番外編 to another name
こんばんは、宣言通り番外編を投稿させていただきました。遊月奈喩多です!!
今回を以て『幸せは冬の夜に歩いてくる』は完全に終わりとなります。ここまでお付き合い頂き、ありがとうございましたっ!
実はこのお話、他のあるお話とちょこっとだけ繋がっているようで……?
果たしてどのお話なのでしょう?
本編をお楽しみください!
春先に咲き誇り、見上げる人々の心を少しだけ癒した桜の花びらも数週間経てば吹き抜ける風にただ黙って散り、いつの間にか地面の泥と混ざってその美しさなど見る影もなくなる。それも夜になってしまえばわからなくなるから、闇というのは便利なものだ。
初夏の夜、莉緒は春前に越してきた新居の近くの小さな公園のブランコに座っていた。本当ならブランコ前に設置されている2人掛け程度のベンチに座りたかったが、見ると莉緒が来る少し前に誰かが残していったのだろうゴミが散乱していて、座れる状態ではなかった。すぐ隣にゴミ箱はあり、片付ければ座るスペースは当然できるわけだが、一旦ゴミが散乱している状態を見たベンチに座るのは何だか嫌な気分だったので、諦めてブランコに座ることにしたのである。
その日は初夏にしても蒸し暑く、今年の春に出会った新しい恋人の家から帰ってくるこの道のりも、駅から数分程度の距離がひどく遠く感じてしまい、ちょうど中間くらいに位置する公園で一休みしようと思い立ったのである。
「はー、疲れた」
周りに人がいるときには見せない表情と言葉。というより、外ではなるべく見せないように気をつけている姿。それを隠すこともままならないほど、莉緒は疲れきっていた。
……こんなはずじゃなかったのに。
最近の莉緒がいつも思っていることである。
もちろん、現在の生活でもそれなりに楽しみは見つけられているし、日々もそれなりに充実している。しかし、莉緒の予定は今年初めの冬辺りから確実に狂ってしまった。
『キミが1番なんだよ、わかるだろ?』
「――――っ!」
不意に脳裏に蘇ったねっとりとした声音に、思わず震えながら周囲を見回す。そして周りに人の気配がないことを確認して、安堵の息を漏らす。そして所在無さげにブランコを揺らしながら、莉緒は夜空を見上げてる。
空には雲が立ち込め、道理で蒸し暑いわけだ……と莉緒は納得した。
今年の1月下旬、莉緒は自分にずっと付きまとっていたストーカー鷹山に遭遇してしまった。そしてまた一方的に彼の「趣味」を要求され、それに答えるのにはやはり酷い苦痛を伴った。思い出すだけで全身の関節がギシギシと痛むような感覚に陥り、もう塞がったはずの切り傷がまだ痛むような気さえしてきた。
その鷹山から逃れるために、莉緒は春前にそれまでの人間関係を全て解消して住み慣れた場所を離れることになった。「誰からも愛される存在」であるはずの莉緒にとって、そのような、自分の望まない形で、しかも後に禍根を残しかねない人間関係の消し方は、プライドを傷つけるものだった。
それでも、鷹山に無理やり引きずるように乗せられた車の中で受けた扱いは彼女にとって、命の危険すら感じかねないものだった。
いくら心が傷つきそうでも、命には替えられない。
そうなったら、人間関係を切り離すことに躊躇などしてはいられなかった。当然その流れで蓮とも別れることになったが、もうその頃の莉緒には蓮と別れることに関して何ら感慨はなかった。
恐らく、自分と蓮との関係を続ける上で「障壁」となりうる幼馴染――綾の存在がなくなった時点で、莉緒の蓮に対する気持ちは冷め切っていたのだ。
綾という「障壁」があったからこそ、莉緒は蓮の心を掴もうと必死になったのだ。彼女自身の矜持を守るために。
そして、《何でも願いを叶えてくれる黒服の人物》――タカギの手を借りてまで綾の人生をめちゃくちゃにしてもらったのだ。しかし、そうなった段階で蓮は自分のものも同然だった。実際、一時期は綾を失った――――といっても一命は取り留めているが――――悲しみから逃げるように蓮は莉緒を求め続けていた。そのことに対して満足感を覚えてはいたし、それこそが莉緒の望んでいた結果ではあったが、満足感と同時に、もう1つの感情が芽生えてきてもいた。
あぁ、つまんない。
予感はしていた感情だった。
しかし、意外だったのはそれが思っていたよりも随分早く訪れてしまったことと、何よりそんな状態だったくせに最後まで関係を別れることができずにいたことだった。
蓮から強く引き止められたわけでもない。
別れ際の蓮は、莉緒を求めることでの「逃避」にも疲れ切り、何をすることもできないような状態だったからだ。あるいは、その状態の元恋人を置いていくのが少し偲びなかっただけなのかもしれない。その姿に莉緒は、自分を逃避の道具に使ったことへの不平などよりも、ただ純粋に知り合いとして不安を感じたことを今でも覚えている。
もし、綾ちゃんを追い詰めたのがわたしだってバレたら。
あの状態の蓮がそれを万が一知ってしまったら、何が起こるかわからない。
その不安が、蓮と別れる瞬間の莉緒の心をかなりの割合で占めていた。
こうして座っていても、新居に帰って体を休めていても、気が休まらない。その不安から逃げるために恋人と疲れ果てるほど体を重ねても、心のどこかには常に不安がある。そんな状態が、ここしばらく莉緒を悩ませていた。
……どうして、こんなことに!?
