第二話 グリフォン
転生。
それはトラックに轢かれると高確率で発生するフィクション上の現象である。
フィクションとは即ち作り話で、はっきり言えば嘘の話だ。
故に転生なんて嘘であり、現実にはあり得ない。
そう、あり得ないはずである。
「これは夢だ。そう。夢に違いない。きっと目が覚めたら病院のベッドの上、もしくはトラックに轢かれたことそのものが夢なんだ。そう、そうに違いない。人間があっさり死ぬなんてあり得ないし」
俺はそう思いながら地面に寝転がる。
夜空には満点の星と巨大な月。
綺麗だな~夢にしては!
俺は目を瞑る。
目が覚めたら全部夢落ちであることを信じて。
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やっぱり現実でした!
俺は朝日で輝く水面で自分の顔を確認して絶望する。
何なんだよ。
俺が何したって言うんだよ!
「でも顔は悪くないな」
俺は目の前に映る少年―俺の顔を見る。
痩せこけて、野良犬みたいに汚れているが各パーツはなかなかいい。
肌の色は所謂オリーブ色というやつだ。
「まあ起きてしまったのなら仕方がないか……」
まずは生活基盤を整えることから始めるしかない。
その後に情報を集め、日本に帰れそうなら帰り、ダメそうならここに定住する。
取り敢えずそう言う方針で行こう。
ということでまずは……
「腹ごしらえからだな」
俺は立ち上がった。
__________
俺は森の中を物色する。
昨日は巨木ばかりの森だと思っていたが、今なら分かる。
俺が縮んだことで大きく見えているだけ。実際には巨木というほど巨大ではない。
「それにしても何もないな。この森は」
木の実や果物の類が一切ない。
中には何となく食べれそうな草が生えていたが、死にたくないので控える。
体感温度からして季節は夏頃か。
夏なら食べれるものがあるはずだ。多分悪いのは俺の探し方だろう。
そもそも俺には野草の知識なんてない。しかもここは推定異世界。
地球と同じ植生かどうか謎である。
「やっぱり虫を食うしかないか……」
俺は目の前の蟻の行列を眺める。
昨晩のムカデのおかげで体力は少し戻ったので、早急に食べないといけないわけではない。
だが元々栄養素が不足していた体だ。
今日一日抜けば、明日は動けなくなる可能性がある。
せめて火の起こし方さえ分かればなあ。
蝉でもムカデでも蟻でもサソリでも炙って安心して食べれるのに。
まあ昨日は生で踊り食いをしたわけだが。
火ってどうやって起こすんだろ。
木と木を擦れば摩擦熱で火が起こるということは知ってるが……
ちゃんと着火するか謎だし、調度いい木も見当たらない。
出来ないことをやろうとして体力と時間を浪費するのは得策でないように感じる。
人里を探す方がよっぽどマシだろう。
「おい、そこの人の子。ここは我が領地ぞ。立ち去れ」
後ろから声を掛けられた。
なんか偉そうな声だが人であることは間違いない。
天は俺を見捨てていなかった!!
「実は迷っていて……」
振り返ると目の前には化け物がいた。
顔や上半身は鷹のようで、巨大な翼を持っている。
そして下半身は四足獣―ライオンのよう。
それはグリフォンだった。
天は俺を見捨てたようである。
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「あの、俺は不味いです! 骨と皮しかないです。昨日はムカデを食べました。や、やめた方がいいですよ!」
俺は後ずさる。
折角転生で命を拾ったのにどうして食われなきゃいけないんだ!
「我とて食事の選り好みはする。誰が貴様のような不味そうな物を食うか。我を愚弄しているのか?」
「そ、そんな滅相もありませんよ。あはははは。実は今、立ち去る最中でして。さようなら~」
俺は全速力で駆けだした。相手は俺を食うのではなく、追い出したいらしい。じゃあ逃げればいい。俺もこの人(?)の領地だか縄張りだかを荒らす気なんてないのだから。
バサバサバサ
羽ばたく音が俺の耳に入る。
砂が舞い、俺は思わず目を瞑った。
目を開けると目の前にはグリフォンさん。
しかも毛を逆立てて怒ってらっしゃる。
何故!?
「ここより先は我が領地と言ったであろう? 森の奥地は我の領地であり、人は出入りしてはならない。それは盟約であったはず。やはり貴様、我が領地で食を得るつもりであるな?」
「すみません。ちょっと方向を間違えました。まさかこっちの方向があなた様の領地だとは……」
「嘘をつくな! 我と貴様らの盟約はここ二百年に渡って受け継がれてきたではないか! 小さな子供でも知っておるわ!」
そんなこと言われても知らんもんは知らん。
立派な見た目の癖に癇癪持ちとは仕方がない獣だ。
「もう少しまともな言い訳をして見せろ。そうしたら生かしてやろう」
グリフォンはそう言って俺を睨みつける。全身に寒気が走る。
こいつは俺を殺すつもりなのだ。目障りという理由だけで。
弁解するしかあるまい。
「その……実は転生しまして」
「はあ? 何意味の分からんことを」
グリフォンの顔つきが変わる。目がギラギラと輝いている。こりゃ死ぬかもな。
「いや、だからですね。気が付いたら知らない森の中で、知らない子供に成ってたんですよ。本当ですよ? 信じてください」
俺は土下座して頼み込む。折角転生したのだから二日目で死ぬなんて御免こうむりたい。
「ふむ……」
俺の必死の土下座が効いたのか、グリフォンの殺気が少し弱まったように感じられた。
グリフォンの瞳が赤く輝く。
「お主……迷い人か。なるほど。ならば知らないのも無理はない。すまなかったな」
グリフォンの体から殺気が急に消え失せた。
よく分からんが納得してくれたみたいだ。
「お主も可哀想に。住み慣れた故郷からこんな僻地へ。まあ、仕方があるまい。小僧どもに好かれたのはお主の責任。恨むなら己の人生を恨むのだな」
なんだかよく分からんが、こいつは転生について何か知っているらしい。
「あの……迷い人とは?」
「こことは違う世界からこの世界へやってくるモノのことだ」
「生まれ変わるのではなく?」
「ん?」
グリフォンは俺の質問の意味が分からないというように首を傾げた。
俺は現在、自分の身に起こっていることを説明する。グリフォンは唸る。
「うーむ、分からん。そのような現象は聞いたことがない。我が百年前に出会った迷い人も生まれ変わったなどとは言っていなかったが……まあ、そう言うこともあるのではないか?」
「はあ」
「そもそも迷い人などという現象があるのだ。そこに生まれ変わりが加わった程度、何も不思議はあるまい」
よく分からんがグリフォンは勝手に納得し始めた。
俺はちっとも納得できていない。
まあ今悩んでも仕方がない。地道に調べるしかないだろう。
「ところでお主、先程の説明では精神に関しては成人と言っていたな?」
「ええ、まあ。今はこんなんですが。それが何か?」
俺の問いにグリフォンはニヤリと笑った……ように見えた。
「見逃す代わりに一つ、仕事を頼みたい」