第百三十二話 捕虜
「アリス、答えは出たか?」
俺は檻越しにアリスに尋ねる。
アリスは俺の目をしっかりと見つめ、大きく頷いた。
「はい。あなたに仕えるかどうかは未だ決めていませんが……自由に成りたいです」
そうか。
一先ず、自分の足で立ち上がる決心はしてくれたか。
「じゃあ鎖を自分の手で引き千切らないとな」
「……はい」
鎖……
アルドを殺さなければならない。
アリス自身の手で。
「ムツィオ。お礼に何か、上げたいんだが希望は無いか?」
俺はムツィオの所へ赴き、そう聞いた。
ムツィオは義理を果たすだけだと言い、何も要らないという。
だがそれでは我が国が助けられっぱなしだ。
エクウス族も少ない犠牲が出たはず。
何か礼をしなければ、俺たちが恩知らずになる。
「本当に良いんだって。お前が居なかったら俺は王に成れていなかったわけだし……まあ、強いて言うならば貿易の拡大かな?」
「貿易か……よし、分かった」
我が国では毛織物や馬の需要が伸びている。
貿易の拡大は双方の利益になる。
「あとこれは出来ればで良いんだが……」
「俺に出来ることなら何だって言ってくれ」
「そうか。……奴隷が欲しいんだよ」
奴隷?
何故奴隷が欲しいんだ?
エクウス族の産業は遊牧。
奴隷は不必要だと思うが……
「ガリア人は毛織物が得意だろ? 特にロゼル王国の主産業は毛織物だった気がする。毛織物産業に従事していた兵士が居たら、譲ってくれ。ああ、金は払う」
「分かった。居たらそっちに引き渡すよ。別に金は要らないが……」
「ケジメって奴だ」
まあ、そう頑なに拒否するならば無理強いする気は無い。
金を貰って損をするわけでも無いし。
しかし毛織物か……
確かに羊毛を直接売るよりも、繊維にして、職物に加工してから売った方が儲かるな。
下手に農業に手を出すよりも、得意産業を発展させた方が豊かになれる。
「あと、もう一つ」
「何だ?」
ムツィオは真剣な顔で言う。
「ルプス族とアリエース族は知っているな? 俺は近い将来、奴らと決着を付けるつもりだ。今はその力は無いから、撃退するだけだが……遠くない未来、必ず引導を渡す。その時、協力してくれ」
「分かった。じゃあその時まで我が国は騎兵を強化しておこう。お前たちに頼りっきりは良くないからな。馬の輸出を頼む」
「分かった。そっちからは鉄器を輸出してくれ」
俺とムツィオは堅く握手した。
……鐙について言われるかと思ったんだけど。
まあ、俺に聞く必要は無いか。
鐙はこの戦争で随分と人目に触れさせてしまった。
多分、十年後にはアデルニア半島の騎兵は全て鐙を使ってるんだろうな。
技術ってのはそう言うモノだから仕方が無いんだけどね。
ムツィオとの会談が終わり、幕営に戻るとそこにはイアルが居た。
ファルダーム王の国からようやく帰還出来たのだ。
「イアル! よくやってくれた」
俺はイアルを褒め称えた。
イアルの功績は三つ。
ゾルディアス王の国をエビル王の国に嗾ける。
ファルダーム王の国をロゼル王国に宣戦布告させる。
ギルベッド王の国をロゼル王国に宣戦布告させる。
イアルが居なければ、この包囲網は切り抜けることが出来なかっただろう。
「お前の功績は第一級だ。必ず論功行賞で報いる」
「それは!! ありがとうございます。でも良いんですか? 私は敵将を討ったわけではありませんが……」
「良いんだよ。戦争は何も殺し合いだけが戦いじゃない」
武器を使わない戦いも存在する。
むしろそう言う戦いの方が大切だ。
自分たちが正義であり、敵は悪。
そう言った宣伝は大切だ。
「そうそう……実は今からカルロ王子と、アルド王子と捕虜に対する話し合いをするつもりなんだ。お前も一緒に来てくれ」
「分かりました。王の期待に応えて見せます」
「カルロ王子、調子は如何ですか?」
「はは、悪くないですな。……まあ、今後の国の立て直しを考えると、気分が落ち込みますが。ロゼル王国の略奪で、国土がボロボロですよ」
カルロは苦笑いを浮かべた。
今後、ボロボロになった国土を建て直すには相当の苦労が必要になるだろう。
正直、少し同情する。
やはり戦争は国内に持ってくるべきではないな。
侵略と内乱は、未然に防がないと。
「即位はいつ頃に成りますか?」
「まあ……一か月後か二か月後ほどが良いかと思ってます。まずは国内を安定させることが最優先です」
その後、即位への具体的な日程などを話し合う。
これで決定というわけでも無いが……見通しは立てて置いた方が良いだろう。
半分、世間話のような即位の話題が終わり、いよいよ本題に入る。
「アルド王子ですが……こちらに貸して頂けませんか?」
