(4)
喫茶・プレセペで食事を摂ってから数日。KTHに足を運ぶと、しばらく振りに黒沢が忙しそうにパソコンに向かっていた。
「どうしたんですか。怪人が出没したんですか」
「うん、まあ。そんなところかな。でも、今回のは変というか……」
「変、ですか?」
そもそも、今までこの地域に出没した怪人に、変ではない者がいただろうか。
余計な感想を口走りそうになった美江であったが、すんでのところでどうにかこらえた。
「そう、変なんだよ。悪事を働いてるわけじゃなくて、不審な行動をとっているだけみたいで。今のうちに対策すべきか、上も判断に困ってるんだ」
黒沢は悩ましそうにしながら、パソコンの画面を凝視する。
近頃の怪人には、悪意を持たないケースも見られる。なので、被害が発生しそうな状況でない以上、出没したという情報だけで安易にヒーローを派遣するわけにはいかないのだった。
「不審な行動って、何ですか?」
「何でも、武者鎧みたいな格好をした奴が、通りがかる人に尋ね回ってるんだって。身体を鍛えることに、興味はないかって」
「は?」
身体を鍛えることに興味? まるで、スポーツジムへの勧誘文句みたいではないか。そんなことを、地域の平和を乱すとされる怪人が行っているとは。
「微妙でしょ? 悪事と呼ぶには」
「た、確かに。武者鎧を着た人に、そんなことを聞かれたら恐いとは思うでしょうけど」
「そこなんだよね。やっぱり不快に思った人も多いみたいで、近隣の住民からは不審者が出たって通報が来てるって話なんだよね。だからって、勧誘行為だけで外道君を使うのも。あと」
「?」
黒沢はイスに深くもたれかかりながら、額を手で押さえる。そして天井を見据えながら、「うーん」と声を漏らした。
「わからないんだよね、その武者鎧がどこの怪人なのか。ナーゾノ星人の特徴である、額の角も確認できなかったらしいし。地球外の星から来たわけじゃないのかもしれない。困ったなあ。ここの方針では、怪人の命は奪わないようにしてるからなあ」
「へ?」
ここの方針ということは、それは本部から決められた、絶対的な条件ではなかったのか。つまり、地域によっては怪人の命を。しかも、怪人の出所が不明の場合は問答無用で……。
初めて聞く情報に、美江は脳裏に生々しい光景を浮かべてしまい反射的に身震いをする。
それをフォローするように、黒沢が慌てて追加説明をした。
「あ、誤解しないでね。昔は結構アレだったけど、今は意地でも元いた場所に返す方が主流だから。あのね、一部。いまだに野蛮な手法をとっているのは、ごくごく一部だから。今回だって、退治したらすぐ本部に送りつけるからね。そうしたらきっと、本部が死ぬ気で何とかしてくれるはずだから」
「信じていいんですか?」
「大丈夫だって。ほら、この顔が嘘を言っているように見えるかい?」
「……」
黒沢は瞳をキラキラさせながら、美江のことを真っ直ぐ見据える。
彼は誠意を持って行っているつもりなのだろうが、それがかえって胡散臭い。
「はい、信じたね。信じてくれたね。じゃ、この件については終了。で、今日は花咲君に頼みたいことがあるんだ。監視役とは違う任務になるから、もちろん特別給を出すよ」
「はあ」
強引に場の空気を掌握するなり、黒沢は用件をこれでもかと言わんばかりにドカッと詰め込む。
美江が呆然としているうちに、ハイペースで話は進んだ。
「花咲君には、これから怪人の出没情報があった場所に赴いてもらって、情報収集をしてもらいたい。もし本部が掴めていないような被害の情報があったら、外道君を呼びつける。もし何も出なかったら、もう少し様子を見る。本部も忙しいからね、支部でも自主的に動かないと大変なんだ」
だからといって、本来はヒーローの監視役である自分に面倒な任務を押しつけなくても。確かに怪人が現れるまでは、高給に見合わないほど暇だったが。
「いつも思ってることなんですけど、永山に頼むわけにはいかないんですか?」
「彼にやらせようとしたら、一体何を言われるやら。今日だって、バイトが入ってるって言って姿を現さないし。無理矢理呼びつけたりなんてしたら……ううっ。考えただけで胃が」
どこぞの外道のせいですっかり胃を病んでしまっている黒沢は、冷や汗を垂らしながら苦しそうに悶える。
言い方は悪いが、これは彼のお家芸。人に厄介なことを押しつけようとする時は、いつも胃痛アピールをしてくるのだ。
「ええっと……」
しかも悔しいことに、これをやれば断られないとすっかり見透かされている。だってこの胃の痛み自体は、決して嘘ではないのだから。それなのに、悲痛の訴えを無下にするような真似を、どうしてできるというのだろうか。
「わ、わかりました。あいつが地域の平和のために動くとは思えませんし。今まで暇だった分、頑張らせていただきます」
「いいの? いやあ、花咲君ならそう言ってくれると思ったよ。じゃ、お願いね!」
「…………」
そして、こうなることもしっかり目に見えていた。こちらが話を飲むなり、すっかり元気になることも。
いいんだ、もう。これが自分の役割みたいなものだから。そもそも、派遣切りにあって路頭に迷っていたところを運よく拾ってもらったのだから、贅沢なんて言っていられない。
「花咲君、頼んだよ! この地域の平和は、君の手にかかっていると言っても過言じゃないからね。定期的に情報送るから!」
「……はい」
美江は露骨な作り笑いをしながら、純粋な笑顔に見送られつつ外に向かった。