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第3話


 翌日。

 帰りのホームルームも終わり、放課後の教室は活気に満ち溢れていた。

 そりゃそうだろう、明日からゴールデンウィークなのだ。

 もちろん気分的には今日この瞬間からだが。


 あちこちから休みの間の予定を述べ合う声が聞こえる。

 遊びの約束をしている奴もいる。カラオケ。ボーリング。映画。

 ああ、いいなあ。別に俺はクラスでいつも孤独なひとりぼっち、という訳ではないが、

「よっしゃあ、今からカラオケ行こうぜ!」と気軽に誘い誘われるような友人はいない。

 まあ、そういう奴は俺だけじゃないんだけど、でもやっぱりちょっと寂しい。

 五連休の間、俺と遊ぶことになる友達はエロ本とAVぐらいかな。

 友達はAV女優~(恋人はサンタクロ~ス、のノリで)。

 ……虚しい。女子連中から聞こえてきた声がさらに拍車をかける。


「んーとね、カレシと遊園地行くけど」

「えー、あたしまた映画よぉ? マジ勘弁」

「えー、いーじゃん、私も映画行きたーい。てゆーかまず彼氏からだけど」


 ぐふぅ。心に響くアッパーカット。

 で、デートかよ、デートかよ……!

 つーか休みの日にデートってことは、その帰りにアレか、ギシギシアンアンか。

 こっちは紙かモニター眺めてハアハア言ってるだけ……ああああ!


 そのままでは脳味噌が茹だりそうだったので、俺は這々の体で教室を逃げ出した。

 女子たちとは未だに無会話なので解らないが、女子というのはあんなにあっけらかんとデートの話なんかするものなのだろうか。

 もっとこう、恥じらいというか、慎み深さを持って欲しいね。


 とはいえ、別に元気で明るい子がダメな訳じゃ全然ない。

 そういう人は見ていて気持ちがいい。

 たとえばウチのクラスのR美さん、通称アルミ。

 好感度ナンバーワンの彼女はいつもニコニコとしていて、アルミさんの周囲では常に笑いが絶えない。

 ドアから出る際にふと目をやると、今も席に座って友人たちと楽しそうにおしゃべりしている。


 成績は普通、でもスポーツは得意、しかし帰宅部。

 おしゃべり好きで男女問わず色んな人と仲がいい。

 絵に描いたような人気者の彼女は、女子の中でほぼ唯一、普通に俺に挨拶とかしてくれる貴重な人だ。

 まあそれ以上の会話をしたことはないが、それでも充分。

 好感度高いのも頷けるというものだ。

 他の女子連中も、彼氏とオシャレと芸能人の話ばっかりしてないで少しはアルミさんを見習え、馬鹿共がぁ!


 ……でもまあ、何言ってみても、俺童貞なんだけど。

 むしろこんなこと言ってるからかもしれない。はあ。


 そういえば我がクラスの童貞及び処女率はどんなもんなんだろう。

 何とか五割は超えていて欲しいところだ。

 無理か? 乱れる性……けっ。

 などと馬鹿なことを考えつつ帰ろうとして、ふと気が付いた。

 廊下がやけにざわついている。

 もちろん帰ろうとする生徒で一杯だから当然なのだが、しかし何か妙だった。


「何なんだよ!」


 遠くの方から声が響く。女子の声だ。しかも怒声。そしてまた別の女子の声。


「無視ってんじゃねーよコラ!」


 喧嘩か。周囲の奴らも声のしている方向に顔を向けていた。

 人が多すぎてここからじゃよく解らないが。

 しっかし、よくもまあ衆人環視の中で喧嘩とかできるもんだ。

 俺なんか授業中に先生に当てられるだけで動悸がするのに(←病気です)、よくやるよ。

 しかも女子が大声を……え、女子?


「っぜーんだよテメェ!」


 ……叫び声は全部女子のものだった。

 こんな言葉遣いする女子って、不良だよね。

 じゃあ何これ、イジメ?

 しかも女子がイジメる側ってことは、たぶんイジメられているのも女子だろう。

 おまけに叫んでるから、かなりヤバそうな状況らしい。


 オー、ジーザス……やっぱり栄光学園に行きたかった。

 あそこならこんな言葉遣いの女はいやしないだろうし。

 つーか早く来いよ教師。

 これだけのギャラリーがいても、なかなか誰かが助けには入るのは難しいだろうし。


 とりあえず関わり合いになるのはよそう。

 他の連中みたいに取り巻くのも止め、俺は反対を向いて歩き出そうとした。

 が、そのとき突然、ギャラリーがザッと一斉に動くような気配があった。

 ようやく教師が来たか?

