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幸せは冬の夜に歩いてくる  作者: 遊月奈喩多
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切願成就エンドロール

こんばんは、遊月奈喩多です!!

今週は色々といいことが続いていて、その分来週が怖くなって仕方ない私ですが、またまた投稿させていただきましたァン(杉田ボイスを求めてはいけませんよ?)。

今回で幸せを求め続けた少年少女(という年齢でもないですが語呂がいいので)の物語も、本編は終わりとなりました。もう1話、番外編ということで『to another name』を投稿させていただき、完全に終わりとなります(タイトルももう決まっておりまする)。

どう語るべきか……。

まずは本編をお読みください!

本編スタートです!

 冬が明けて訪れた、麗らかな春。命が芽吹き、別れと新しい出会いが待つ季節。

 桜の花が咲き誇る昼間の自然公園。行き交う人々は春の陽気と期待に浮かれたように歩いている。知り合ったばかりの数人が早速意気投合して楽しげに騒いでいる声が、すぐ近くから聞こえてくる。

 しかし、桜並木を堪能できると評判の通りに設置されているベンチに座っているれんの表情は沈鬱なものだった。

 つい最近吸い始めた煙草はまだ慣れていない蓮にとって美味いものではなかったが、紫煙をくゆらせていると何だか目が冴えるように感じられる。あくまで、感じられる、程度だったが。そして何より少しだけだが気を紛らわせることができた。

 楽しげな人々を見つめる彼の瞳に、しかしその姿は映っていない。

 蓮には、考えずにはいられないことがある。

 忘れもしない、今年の1月19日。

 日付が変わる少し前に、彼の大切な人が交通事故に遭った。恋人や家族というわけではない、しかし、幼い頃から妹のように思い、できることなら彼女の幸せを守りたいと思っていた……はずだった少女。

 寺枝てらえだ あやは、逃げる蓮の後を追いかけている最中にトラックにはねられた。幸いにして命はとりとめたものの、ずっと病室のベッドで眠っている。ずっと守りたいと、思っていたはずなのに。

『やっぱりね、タカギさんの言った通り』

 綾があのように変わり果ててしまった原因が自分にあることは、蓮にだってわかっている。それについては、どんなに目を背けようとしてもできないことだった。

 ……これ以上、大切なことから目を背けているわけにはいかない。そのせいで、綾をあんな目に遭わせたのだから。そう常に思っている。しかし、自分が追い詰めてしまった綾の、さらにその背中を押した誰かがいるのだとしたら――、蓮はその人物のことも許すことができそうになかった。

 綾の前に連れて来たい。そして今、目覚めることのない綾の姿をそいつに見せてやりたい。それでどうするのかと問われても、答えを返せない。恐らく綾だってそれを望んでなどおらず、意識があったらきっと困った顔をするのだろう。それでも、それ以外に感情の遣り場が見つからなかった。

 だから、蓮は「タカギ」と呼ばれる人物を探した。

 綾の親友である優奈ゆうなに尋ねたり、高校以外の関わりの中でタカギという名前に行き着かないかと探していた。

 しかし、少なくとも綾と接点を持つような「タカギ」には会うことはできず、そもそも「タカギ」が本名であるかなどわかりはしない。名前以外の手がかりを持たない蓮にはその人物を見つけることはほぼ不可能であり、彼自身それをわかり始めていた。

 それでも……。

 ポケットの中で、公園に併設されている病院にいる綾との面会時間を知らせるアラームが鳴る。

 恐らく、今日も綾は目覚めないだろう。

 それでも、俺はいつまでだって待つ。彼女が目覚めたとき、全てを謝れるように。そして、願わくば、全てをやり直せるように。

 願うかわからない、薄い願い。

 しかし、それ以外に拠り所を知らない彼は、今日も病院へと足を向けた。




 今日も、綾は起きなかった。

 深河ふかがわ 優奈ゆうなは、宵闇の迫る道を重い足取りで帰る。

 白い壁の病室で、綾はずっと眠ったままだ。入院している事を知ってから通い始めて、もう3ヶ月くらいになるだろうか。その間、親友はずっと目覚めないままだ。


 進級する前の1月末。

 綾が交通事故で入院している事を知ったのは、何の変哲もなく訪れたはずの日だった。

 ――――綾が遅刻なんて、珍しいなぁ。

 始業時刻になっても教室に入って来ない綾についてそんな風に思い、『どうかしたの?』とメールを送りもした。それでもすぐに来るはずの返事はなく、そのときになって少しだけ心配していたところだった。しかし、寝坊でもしたか電車の遅延に捕まったか、それくらいのトラブルしか想定していなかった。

