第二百話 第四次南部征伐Ⅰ
二百話達成!!
「ライモンド!! 緊急の要件とは何だ!!」
俺は息を切らせながら馬から降りて、すぐに宮殿の中に入る。
俺と一緒に帰還したのはアリスと、少数の近衛兵だけだ。
俺の護衛は五十人ほど居たが、今は十五人しか居ない。
途中で馬が潰れて、三十五人が離脱したからだ。
おかげで一日で到着した。
「陛下!! ご休養のところ、申し訳ありません」
「いや、構わない。一先ず、俺の執務室に行こう。あそこなら誰にも聞かれない」
俺とライモンドは早歩きで執務室に向かう。
俺は後ろを振り返った。
「アリス、盗み聞きする者が居ないか監視してくれ」
「分かりました、陛下」
アリスは一礼した。
「……陛下、あの珍妙な服は何ですか?」
「忍者メイド服だ。可愛いだろう?」
キリシア人にもそこそこ好評だった。
きっとユリアやテトラにもスカートは似合うに違いない。
まあ、それは兎も角だ……
「それで何が起こった?」
執務室のドアを閉め、俺は改めて問いただした。
ライモンドは一枚の紙を俺に手渡した。
「……まずはこれをご覧になってください」
ふむ……
これは……
「……情報は確かか?」
「裏を取らせました。偽書ということはありません」
俺の手の中で紙が潰れた。
頭に血が上るのと同時に、どこか冷静になっていく自分を感じる。
「兵を集めろ」
自分が思っていた以上に冷たく、重い声が出た。
ライモンドは静かに頷いた。
「分かりました……兵数はどれくらいを?」
「五千だ。それだけあれば十分だろう? それと全ての関所を封鎖し、呪術師を国内から掻き集めろ」
「は!」
ライモンドが去った後、俺は静かに椅子に座った。
改めて紙を見る。
ユリア暗殺の計画書……
早期に見つかって助かったな。
「まさか粛清を人生で二度もやる羽目になるとはな……俺の落ち度ではあるが……もう二度と繰り返させるわけにはいかない」
俺に敵対したらどうなるか、
目に物を見せてやろう。
五千の兵は王都近郊ですぐさま掻き集められた。
同時に俺の勅令が王国全土に飛び回った。
王妃の暗殺を企てた者を捕縛せよ。匿った者は同罪とする。
ユリア暗殺を企んだ者の多くはアス派豪族と彼らに金を貸していた商人だった。
ユリアを暗殺すれば、次の王はアンクスに決定する。
と、安直に考えた愚か者が多数だ。
またごく一部のキリシア系諸都市も一枚噛んでいるようだった。
彼らもまた、アンクスが王に成れば自分たちに利益が出ると安直に考えた者たちだ。
二千の兵を豪族の捕縛に、三千の兵を諸都市へ派遣した。
兵権はすべて俺が掌握しているため、豪族たちは碌な抵抗も出来ずに捕縛された。
中には平民たちに攻め込まれて、捕まえられた者も大勢出てきた。
諸都市の政治家たちも、何の戦闘無く終結した。
市民たちが捕縛して、ロサイス軍に突き出してくれたからだ。
市民たちの大多数は、ロサイス王がアンクスになろうがまだ産まれていないユリアの子になろうが、どうでも良い問題だからだ。
政治家の勝手な暴走に付き合うほど、キリシア人たちも愚かではない。
俺も彼らには罪はないことは分かっているので、特に処罰はしなかった。
首謀者二十二人、末端まで含めて五百三十六人が捕縛されて王都に連行された。
首謀者二十二人は磔の刑。
関与したその豪族の重臣たちは斬首。
その部下は奴隷身分に降格した。
処罰された者の家族に関しては、財産をすべて没収した上で無罪放免とした。
リガル・ディベルの場合は仮にも王に成るほどの血筋と権勢を持っていたため、全て根こそぎ処刑する必要があったが、今回は馬鹿の暴発。
そこまでする必要は無いと考えた。
それに今回の首謀者はアス氏族の過激派だ。
当然、穏健派と血筋的関係も強いし中には兄弟で過激派と穏健派で分かれている者たちも要る。
穏健派を刺激しないためにも、族誅にはしなかった。
一連の粛清は三日で終結した。
「ア、アルムス……」
久しぶりに会ったテトラはやつれたように見えた。
顔も真っ青で、瞳が涙で潤んでいる。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……す、捨てないで……」
俺は黙ってテトラを抱きしめた。
殴られると思ったのか、一瞬身を竦めたテトラだが、すぐに俺の腕の中で力を抜いたことが分かった。
