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 黒沢から送られてきた情報によると、怪人は町外れの資材置き場にいるらしい。戦闘をするのにうってつけの場所にわざわざ移動する習性は、ナーゾノ星人特有のものではなかったようだ。

「こんなところで、何をしようっていうの?」

 人気はまるでなく、存在しているのは木材や重機、または鉄パイプくらいのもの。美江は物陰に隠れながら様子を伺っているが、怪人と連れ去られた女性の姿は確認できていない。

「……永山、早く来ないかしら。あんなのでも、いるだけで結構心強いし」

 性格にこそ難があるが、その実力は折り紙つき。怪人が潜む地を一人でうろつくのは心もとなく、外道でもいいから近くにいてほしいと思えてしまう。

 そもそも奴は仮にもヒーローなのだから、早急に現場に駆けつけるべきなのだ。それなのに、監視役がひょこひょこと先に到着してしまうだなんて。もしこれがドラマだったら、間違いなく視聴者様から非難が殺到することだろう。

「あっ。あれ!」

 廃材などが原因で足元がおぼつかない中で、遠くに二人分の影を見つけ出した。

 息を殺して音を立ないよう細心の注意を払い、裸眼で二・〇もある自慢の視力でじっくりと観察する。

「怪人と、女の人ね。手足をロープで縛られてる……。でも、何か話しているみたい」

 目には自信があるが、耳は至って平凡であるため内容まではうまく聞き取れない。だが、女性が激しく怒鳴り散らしていることから、相当ご立腹であるということだけはわかった。

「……あの武者鎧、やけに女の人に気圧されてるような。相手は動けないっていうのに。怪人のくせに、口でこられたら恐いの? 大胆な行動をとってたわりには」

 誘拐劇を目にした直後は弱気になっていた美江であったが、今ではすっかり立ち直り毒舌全開。特殊な職業に就いている以上、メンタルの強さは重要なのだ。

「もうちょっと近づいてみようかしら。全然こっちに気づいてないみたいだし。ん?」

 忍び足で移動を試みた直後、どこからか足音が響いてきた。

 ひょっとして、永山?

 期待を込めて目を向けたが、予想とは異なる展開が待ち受けていた。

「久し振りだな、キセナガ」

 聞き覚えがある。その声も。どことなく古風で、独特の語調も。

「マ、マスター?」

 エコバッグを放り出して姿を消したはずのマスターが、怪人を前にして力強く立っている。その口振りからすると、やはり怪人のことを知っているらしい。

「は? 誰だ、お前は」

「わからぬのも無理はないか。何せ、象徴だった右腕が今ではこれだからな」

「右腕?」

 マスターの右腕は、ごくごく普通の人間の腕。あまり想像したくはないが、昔は彫り物でも入れていたのだろうか。

「しかし、貴様が持つ空間移動能力を、このようなくだらないことに使いおって。勧誘ならば、正々堂々と行うべきだ。それを、あのお方が立ち上げたスポーツジムに泥を塗るような真似をするとは。この、恥さらしが」