何度も自問自答することになってしまう。
鷹山。そして蓮。彼女は今、その2人を警戒して日々を過ごさなくてはいけなくなってしまっているのだった。
下手をすれば命が危ない。それ以前に、この地域での新しい生活の中で溶け込み始めたコミュニティの中で、自分の汚い過去を象徴するような2人と遭遇してしまうことは、何よりも避けなくてはいけないことだった。
しかし、それは防ごうと思って防げるものではない。
こうなったらいっそ、わたしであることを全部捨ててどこかに逃げてしまいたい……!
ふと、そんなことを思った。
そのときであった。
「こんばんは。ねぇ、いま1人なの?」
「え?」
目の前に立っていたのは、自分とそう変わらないくらいの年齢の女性だった。どことなく中性的な雰囲気を持ったその女性は、確か近所の清瀬という表札のある家に住んでいる人だ。近所付き合いがあまりないのでよく知らないが、確か小さな妹がいるとか聞いたことがある。
だったら、今決して人に構っているような気分ではないとはいえ、何か会話をしないとまずいだろう。
こんな夜中に、いきなり話しかけてくるのが少し怪しい気もしたが、それとなく返事をしておくことにした。
「うん、あなたも?」
「…………」
すると、清瀬はしばらく黙ってから「何かさ、疲れてない?」と尋ねてきた。
「よかったらさ、ぼくの家で休んでいかない? すぐ近くだし、何だか帰りたくなさそうだし。もし何かあるんだったら、相談とか乗るよ?」
優しげな言い方だった。
清瀬の声音には、最近の生活では久しく聞けていなかった安心できる優しさがあるように感じられたのだ。その上、精神的な疲労も限界に達していた。
それでも、何かが告げていた。
この女性に付いて行くのは、何かが危ない。
「いえ、もう帰りますから……」
そそくさと立ち上がる莉緒。その手を掴まれる。思いの外強い力に、振りほどこうとしても手が離れない。
「ちょっと、離して……、」
「大丈夫だよ、怖がらなくて。疲れたでしょう? ぼくと来てくれれば、きっとあなたのことを守ってみせるから」
有無を言わさない視線には、どういうわけか深い愛情が滲んでいるように思えた。それならば、もう抵抗など無意味なように感じて。
今度こそ、莉緒は清瀬の誘いに安心した表情を浮かべた。
「おかえり、皧」
小さな囁きが、夜風に混ざって聞こえた気がした。
こんばんは、最後の最後でまたお話が始まってしまいましたが、遊月奈喩多の休日はそろそろ終わろうとしております (^v^)あうあー
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この顔文字がどういう感情なのか、今ひとつわかっていない節があります(^_^;)
平日なんて、キラークイーンで吹っ飛ばせばええんや……(錯乱)
前回の後書きでもお知らせしましたが、このお話は大学時代に執筆した作品のリメイクということで書かせていただいた作品でした。終わってみると何でしょうね……リフォームと言いながらも完全に建て替えになってしまったような感覚がありましたが、不思議と後悔はありません(何か感想を頂いた結果「あっ、ホントだ……」となるようなことはかなりありそうですが)。
最後に一言。
吉良しの尊いよ吉良しの!!
ありがとうございました。ではではっ!!