「大丈夫だ、お前は何も悪くないよ。今回はアス氏族の問題じゃない。ただ馬鹿が居たというだけだ。大丈夫だ、安心しろ」
「う、ぐす、私、アルムスに迷惑かけてばかりで……ごめんなさい……」
テトラは俺の腕の中で泣き出した。
一先ず泣き止むまで、背中を擦ってやる。
しばらくしてテトラは顔を上げた。
目が真っ赤に染まっている。
「落ち着いたか?」
テトラは静かに落ち着いた。
そして俺に一礼して……
「私、頑張るから」
そう言ってから一度俺の後ろに控えていたアリスを睨み、その場を去っていった。
「ユリア」
「アルムス!!」
俺がユリアに声を掛けると、ユリアは小走りで俺の元にやってきた。
前よりもお腹が大きくなったような気がする……のは気のせいか。
「テトラは大丈夫?」
「大丈夫だよ。さっき話したら落ち着いたみたいだ。……ところで、お前は大丈夫か? 体調とか崩してないか?」
暗に毒を盛られていないか、ユリアに問いかけた。
まあ呪術師であるユリアに毒殺は難しいと思うが。
「何言ってるの。私は解毒の加護を持ってるのよ? 毒殺なんて不可能よ」
「そう言えばそうだったな」
そんな加護を持ってると前に言っていた気がする。
杞憂だったか。
「でも……怖かった……」
「そうか……」
当たり前だ。
命を狙われていたと知って、ゾッとしない人間はいない。
ユリアは今、妊娠中だ。
余計心細かっただろう。
「ごめんな、側にいてやれなくて」
俺は逃げ出してしまった。
ユリアが命を狙われる可能性は十分に合ったのだ。
それなのにその可能性を忘れて、アリスと……浮気旅行をしていた。
今回は防諜組織が上手く機能していたため、未遂で済んだが……
もしユリアが殺されてしまっていたらと考えると、寒気がする。
ただでさえ俺の護衛のために近衛兵が出払っていて、宮殿は手薄だったのだ。
もしかしたら本当に俺が留守の間に殺されていた可能性は十分にある。
「ううん、私も悪かったから……ごめんなさい。どうにもならないことばっかり相談して……男の子が出来ても出来なくても、私の子供だもの。ちゃんと愛してあげないと……それを忘れてたなんて、私は母親として失格よ……機会はまだまだあるんだもの。二回目がダメでも、三回目、四回目があるし!!」
ユリアは微笑んだ。 晴れ晴れとした笑顔だ。
何か、合ったのか?
「それと……」
ユリアは俺の後ろに控えているアリスに視線を移した。
アリスは首を傾げた。
「どうかいたしましたか? 奥様」
「……アルムスの愛は渡さないから」
ユリアはそう言ってその場を去っていった。
……もしかして気付かれてる?
そんな馬鹿な……
「宣戦布告されちゃいましたね!」
アリスは何故か嬉しそうだった。
胃が重い……
今度はアリスも置いて遠いところに逃げようかな?
「結果的にだが、今回の件で今までの難題が解決したな」
「ええ、アス氏族の多くが領地の返還に応じてくれました」
不幸中の幸いと言えるだろう。
今回、事件を起こしたのはアス派の過激派だ。
穏健派は関係ない……とは言いきれない。
過激派の中には穏健派の親族が大勢居るからだ。
立場が急速に悪化した彼らは、これ以上俺の機嫌を悪くするわけにはいかないと掌をひっくり返すように領地の統治権を返上してくれた。
これで多くの豪族の領地が国有地となり、豪族が中央に移り住むことになる。
さて……
「今回の事件、まだ終わっていない」
この暗殺事件に関与したキリシア系商人の多くは、ゲヘナ国民だった。
キリシア系諸都市の政治家も、ゲヘナと親しい者たちが多かった。
アス派豪族たちを取り調べしたところ、ゲヘナの支援を受ける約束だったとの自白も得られた。
無関係です、という言い訳は通じない。
「あの狡猾な老人がこんな幼稚な策を計画するはずがないと思うが、だからと言って何も知らなかったというわけでは無いはず。まあ、あの男―アブラアムの部下や親族が暴発した結果だろうが……説明をして貰わないとな。ライモンド、早速ゲヘナに向かうぞ。バルトロを呼べ」
「は!! 分かりました」
さあ、行こうか。
一万の兵と共に。
斯くして、後に第四次南部征伐と呼ばれる最後の南部征伐が始まった。
この事件で一番得したのはアルムス
一番損したのはアブラアム




