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第1話

 面白くもなんともない高校生活が一ヶ月ほど過ぎ。

 五月の頭、ゴールデンウィークを目前に控えたある日の、放課後のことだった。


「何だ……?」


 担任の只野(ただの)先生に頼まれた(押し付けられたとも言う)雑用を終え、鞄を取りに教室へと戻る。

 そこで、自分の机に見慣れぬ何かが置かれているのに気が付いた。


 それは立方体。黒くて小さな、箱のような物体だった。


 不可解に思いながらも手に取ってみる。

 一辺は七センチぐらいだろうか、まさに手のひらサイズ。

 六面全てが真っ黒で、文字らしきものは見受けられない。

 大きめのサイコロ、という訳でもなさそうだ。


 しかし不思議な感触だった。

 金属のような冷たい手触りと光沢があるのに、妙に柔らかさを感じる。

 おまけに重量は紙のように軽かった。


 これは何だ? つーか、なぜ俺の机に?


 すでに教室には人の姿はない。

 誰かが置いたとしても、その理由がわからない。

 プレゼント? それとも嫌がらせ?


 いや、どっちもないだろう。

 前者なら机の中に入れておくだろうし(そもそも誰もくれる訳がない、という正論もあるが寂しいから無視)、後者ならもっと別のものを用意するだろう。

 こんな小箱では何の効果もない。


「まあ、いっか」


 しばらく首をひねってみたが、考えたところでどうしようもない。

 そのままにしておいてもよかったが、何となく気になったのでとりあえず持って帰ることにし、俺は教室を出た。

 すべての始まりは、ここからだった。

 この箱をどっかに捨てていれば、別の人生が待っていただろうに。




 夕暮れの町を闊歩して家に帰った俺は、自室で文字通りのブラックボックスを子細に観察してみた。

 といっても分子工学を学んでいる訳でもない単なる高校生である。

 せいぜい眺めてみたり握ってみたり水をかけてみたりとその程度しかできないが。


 ちなみに収穫はゼロ。

 強い衝撃を与えるか、カッターナイフでも突き立ててみようかとも思ったのだが、なんといっても未知の物体なのだ。

 うっかり中から硫化水素でも漏れてきたら堪ったもんじゃない。


「うーむ……」


 危険物の可能性もあることだし、さっさと捨ててしまってもよかった。

 だがなぜか眺めている時間に比例するかのように、俺はますますこの小箱が気になっていった。

 この時点で何かがおかしいことに気付くべきだったのかもしれないが、残念なことにこのときの俺は、男は不思議なものに憧れる生き物なんだな、うん、などと下らない解釈をして勝手に納得していた。

 そう、世界のどこにもなさそうな謎の物質があるというのに、あまりにあっさりと。


 やがて階下から「ご飯~」と母親の声が聞こえ、俺は小箱を机の上に置き、我が家のリビングへと向かった。

 そして飯を食べ、風呂に入り、しばらくテレビを見ていたところでふと母親に言われた。


「芳樹、忘れてないでしょうね。明日から母さんたち、しばらくいないから」


「ん……ああ、うん」


 そうだった。世間では明後日からゴールデンウィークに突入する。

 もちろんウチの父親も例外ではない。

 そこで我が両親は、明日の夕方に出発し、なんと五泊六日の温泉旅行に出かけるのだ。

 今年のゴールデンウィークは五連休なので、その間ほぼ丸々温泉に行きっぱなしの計算になる。


「お金は置いてくけど、ラーメンとかばっかり食べちゃダメよ」


「ああ、わかってる」


 俺も明日の授業さえ終わればゴールデンウィーク突入なのだが、さすがに両親に付いていくのは止めておいた。

 何が悲しくて黄金週間を温泉週間にしなくてはならないのだ。

 まあ、他にしたいことがある訳でもないけど。

 何日も家に一人だし、エロ動画鑑賞の日々でも過ごすことになりそうだ。


 せっかくだから矢津也に連絡を取ってみるのもいいかもしれない。

 微妙に憎らしさの残る、懐かしい我が親友。

 でも向こうは向こうで楽しい高校生活を送っているんだろうなあ、だったら何か微妙に連絡しづらいよなー……。


「なんか寂しくなってきたな……」


 などと思いながら自室に戻ると、見計らったかのようなタイミングで床がグラリと揺れた。


「うおっ」


 地震か。思わずビビる。

 しかし連続した揺れではなく、その一回だけで打ち止めだったようだが、その分かなりの強さだった。

 近頃の地震は一点集中型に特化しているらしい。


 やれやれとため息をついたが、そのとき俺は気付いた。

 今の揺れに耐えきれなかったらしい机の上の小箱が、今まさに机の端から転がり落ちようとしているのを。


「危なっ」


 とっさに俺は小箱へ飛びつこうとした。

 ヘッドスライディングのような体勢になる。

 よく考えたら紙のような重さしかない物体が机の高さから落ちたところで大した衝撃を受けるはずもなく、危ないことなど何もない。

 けど本能的に動いてしまったのだからどうしようもない。地震の直後だったし。


 そんでもって、俺のフライングキャッチは見事に空を掴み失敗した。

 それどころか、俺が空中から床に落ちる際に、肘が何かものすごく弾力のある物体をグニョ、と押し潰した。

 考えるまでもなく小箱だった。

 げっ、やっちまった。


「ぐふっ」


 そして身体が床に落ちて、ダメージ。痛い。


「いってえ……あっ」


 しまった、小箱はどうなった?

 まさか破裂して中から硫化水素が漏れ出して俺は女の乳すら揉むことなく短い生涯を終えることになってしまうのか――

 と思ったら小箱は変わらず床に転がっていた。破裂してなかった。


 ああよかった、とほっとしつつ拾おうとしたそのとき、全く予想外なことが起きた。

 ペッ、と小箱から紙切れが吐き出されたのだ。

 いや、実際に「ペッ」という擬音語が聞こえた訳ではないのだが、そう表現するのが一番正しく解りやすい気がする。


「え?」


 思わず間抜けな声を漏らしてしまう。

 何だこれは?

 いくら未知の素材でできているからって、単なる立方体がいきなり紙を吐き出すか?

 ていうか今どこから吐き出した? さっき見たときも別に穴とか開いてなかったんだぞ?


「…………」


 混乱しつつ、しばらく動きを止めてみたが、小箱にそれ以上の変化は起こらなかった。

 恐る恐る手を伸ばし、とりあえず紙切れの方を拾い上げてみる。

 学校のノートを半分にしたぐらいの大きさの紙だ。

 一辺七センチの立方体が、どうやってこんなものを……いや、それを考えるのは後だ。


 とりあえずメモを確認する。文字が書いてあった。

 ミミズがのたくったような雑な字だが、俺が読めるところから見て、どうやらこれは日本語らしい。

 しかし。

 しかしだ。

 問題なのは。


 そこに書いてあった文章が、完全にヤバい香り満載だったのである……。


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