 思わず後ろを振り向いた。


「……え」


 人垣が、割れていた。廊下の両端に別れ、真ん中に一本の道ができている。

 そして、何者かが一人、海を割ったモーゼのようにそこを歩いていた。

 こっちに向かって。


「っ、おい! 待てよ、テメェ!」


 怒声。モーゼさんの後ろの方に、女が三人ほど見受けられる。

 さっきから叫んでいるのはこいつらか。

 しかしモーゼ当人は完全無視を決め込んでいる。


 どうやらイジメられているのはこのモーゼさんらしいけど……どういう状況だ?

 イジメの現場から逃げ出している、にしちゃ、ずいぶんのんびりと歩いてるし、三人組も叫ぶだけでどうも追ってくる気はないらしい。

 そのうちモーゼがどんどんこっちに近付いてきたので、俺も慌てて横にずれた。

 そして。


「…………ッ」


 息を、呑んだ。

 彼女のその、人間離れした、異様な美しさに――

 みたいのはマンガでも何でもよくあるパターンだ。

 お約束、って奴。でも、このときは違った。


 確かに俺は思わず息を呑んだ。

 ただし、それは……彼女の不気味さに、だった。


 マジで圧倒的だった。

 可愛いとか可愛くないとか、美人とか不細工とか、そういうことじゃない。

 伸び放題に伸びたような感じの長い黒髪はボサボサ。

 前髪も長いので顔が隠れているのだが、時折その髪の間から顔が覗く。

 その様子がまた怖い。

 鋭く見開かれた両眼は、どこを見ているのかさっぱりわからない。

 つーかすぐに髪に隠れる。

 どうやって前を見ているのかすら不確かだ。


 不気味。とにかく、怖い。


 彼女の名誉(別に俺が守る必要もないのだが)のために言っておくと、ちらちらと見え隠れする顔のパーツから察するに、たぶん本来の顔立ちは悪くないように思う。

 しかし、だ。

 そんなことはまるで問題じゃない。

 不気味。もうオーラが違うのだ。

 完全に負のオーラを身にまとっている。

 制服までもが他の女子とは違う素材で作られているかの如くだ。


 気持ち悪い、キモい、という言葉は適当ではないと俺は思う。

 不気味なのだ。ひたすらに、不気味。

 このニュアンスの違いを解ってもらえるだろうか。

 たとえばフランス人形は綺麗だが、しかし闇夜に浮かんでいればとてつもなく不気味だ。

 そんな感覚。

 一人だけ真昼の闇状態なのだ。

 なんだか、簡単に呪い殺されそうな気さえする。

 足のある幽霊、とでも言うか。

 闇の世界の魔女とでも言うか。


 背丈も男子平均ぐらいはありそうで、たぶん俺とあまり変わらない。

 背が高い分、また余計に怖かった。

 これは関わり合いにならない方がいい。絶対に。

 とにかく早く去ってくれ、と願っていたのだが。


「……え?」


 そのまま俺の横を通り過ぎるかと思えたモーゼさんは、突然足を止めた。

 そしてその顔が、ぐるりと回って俺を向く。

 髪の中に隠れたその瞳。

 目と目が合った。


「うおっ」


 視線が合うだけで背中がぞくっとする。

 やべえ。めっちゃ怖い。

 呪い殺されそうな異次元の眼光である。


「…………」


 ヘビに睨まれたカエルのように、じっと動けない俺。

 するとモーゼさんは、ゆっくりとした動きでスカートのポケットから水晶玉を取り出した。

 よく占い師が使ってるような、アレだ。

 こんなのどうやってポケットに? なんて俺が思った瞬間。


 ビュン!


「うおわああああっ!?」


 モーゼさんが水晶玉を無言で投げ付けてきた!

 運良く反射的にギリギリかわしたが、危ねえマジで。

 ドゴッ、と廊下の壁に当たった水晶玉は、しかし割れることもなく、ゴロゴロと転がってまたモーゼさんの足元へ戻る。


「…………」


 無言でそれを拾い上げると、モーゼさんはまた気味悪い動きで歩き去っていった。


「な……何なんだ」


 今、なんで俺が攻撃されたんだ?

 訳わかんねえ。ていうか完全に頭おかしい……。


 しばらく呆然と動けなかったが、ギャラリーの注目が俺に集まり出したので、どうにかその場を去った。

 後ろの方で「何をやっとるか!」という男性教諭の声。

 ようやく来たのか。遅えよ。


「あー、怖かった……」


 校門を出て歩きながらため息をつく。

 完全に意味わかんねえ。

 何だよあいつ。

 ああいうのには二度と関わらないようにしよう。


 今日は災難だったなあ、せっかくゴールデンウィーク始まるのに、と独り言を呟く。

 しかし、それどころではなくなるような事件が、帰り道に待っていたのである。

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