらって言われても」


「あたしを生み出したのは、あんたでしょ。言っとくけど、さっきまで存在してなかったからって、死ぬのは嫌よ。あたしはもう、ちゃんと生きてる一人の人間なんだから」


「そ、そんなことは解ってるけど……」


 どうやら彼女は特に生きる目的などは設定されずに生み出されたようだ。

 何だよマジックキューブめ、どうせなら俺のことが大好きーみたいに設定しといてくれればいいのに。


 そうなると、俺はどうするべきか。

 ……まあ、考えるまでもない。

 それは決まっている。彼女を見た瞬間から、ずっと。


「とりあえず、ウチに住んで生活してみたらどう?」

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