「何だ、いきなり説教か。それに、何で俺の名前や能力のことを……あっ!」

 格好が格好であるだけに表情は確認できないが、武者鎧は何かに気づいた様子で声を発する。

 マスターはそれを確認すると、わずかに口角を上げた。

「ふん。ようやく思い出したか」

「そうだ、そうだ。お前は確か……そう。この間ジムに来た、寿司屋の出前の人!」

「違ーう!」

 だが、怪人がここで思いがけない大ボケをかまし、すっかり調子を狂わされてしまう。

 息遣いを荒々しくしながら、目をつり上げて切り返す。

「どうして遠方から、寿司の出前などせねばならぬのだ! こっちは貴様のことを、嫌というほど覚えているというのに。特に、靴に画びょうを仕込まれたあの日のことは……」

「はあ? 画びょう? そんなことしたっけか」

「……ほう、そうか。そうくるか。こうなれば、力づくで思い出させるしかなさそうだな。しばらく実戦からは離れていたが、貴様程度ならこれで充分だろう」

 この人、何者なの。というか、何でちょっと涙目になっているの。

 美江が訝しがっていることなど露知らず、マスターは左手で鉄パイプを拾い上げてしっかりと構える。その一連の動作はまるで、剣でも扱っているかのようだった。

「えー? 誰? 画びょう?」

「あのさあ。よくわかんないけど、かわいそうだから思い出してあげなよ。てかさ、ああやって構えてんだから無視しない方がいいって」

「そうッスね。じゃあ、まあ、スッキリしないけど一応。でも、誰だっけなあ……」

 いつのまにやら女性に尻に敷かれている怪人は、首をひねりながらも鞘から刀を抜く。しかしよく見ると、それは真剣ではなく木刀であった。

「行くぞ。ついでにあの日の雪辱も、果たしてくれる」

「正義の味方気取りのおっさんに、ああだこうだと言われたくないものだがな」

「正義? そんなものに興味はない。我……じゃなかった。私は貴様のような、組織の一員の風上にも置けぬ面汚しが許せぬだけだ。あと、貴様にだけはおっさん呼ばわりされたくないわ!」

「うおっ!」

 マスターは勢いよく啖呵を切ると、怪人に向かって猛進した。その動きは異常なまでに鋭敏で、とても並の中年男性が成せるものとは思えなかった。

「え? 何これすごっ……。これ、時代劇の殺陣とかじゃないよね?」

 木刀と鉄パイプという、微妙に不釣り合いな武器から繰り出されているとは思えない両者の剣技らしき技の数々。本格的な戦闘シーンじみた動きに、美江は食い入るばかりだった。

