第5話
状況を確認しよう。
俺の手には、ギャル三人組が捨てていった缶コーヒー。
そしてその俺を見ている三人組。
コーヒーを飲もうとしていた俺と、その様子を見ていた三人組。
よしOK、詰んだね。
じゃねえよ畜生!
なんで戻ってきてんだよ、こいつら!
つーかヤバイ、もろに現場を見られた。
今まさに間接キスをしようとしていたその現場を。
だから叫んだのだろう。
「えー何、どしたの?」
事情を掴めていなさそうな一人が、叫んだ奴に尋ねる。
「アイツが持ってんの、あれアタシが飲んでたやつだし!」
まずい。非常にマズイ。
「うっそ。じゃあ何、捨てた缶拾われたの?」
「え、マジで? てゆーか飲んでなかった、今?」
「うっわー、間接キス? 超ウケる(笑)ユッコ悲惨ー」
「うっげ、気持ち悪ぃ。何アイツ、最悪」
「変態じゃね? マジキモい」
俺に視線を合わせたまま、ざわざわと騒ぎ出す三人組。
三人とも化粧が濃く、髪と合わせて充分ケバい(これ校則違反じゃないのか?)。
やっぱこんな連中とヤリたくないな、ってそんなこと言ってる場合か。
「ねえ、アイツ、ウチのガッコの奴じゃね?」
一人が目ざとくそう言う。
馬鹿な、学ランなんてどこも同じじゃないのか?
この距離から襟の校章が視認出来るとも思わないが……。
「マジで?」
「だってカバンそうじゃん」
あ。学校指定の鞄だった、これ。
「…………」
いかん、マジでヤバイ。
「おいテメ……っておい、逃げんな!」
コーヒーの持ち主が何か言いかけた。
と同時に、俺は後ろを向いて走り出した。
猛ダッシュ!
さらばだバーカ!
「待てコラ!」
怒声が追いかけてくるが、スルー。
待てと言われて誰が待つか馬鹿め、とか思っていたら、なんと向こうも叫びながら走って俺を追いかけてきた。マジかよ。
「テメェ、止まれ!」
「う、うおおおおおっ!」
捕まったらどうなるか。
悲しいことに俺は喧嘩の経験がまるでない。
女相手なら三対一でも単純な腕力でなんとかなりそうな気もするが、なんともならない可能性もある。
そうしたら俺は学年からクラスから名前から全てこいつらにバレて、ゴールデンウイーク明けからは学校に行けなくなってしまう。
それか、このことをネタに金銭を要求されるかもしれない。
どっちに転んでも最悪だ。
ああ、どうせなら「アタシらの言うこと何でも聞けよ」とか言われて、呼び出されては性のオモチャとしてイジメられ続ける、みたいなエロマンガ的展開になって欲しいなあ……。
って、それさっきも考えたっつーの。
そんな場合じゃねえんだよ。
手に持ったままの缶からコーヒーが飛び散り、学ランが濡れるが、そんなことを気にしている余裕はない。
とにかく必死に走り続け、道から道へと逃げ回り、やがて後ろから聞こえてくる声も小さくなった。なんとか逃げ切った。
「はあ……はあ……助かった……」
ふう、と気が緩んだ瞬間、手の力も緩んで缶コーヒーが落ちる。
慌てて拾おうとしたが、カラカラン、とアスファルトの上を転がっていき。
「あっ」
と言う間に、飲み口のある方を底にして溝の中へと転落した。
濁った水に、コーヒーがじわりと溶け出す。
「…………」
溝から缶を拾い上げる。さすがにもう口を付ける気にはならなかった。
やれやれだ。まさに骨折り損。
もういいや、さっさと帰ろう。
んでこの缶もさっさとどこかに捨てて……。
「いたー!」
この場合、聞こえてきた台詞は「痛ー!」ではなく「居たー!」であろう、って分析してる場合か。
見つかった。
「テメェ、待てコラァ!」
不良というか、もはやチンピラ並みの怒声が飛んでくる。
「ったく、しつこ……」
ふと見ると、どこに隠し持っていたのか、コーヒー女は手にバットを持っていた。
「…………」
はい、ヤバイです。
「うおおおおおおお!」
「待てオラー!」
こりゃ捕まったらおしまいだ。
なけなしの体力を振り絞り、俺は再び走り出した。
ああ、自業自得っていうのは、こういうときに使うんだなあ……。
ちなみに、これは後から知ったのだが、あの曲がり角の先は行き止まりになっていた。
だからあいつらは戻ってきたってわけ。
知らない道を堂々と歩いてんじゃねーよ、クソ女どもめ。