「……アルド王子を? それはどうして」
アリスに殺させるためだ。
まずはアリスをアルドの呪縛から解放させてやらなければならない。
自分の手でアルドを殺せば、自分を縛る物は何も無いと自覚出来るようになるはずだ。
「ううむ……どうしてそんな奴隷の女のために……ああ、成るほど!!」
カルロは不思議そうな顔を浮かべたが、何かを勝手に自己解決して納得した表情を浮かべた。
ニヤニヤと笑みを浮かべている。
「なるほど~そういうことでしたら協力するのも吝かではありません。……ただ公開処刑は民衆の娯楽ですから。多くの民がアルドの公開処刑を望んでいます。影武者を立てるわけにもいきませんし」
公開処刑はお祭りみたいなものだ。
フランスではギロチンで処刑される人間を見るためにパリ市民が広場に集まり、その周辺の建物の部屋が全て貸し切られるありさまだったとか。
そして集まった人間に食事や娯楽を提供するために承認が屋台を出して、お祭りと化す。
そうなると処刑は興味ないが、祭りで騒ぎたい人間も集まり……
という風に一大イベントになってしまう。
アデルニア半島でもそんな感じだ。
しかも今回の死刑囚アルドは王族であり、ロゼル王国を国内に招いた戦犯。
民衆はさぞかし、公開処刑を見たがるだろう。
「じゃあこういうのはどうですか?」
俺の提案を聞き、カルロの表情に笑みが浮かぶ。
「それは名案だ。さぞかし儲かるだろう。やりましょう、ロサイス王」
良しと。
これでアリスの件は何とかなった。
次は捕虜の取り分。
俺が交渉しても良いが……イアルの方が得意だろう。
イアルに任せる。
カルロの方も交渉は部下に任せるようで、側に控えていた文官が一歩前に進み出た。
文官とイアルは激論を始める。
俺とカルロはそれを眺める。
頑張れ、イアル!!
……
……
……
どんどん文官の顔色が悪くなる。
怒りの赤から、青へと信号機のように色が変わる。
……これは不味いな。
「では取り分は我が国が九割、ドモルガル王の国が一割で宜しいですね?」
「いや、宜しくない」
俺はイアルを下がらせた。
顔色を悪くした文官が困惑の表情を浮かべる。
「確かにこの戦争、我が国の役割が非常に大きかった。戦果のほとんどが我が国の兵と将軍による……というのは間違いでは無い。しかし我が国の兵士が慣れない異国で戦えたのは、カルロ王子の道案内のおかげだ。快く寝る場所を提供してくれたこの国の民のおかげだ。その働きはとても大きい。……私は七対三が調度良い比率では無いかと思う」
我が国が七で、ドモルガル王の国が三だ。
文官とカルロが驚きの表情を浮かべる。
九割貰えるはずの奴隷を、自ら七割に引き下げたのだから。
「宜しいんですか? ロサイス王。私としては貴国に負い目がある。貴国は領土をロゼル王国から得られたわけでは無い。我が国が貴国に割譲する土地も大した広さでは無い。賠償金も少ない。捕虜を全て欲しいと言われても、納得する気持ちで居るのだが……」
俺は大きく首を横に振った。
「結構です。私は利益を求めてあなたを救ったわけでは無い。義を果たすために、戦争を始めたのです。結果としてロゼル王国やその他周辺国と戦い、多く犠牲を出すことに成りましたが……義は果たせた。十分です」
俺の言葉に、カルロは感激を受けたように目を潤ませた。
俺の手をがっしりと握る。
「ロサイス王……あなたは何て良い人だ。あなたのような人を、真の王者と言うのだろう」
「買いかぶり過ぎですよ」
俺は照れ笑いを浮かべた。
……身代金千ターラントをロゼルから貰ったなんて、口が裂けても言えない。
「しかしこれでは私の気が済まない……便宜を図りましょう。捕虜の中で優先して欲しい者は居ますか?」
「そうですね……鍛冶技術を持つ者と毛織物技術を持つ者が欲しいですね」
俺がそう言うと、カルロは文官に目配せする。
どうやら便宜を計ってくれるらしい。
得をしたな。
「あの……アルムス王様、どうして七割に?」
「簡単な話だよ。お前は勝ち過ぎだ」
外交は相手から毟り取れば良いという物では無い。
特に友好国が相手と言うのであれば。
利益を得ても友好国との関係が拗れれば、元も子もない。
「しかしカルロ王子は良いとおっしゃってましたよね?」
「カルロ王子が良いと思って納得しても、豪族や民が納得するとは限らないさ。中には少しの土地を我が国に支払うことさえ、嫌だと思ってる者もいるはず」
国は一人で運営されているわけでは無い。
トップ同士が仲良しでも、意味が無い。
「成るほど……ただ相手を言い負かせれば良いというわけでは無いのですね?」
「そういうことだ」