 シリアス要素がやや薄い武器ながら、激しくぶつかり合うごとに火花を散らしているかのような錯覚にまでとらわれる。

「お、お前は一体。こんな動き、とても人間ができることとは」

「……ふざけたことを。その兜の下に存在すべき脳みそを、どこかに置き忘れてきたのではあるまいな? どこまで記憶力に難があるのだ」

「そんなことを言われても。どうでもいいことほど、忘れやすいというしな」

「何だと! ああ、勘さえ鈍っていなければ、一撃で仕留めてくれるものを!」

「うぎゃっ!」

 これで勘が鈍ってるって、嘘だろう。あなたは化け物か。

 マスターはさらに力が入ったのか、助走をつけて飛び上がり、鉄パイプを怪人に向かって振り下ろす。

 それは見事、兜の中心に直撃し、相手は数歩後ろによろけた。

「強過ぎじゃないの、あの人。一人で倒しちゃいそうなんですけど。もう、永山いらないんじゃ……あっ!」

 展開を読み切ったつもりになっていた美江であったが、ここで不測の事態が起こる。武者鎧はよろよろしていたかと思うと、突然「くくく……」と笑い始めた。

「いいね、強い相手と戦えるのって。俺をここまで追い詰めたのは、アイアンマッスルさんだけだったのに」

「もう一人忘れているのではないか? まあ、訴えたところで無駄な気もするが」

 アイアンマッスル? それって、無名のプロレスラー? あと、もう一人って……。

 意味不明な言葉の数々に、脳内での整理が追いつかない。

 そんな様子の美江の存在にすら気がついていない怪人は、天を仰ぎながらさらに語る。

「彼女にはどうあがいてもかなわなかったが、お前程度なら。よし、久し振りに本気を出してみるとしよう。修行の成果がどれほどのものか、確認するのにちょうどいい」

「修行だと。まさか、あれ以来ずっと……うっ!」

 急速に距離を詰められて繰り出された一撃を、マスターは鉄パイプですんでのところで受け止めた。

 その攻撃の威力は半端でなかったのか、武器と腕がビリビリと震えている。

「これを受け止めるとは、ただ者ではないな」

「ただ者も何も、お前は私のことをよく存じているはずなのだがな。全く、時の流れというものは」

「まあいい。次はこうだ!」

「うぐっ!」

 怪人は木刀で薙ぎ払い、マスターを大きく跳ね除ける。そしてよろけたところに、素早く切り込んだ。

「しまった!」

 手から鉄パイプがはじかれ、コロコロと無情にも転がっていく。完全に無防備となったマスターは、地面に膝をつきながら武者鎧を睨みつける。

「くっ……油断し過ぎたようだ。貴様如きが、ここまで腕を上げているとは。せめて右腕があれば……右腕さえあれば!」

「何を言っている。五体満足のくせに、ふざけたことを。まあ、お望み通り、腕の一本くらいへし折ってやろうか」

 木刀を手の中で弄びながら、一歩、二歩とマスターの元にじりじり迫っていく。

 いくら人間離れした身体能力を持つおじさまでも、流石に手ぶらでは太刀打ちできないだろう。だが、無力な自分には見ていることしかできない。一体どうすれば。

「食らえっ!」

 美江が葛藤しているうちに、木刀による強烈な一撃がマスター目がけて落ちた……その時だった。

「横ががら空きだぞ。この、ウドの大木が!」

「ぐわあっ!」

 目にも留まらぬ速さで、怪人の脇腹に何かがめり込む。

 その正体は、武者鎧の隙間を突いた的確な飛び蹴りを放った何者か。こんな荒業をできるのは、知り得る限りでは奴しかいない。

「永山! 遅いわよ、あんた。今まで何やっ……て?」

 じたばたと悶えている怪人の近くで、汚れを払っている人物を視界にとらえるなり美江の動きが硬直する。その原因は、当のヒーローの見てくれが原因だった。

「あーあ、汚れちまったじゃねえか。よりによって、こんな子汚い場所を舞台にしなくたって。またバイト先に文句を言われちまうぜ」

 白と青の縞が入ったタキシードに、ニワトリらしきキャラクターが書かれた赤いシルクハット。オレンジのマントをなびかせて、かけているサングラスのフレームは桃色。

 どこをどう見ても、不統一な組み合わせの配色。目に悪いにも限度があると言わんばかりの格好に、思考回路が停止する。

「何それ。新手の不審者?」

「誰が不審者だ。バイトだ、バイト。ある焼き鳥屋のイメージキャラクターってのがこんな格好した奴で、ギャラがよかったもんだからそれのコスプレをして宣伝しまくってたんだよ。ま、かなり奇抜な服装だが、俺が着たら結構さまになってるだろ」

「……怪人みたい」

「それ以上言ったらぶっ飛ばすぞ」

 黒や白など、ある程度色を統一した上でタキシードをトレードマークにしたキャラクターならどこかにいた気もするが、こんなガチャガチャした色を同時に着こなすキャラクターなんてウケるわけがない。金のためならと平気で恥を捨てる永山も永山だが、これを宣伝に用いている店の美的センスも疑わなければなるまい。

「せめて着替えてくるとか、できなかったわけ。目立つでしょ、それ」

「中抜けしてきたんだから仕方ねえだろ。ここに来るまでに、三回くらい職務質問に引っかかっちまたけど。ま、あとで心が傷ついたってことで、黒沢に労災として特別手当を請求するつもりだがな」

「……」

 相変わらずの下衆さ加減に呆れているうちに、マスターが立ち上がって体勢を整える。どうやら、いきなり現れた怪しさ満点の男に警戒心を抱いているらしい。

「お主、どこかで見たような……あっ。さては、私の店の前で騒ぎ立てていた!」

「お主? いつの時代の人間だよ。てかさ、おっさんも無理すんなよ。こういうのを、年寄りの冷や水って言うんだぜ?」

「誰が年寄りだ! こう見えても貴様より……いや、そんなことはどうでもいい。何故、ここに現れた」

「何故って、そりゃあ俺がヒーローだからだ。ヒーローが怪人を退治する。常識だろ?」

「なっ……ヒ、ヒーローだと? どうりで……」

 マスターは口元をパクパクさせながら、永山を凝視する。

 この世界にヒーローというものが存在していることが受け入れ難いのか。それとも、武者鎧をも凌駕する不審人物が、ヒーローその人であると信じられないのか。

「ううう、今の衝撃は。なっ! 変質者!」

「てめえにだけは言われたくねえよ」

 やっとのことで起き上がった怪人は、先程マスターにも言われた「お前にだけは言われたくない!」というフレーズを、永山にまで口にさせた。もしかすると、自分のことを棚に上げる達人なのかもしれない。

「でも、その格好……。怪人でも、なかなかそこまでナンセンスな者は」

「白昼堂々武者鎧で練り歩いてる奴に、センスを語る資格なんてねえだろうが。どうせ見てくれに自信がねえから、全身すっぽり隠してんだろ。どうせ中身は、きったねえのが汗だくでハーハー言ってんじゃねえの?」