 だから、担任教諭から綾が前夜に交通事故に遭ったことを聞かされたとき、その意味がわからなかった。

 テラエダサン ガ コウツウジコ ニ アッテ ニュウイン シテイル

 イチメイ ハ トリトメタ

 イシキフメイ ノ ジュウタイ

 そのような音が耳に入っても、すぐには処理できなかった。

 なんで? 昨日まで何ともなくて、いつも通り「ばいばい」って別れたのに……!? 受け入れがたい現実から目を背けたくなった。しかし、それ以上の現実が、見舞いに行った病院で知らされた。

 何故か警官らしき人々が綾の病室近くに溜まっていて、少しだけ気になった。

 何となく話しかけづらかったけれど、近くを通りかかった時に、潜めた話し声が聞こえてしまった。

 綾の体には、何人もの男性から長期間にわたって辱めを受け、物理的にも多数の傷を付けられた痕跡があり、しかも違法薬物も大量に摂取しているらしい……ということ。

 それを聞いた後、優奈はすぐに蓮を問い詰めた。

 問い詰めるべきかどうか、優奈にはわからなかったが、そうせずにはいられなかった。

 どうして綾がそこまで追い詰められたのか、何もわからなかった。混乱していた彼女には、それ以外にできることなどなかった。

『松嶋さん……! 綾のこと、何も気付かなかったんですか!? だって綾は松嶋さんのことをお兄ちゃんみたいに、』

『ごめん。俺は、何にも気付けなかったんだ』

 返ってきたのは後悔して疲れきった声音と、泣きそうな――まるで拠り所を失った幼子のような表情だった。

 それを見たとき、優奈はもう何も言えなくなった。

 そしてその日以降、優奈は蓮と同様、使える時間を全て綾の目覚めを待つことに使うようになった。


 新しいクラスに馴染んで、新しい関係が徐々に出来上がっていっても、優奈の心にはいつも暗い雲が立ち込めていた。学校では以前の明るい姿を見せていたが、それを保っていることもままならないくらいのときもある。

 今日もそうだ。

 優奈の中では、ある怒りにも似た疑問が渦巻いていた。

 ……どうして、綾はウチを頼ってくれなかったの!?

 追い詰められていたらしい綾。そんなときに、もしも自分を頼ってくれていたなら。何かできたとは思えない。それでも、きっと何かの力になろうとすることはできた。きっと、した。

 高校では――私生活では蓮がいたから――1番綾に近い場所にいて、綾とは何でも話し合える仲だと思っていた。高校のクラスで初めて会った時から、どこか危うい雰囲気のある綾のことを気にかけていた。そして恐らく綾にとっても、自分は頼れる友達でいられていると思っていた。

 それなのに、大事な時に力になれなかった。

 綾が交通事故に遭った日も、一緒に帰った。いつもと変わらない綾にしか、見えなかった。

 優奈が怒りを覚えているのは、頼ってくれなかった綾ではない。綾に頼ろうと思ってもらえなかった自分と、そして綾が、病室で聞いたようなことに走る原因を作ったものに対する怒りだった。そこまで追い詰められていても、学校では笑顔だった。

 好きな歌手が一緒で、今度ライブにも行ってみようか……なんていう話だってしていた。

 遠くに出かけたことがほとんどないと言っていた綾と一緒に海に行ったりもした。どこまでも遠い海と水平線を夢中で見つめていた綾の姿は、今でも覚えている。

 ハロウィンの時期には、一緒に仮装をした。そのとき綾が着ていたバンパイアのコスチュームは優奈の力作であり、着てみせた後にはにかんだ顔で笑ってくれた綾の写真は、優奈の携帯のフォルダに永久保存版としてとってある。

 クリスマス前にイルミネーションを見に行ったときも、その素直すぎる感動ぶりに思わず抱きしめたくなったものだった。

 そんな思い出の数々が、優奈の心を軋ませる。

 綾にとって1番は蓮だ。

 日頃話していても、ハロウィンの時に直接会った時にもそれは感じていた。自分では、蓮以上にはなれないし、なろうとも思っていなかった。


 それでもきっと、あの人よりもウチの方が綾のことを好きだった。

 

