プロローグ
テレビのワイドショーや週刊誌の中吊り広告などで見るたびに「けっ」と思わざるを得ないものがある。
それは例の『子供たちの性の乱れ』とかいう奴だ。
もちろん『クリスマス』やら『バレンタイン』やらといった単語も恐怖だ。
しかし、「初体験は小学六年生のときでした」などとK美(仮名。プライバシー保護のため音声は変えてあります)にのたまわれては、俺はそのたびに頭を掻きむしらねばならなくなる。
ぐああ、と叫んでゴロゴロと床を転がりたくなる。
一体、K美(仮名)の処女を奪ったのはどんな男なのだろうか。
同級生の男の子? お互い初めてでドキドキ? そんなエロ漫画な展開なのか?
従兄弟の大学生? 憧れの人が優しくリード? そんなエロ漫画な展開なのか?
まさか援助交際? 中年オヤジが金で処女を? そんなエロ漫画な展開なのか?
結局どう転んでもエロマンガ的な展開じゃないか、と思われるかもしれない。
だが俺が嫌なのはまさにそこであって、世の中にはそんな体験をしている奴がいくらでもいるのだ。
にも拘わらず、この俺の性が乱れそうな傾向は全く見られない。
そりゃ男と女では勝手が違うのかもしれない。
しかし幼稚園のお遊戯会で失敗し転んだ拍子に前にいた女の子の太股を触ってしまった、というただ一度の例外を除いて、今日まで一度も女子に手を触れたことがないというのは少々やり過ぎではないだろうか。
ロクでもない人生である。
俺だって女の子とイチャイチャしたいのだ。なのにこの仕打ち。
この件については俺の運命を設定した神に釈明を求めなくてはならない。というか常に求めている。
返事は未だ届いていないが。
しかしロクでもない人生の持ち主がいれば、ロクでもある人生の持ち主も当然いる。
それが俺の友人、英野矢津也だ。
こいつは変な名前のくせに、美少年的なイケメンでありながらそこそこ真面目でいい奴だというふざけたオプションを持っている男で、もちろん女子にもモテた。
やたらとモテた。
こいつとは中学三年のときに初めて同じクラスになったのだが、その一年間だけでも何度女子から告白されたのかわかったもんじゃない。
憎たらしい野郎だが、しかし本気で憎む気になれないのは、中学三年の時、俺と最も仲が良かったのが矢津也だったからだ。俗に言う親友って奴だ。
で、俺は常々思っていた。
矢津也ならマジでハーレムとか作れるんじゃね、と。
ハーレム、それは全男子の夢。
くっそ羨ましい。
だけど矢津也は何でか知らないが彼女を作ることに消極的で、告白は全て断っていた。
何かそんな気にならないんだ、というのが本人の談だ。
だったら俺にくれよと思いながらも、まあ良き友人関係を築いていた訳だ。
もし彼女ができたら必ず相手に報告すること、などという約束をしたりしていたが、結局これはお互いに意味のないままだった。
もっとも、俺と矢津也では立場の差が歴然としていたわけだが。
ちなみに親友を得た代償として、俺は女子から「矢津也くんにまとわり付くゴミ虫」程度の扱いをされるようになっていた。
元から不人気者ではあったが、矢津也をホモの道にでも引き込んでいる、とかいう勘違いをされていたのかもしれない。
冗談じゃないが、とにかくそんな訳でこの一年間はほとんど女子と会話しなかったことを付け加えておく。
どうせ勘違いするなら、一人ぐらいは「私が女の良さを教えてあげるわ」とか言って俺に迫ってくる女子がいてもいいのに。
でもいなかった。現実は非情である。
そんな感じで中学時代は終わり、話の舞台を高校に移すのだが。
その前にひとつ言っておかなくてはならない。
実は高校受験の当日、俺は死んだのである。