「な、何っ!」

 永山お得意の挑発が炸裂し、怪人は頭に血を上らせる。

 注意がそれている今がチャンスだと判断した美江は、存在感を極限まで抑えてとらわれの身となっている女性の元へ歩み寄った。

「大丈夫ですか? 今、ロープをほどきますから」

「あ。あなたは警察の」

「方から来た者です。これでよし、と」

 もたつきながらもロープをほどくと、女性は手足に残った痛々しい痣を一瞥して溜め息をつく。

「はあ。きちんと消えてくれればいいんだけど。あ、ありがとうございました。お陰で助かりました」

「いえいえ。それより、今のうちに早く」

「あなたは?」

「ええっと。私にはまだ、やらなければならないことが。ほら、早く。お気をつけて」

「わ、わかりました」

 女性は納得できない様子でありながらも、ペコッと頭を下げてから走りだした。

「あ、し、しまった! 逃げられるとはっ」

 怪人はすぐさま追いかけようとしたが、日頃から身体を鍛えている彼女をなめてかかってはいけない。気づいた時には既に、彼女の姿は遠い彼方であった。

「おっと。どこに行く気だ? てめえの相手は俺だぞ?」

 しかも、すかさず永山が目の前に立ち塞がり、行動を妨害する。

 悔しがる怪人の後方では、マスターが手からこぼれ落ちた鉄パイプを構え直していた。

「さっきは油断したが、次はそうはいかぬぞ。戦いの続きと行こうではないか」

「だから、おっさんは無理すんなって。下手すりゃぎっくり腰になるぞ」

「年寄り扱いするなと、何度言わせたら気が済むのだ!」

 敵ならばともかく、味方になってくれそうな人まで挑発してどうする。

「おー。やってる、やってる」

 しかも何か、緊迫した空気を無視したのほほんとした声まで聞こえてきた気が。おまけに、バイクのエンジン音も。

 誰が来たのかは大体察しがついたが、美江は一応目で確かめる。その先にあったのは、予想通りのお方がこちらに歩いてくる姿だった。

「何しに来たんですか、黒沢さん」

「いやあ、今回の怪人はこの辺りに滅多に現れない奴だって話だったもんだから。さっきまでインターネットに投稿された怪人の動画を消す作業に明け暮れてたんだけど、どうにか落ち着いたから見に来ちゃった。で、外道君の横にいる、鉄パイプおじさんは誰?」

「喫茶店のマスターです。何か知りませんが、異常に強い……」

「え? 強い? それってどういう……おおっ!」

 口であれこれ言うよりも、実際に見てもらった方が絶対理解しやすい。

 難しい説明を強いられる前に、勤務中は滅多に外に出ない黒沢には刺激が強いかもしれない戦いの火ぶたが、再び切られた。

「くうっ。どうせ邪魔者が、一人増えただけという話。さっさと片付けて、交渉に戻るとしよう。はっ!」

 怪人は木刀を、自分を中心として円を描くように払い、永山とマスターを退ける。

 強者二人を相手に勝利を収めようという過剰な自信が、強気の発言からこれでもかというほどにじみ出ていた。

「ちっ。ちょこまかと」

 武者鎧は苛立った口調で吐き捨てると、マスターの方に木刀を向ける。一度倒しかけた相手ならば、仕留めやすいと判断したのかもしれない。

「あくまでも一緒に戦う気かよ。邪魔だけはすんなよな」

「私は貴様と共闘する気はない。ただ、この男との戦いに決着をつけることを望んでいるだけだ。邪魔も協力もせん。それより貴様、ヒーローだと言ったな。スーツなどは着ないのか」

「あんなダサいもん、着てられっか。こんな見かけ倒し、生身のまま余裕でねじ伏せられるぜ」

「ほう、世の中にはそういうヒーローもおるのか。面白い」

「偉そうに。ま、勝手にほざいてろよ」

 全く性格の相性が合わない二人だが、動きだしたのはほぼ同時。永山は足元に狙いを定め、マスターは胸元辺りに。怪人を挟み撃ちにするかの如く、ぴったりのタイミングで攻撃を繰り出す。

「うりゃあっ!」

「はっ!」

「ぎゃああっ」

 足払いと打撃をいっぺんに食らった怪人は、鎧の重量に抗えずバランスを崩す。その隙に、マスターが前に躍り出て鉄パイプを振り上げた。

「そこだっ!」

「ぐあっ」

 みるみるうちに木刀は宙を舞い、美江と黒沢が避難している近くまで放り出された。

 ……なるほど。自身が先程受けた技を、そっくりそのままやり返したというわけか。

「くそっ。二対一とは卑怯だぞ」

「聞いていなかったのか? 我々は互いに協力し合っているわけではない。それに怪人は、人間を遥かに超越する存在。それが寄ってたかって襲ってきたところで、ねじ伏せる実力を持ち合わせていないのであれば、それは貴様の落ち度だ。私を人間に含めていいのかは、判断に迷うところだがな」