 そう思うにつけて、もし綾の1番近くにいたのが蓮ではなく自分だったら、そんな思いが優奈の中には芽生えていた。それと同時に、自分よりも近くにいたはずなのに綾の変化に気付かなかった蓮への怒りも募っていた。

 だからだろう、優奈が突然現れた黒服の男――正確な性別は分からなかったが、声が低かったので男だろうと優奈は思った――に「大切な友達を追い詰めたやつに罰を与えて欲しい」と言ったときに脳裏に浮かんだのは、蓮の人の良さそうな、しかしどこか疲れたような笑顔だった。

 宵闇も過ぎ去った夜の黒から溶け出したかのように現れた黒服の人物は、突然「深河 優奈さん」と声をかけてきた。

 そして、タカギと名乗った人物は優奈に尋ねたのだ。


「あなた、幸せになりたいですか?」と。


 ここで綾の目覚めを願えるほど、優奈は夢見がちな性格ではなかった。それでも、不可能などなさそうなタカギの雰囲気に、思わず頷き、そして願っていたのだ。綾を追い詰めたものに対する罰を与えて欲しい、と。

「それが、あなたの幸せなんですね?」

「……わかんないけど、きっとそれくらいしか、綾にできることなんてないから」

 確認するように問うタカギに、毅然とした態度で答える優奈。

「では、承りました……」

 唯一見えている口元に、裂けるように深い笑みを作ってタカギは夜闇の向こうに消えていった。その様を優奈はただ黙って、じっと見つめていた。

 そしてまた、夢から覚めたかのように夜道を歩く。

 その先に何があるのか、不思議なことに、それは優奈自身にもよくわからなかった。




 ねぇ、知ってる?

 なんでも願いを叶えてくれる黒い服の人の話。

 あれって、続きがあるんだって。

 何でもお願いは叶えてもらえるんだけど、「幸せになりたいですか?」って訊かれて「はい」って言ったり頷いたりしちゃうと、不幸になっちゃうんだって……。


「まったく、ひどいお話ですね。私はただ、皆さんの願いを叶えて幸せになっていただきたいだけなのに」

 深夜の薄暗いバーのカウンター席で、その人物は嘆かわしげな言葉とは裏腹にどこか楽しげな口調でバーテンダーに愚痴をこぼしている。その人物は「ほらほら」と携帯を、黙々とグラスを磨いているバーテンダーに見せる。そこには、ネットの掲示板に書き込まれた《黒い服の人物》の都市伝説が映し出されている。

「そう思いません? 皆さんの願いは叶っているのですから。

 自分のことを昔のように心配して、大事に思って欲しい。自分のプライドを傷つける人をめちゃくちゃに壊して欲しい。どちらの願いも、叶っているはずなのですがねぇ……。

 あぁ、もう結構。そろそろお暇しますよ。私は今日も、願いを持っている人を幸せにしなくてはいけないので。いやはや、今日もおいしいカクテルをどうも。どうです? 今度おひとつ、いつものお礼にお願いを叶えさせていただいても……ありゃ、必要ない。それは失礼。では、また」

 そう言って、黒服の人物は薄暗いバー「play on the moon」を後にした。

 そして、街灯の無機質な光が照らし出す暗く――というよりも黒く染まった夜道で、その人物……タカギは振り返る。



「あなた、幸せになりたいですか?」

 抗いがたいその問いに、どう答えるべきか……。

こんばんは、遊月奈喩多です!

前書きでも書いたように『幸せは冬の夜に歩いてくる』本編は今回でおしまいとなります。お付き合い頂き、ありがとうございました! 今作は、大学時代に当時のサークルで書かせていただいた作品のリメイクということで公開させていただいていたのですが、これがまた思いの外大変で……!

前に書かせていただいたときは、綾ちゃん視点のお話がなかった(そのパートが綾ちゃんと蓮くんの視点がちょくちょく入れ替わっていた)ので、綾ちゃん目線という風に書き換えるのもわりと難しく……。

と、制作上のお話をするのも何だか興が覚めてしまいそうですね。

私個人としては、実のところ莉緒さんに思い入れがあったりすることは、後書きを読んでくださった皆様と私だけの秘密です?

では、また次回(番外編)でお会いしましょう!

ではではっ!

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