「ぐっ。自分の強さが人間離れしていると言いたいわけだな。あの変質者といい、何という日だ」

「ふん。別にそういうわけでは……」

「どけ、おっさん!」

「なっ!」

 会話の途中、ドスッという鈍い音が周囲に響き渡る。それと同じくして、目を点にして唖然とする怪人を前に、マスターは悶絶しながらぶっ倒れた。

「かっ……あああっ……」

「邪魔だって言ったろ。せっかく正面からドロップキックを決めようと思ったのに、ペチャクチャえんえんと長話しやがって」

 その背中の上に座っているのは、腕を組みながら迷惑そうに毒づく永山だった。

 なんとこの男、彼らが話し込むのにしびれを切らし、怪人の目の前に立っていたマスターの背中目がけてドロップキックをぶち込んだのだった。

「ば、馬鹿か! 横からとか、背後からとか、色々選択肢があったはずなのに、何故正面を狙った?」

「横はさっき、飛び蹴りの時にやっちまったし、背後は足払いの時に決めたからな。てことは、残るは正面だろ?」

「私が奴の目の前に立ってるのが、見えていなかったのか?」

「見えてたよ。そりゃあもう、がっつりと。でも、あんたくらい強いお方だったら、あっさり避けられると思ったんだよ。しかしまあ、こんな蹴り一発もかわせねえとは。案外反応遅いんだな」

「……わざとやったのではあるまいな?」

「そんな証拠、どこにある? このご時世、疑わしきは罰せずなんだよ」

「…………」

 確信犯だ。確信犯以外の何者でもない。

 サングラスの下にある目が爛々と輝いているのを想像するだけで、美江の背筋は凍りつきそうになる。

 しかし今は、外道ヒーローの裁判を行ってる場合ではなかった。

「永山君、まずいって。武者鎧、逃げようとしてるよ!」

「え? 黒沢さんいつの間に……あーっ!」

 黒沢の指摘通り、二人の猛者が仲違いしているうちに、怪人は足元に渦巻きを発生させ始めていた。己の身を優先し、勝負を捨てて逃げるつもりのようだ。

「痛たた……貴様、それでも男か!」

「逃げるが勝ち、という言葉を知らないのか? ううん。近隣住民への勧誘をほぼ終えてしまったがために、苦肉の策として遠路はるばる人の多いこの地を訪れたというのに、こんな目に遭うとは。次は反省して」

「てめえに次はねえよ」

「なっ!」

 渦巻きが大きくなりかけた頃、永山はマスターの手からこぼれた鉄パイプを持って怪人の元へ駆け寄る。そして腹の辺りを叩き、その身体を渦巻きから押し出した。

「余計なあがきを。だが、この程度の攻撃など」

「鎧がガードしてくれるってか? はっ。そりゃあ過信ってもんだぜ? どんなものにも、弱点てもんがあるんだよ!」

「うぐあああっ!」

 ブンッという音とともに、手の中で軽やかに一回転されたかと思うと、構え直された鉄パイプは一瞬にして武器から凶器に変貌する。

 まずは関節。次に脇。鎧に覆われていながらも、構造上防御が手薄になっている箇所を凄まじい強さで突いていく。

 そして、最後に犠牲となったのは。

「減らず口を抜かしまくった罰だ。しばらく黙ってろ!」

「ごえっ!」

 首……それものど仏の辺りに先端が直撃するなり、怪人は言葉にならない空気を漏らしながら崩れ落ちる。激痛のあまり、気絶したのかガクッとうなだれてしまった。

「口ほどにもねえ奴だったな。その鎧を染めてる赤が、てめえの血にならなかっただけありがたく思えよな。はっはっは」

 正義の味方とは思えない邪悪な高笑いをしながら、永山は満足そうに勝者の台詞を吐き捨てた。

 風に煽られてなびくマントが、怪しさと狂気をさらに助長させる。

「何なの、こいつ。どうして鎧の弱点なんて知ってるわけ?」

「あーあ。これじゃあ、どっちが怪人だかわかんないよ」

「何て恐ろしい奴だ。どっかの馬鹿どもも、似たようなものだったが……」

 カラフルな変質者は、敵ではない者達からもドン引きされ、危険因子として見なされる始末だった。

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