(1)
本作は、拙作『ヒーロー劣伝』と『ご当地戦隊トロワーファイブ』のコラボ的な作品となっております。後者は微妙ですが、前者を未読の方はあまりお楽しみいただけないかもしれませんが、予めご了承下さい。
ヒーローとは、弱きを助け悪をくじく正義の象徴。
その受け持った使命ゆえに、孤独な戦いを強いられることもあるが、時には改心した怪人と共闘し、巨悪に立ち向かうという熱い展開を迎えることがあったりする。
しかし、全てのヒーローがそうである保証はどこにもない。
「黒沢さん。これだけ頑張ってるんですから、そろそろ給料を上げて下さいよ」
「駄目だよ。その直談判、今月で何度目だい?」
本来ならば、ゆったりとした時間が流れるべき昼時。怪人対策本部……通称KTH支部の基地に、とてもヒーローと上官がするとは思えないような会話がこだましていた。
「……またやってる」
そんな場違いな話を、花咲美江はさも当たり前といった様子で、丸イスに腰掛けながら聞き流していた。
「あーあ、近頃暇だからって、こんな調子でいいのかしら」
自分はヒーローを監視する役目を担っているだけなので、とやかく口出しする気はないが、果たしてこれが悪の怪人を倒すべく存在している組織の在り方として正しいのだろうか。
心の中で軽く毒づいてみたものの、デスク付近で繰り広げられる男二人の不毛な言い争いは全く収まる気配はない。
かつてこの地域は、ナーゾノ星人という怪人に目をつけられ、事あるごとに被害を受けていた。それを解決するために、KTHでは奴らが出没するたびにヒーローが赴いて退治しては星に送り返すという日々を過ごしていたのだ。
その頃は比較的忙しかったのだが、その星の皇帝がある命令を下すのをやめた途端、めっきり姿を現さなくなったのである。
ごくまれに、ナーゾノ星人のはぐれ者やその他の星から来た輩がひと暴れすることはあったが、出勤回数は激減。まあ、KTHが暇であるほど外は平和ということなので問題はないのだが。
「いいかい、永山君。今月はまだ、一度しか君は出動していないんだよ? それなのに、何をどう頑張ったっていうんだい?」
上下茶色のスーツに身を包んだ、外見上は三十代半ばでありながら年齢不詳を貫く黒沢は、その知的な顔立ちを曇らせながら呆れ気味に弁論する。
耳にしただけで困り果てていると察することが容易な口調と、どこか気の毒なオーラがにじみ出ているせいか、KTHの支部を任されたお偉いさんには到底見えやしない。
「いいですか。頑張りというものは、回数だけで判断できるものではありません。俺は日夜この地域のために、命を張って戦っているのですよ? しかも同僚が都合で転勤したばかりに、たった一人で。それを一度しか出動していないという理由のために、直談判をこうも易々と退けようとするとは。ヒーローとは、とんだブラック企業に酷使される哀れな存在なのですね」
そんな彼に、癖のある声で嫌味ったらしく屁理屈を垂れるのは永山努。身長一八〇前後のスラリとした体格を持ち、襟首まで伸びた髪を黒いゴムで束ね、少しくたびれ始めた赤ジャージを着込んだ、流行を掴む気ゼロの出で立ち。しかしながら、鋭い三白眼が特徴的な精悍な顔立ちをしており、人によってはイケメンの部類に入る。
この男こそが、この地域を守るヒーロー。性悪で、極度の毒舌家で、金の亡者だが、これでもれっきとしたヒーローなのだ。
「あのねえ、KTHは企業じゃないから。半分公務員のような、そうでないような。彼が転勤したのだって、地方の人員が不足しちゃったからだし……。とにかく、国にも存在を秘密裏に認められている、世界平和のための組織なの。断じてブラック企業なんかじゃないの」
「しかし、そのような国にも認められる組織が、ヒーローのケアを怠るようでいいんですかねえ。こんなんだから才能溢れる方々にそっぽを向かれ、慢性的な人材不足になるのでは? もし仮に、俺に逃げられたらどうするつもりなんですか? 代わりの人材を、早急に本部から送っていただくことは可能なのでしょうか?」
「うう……」
痛いところをつかれた黒沢は、ギリギリと歯ぎしりをしながら胃の辺りを手で押さえる。
攻撃的かつ皮肉なお言葉ではあるが、永山の言うことにも一理ある。
怪人が出没する回数は、さほど多いとは言えない。だが、現れたら最後、確実に特撮ドラマでやっているような戦闘をするはめになり、身体を張らざるを得なくなることもしばしば。そんな危険な仕事なだけに、一応高給となってはいるが、それでも希望者は非常に少ないのである。
だからといって、足元を見て度々給料の値上げ交渉を行う永山は外道中の外道としか言いようがないが。
「もし人材だけでなく、財政までひっ迫しているなら、いっそヒーローや怪人の存在を公にしてグッズとかを作ってみてはいかがですか。そうすれば、正義の味方が大好きなお子様方が大いに食いついたりするのでは。どうです? なかなかいいアイデアじゃないですか」
好き放題に語りまくるヒーローであるが、それが実現することはまずありえないのでは。
美江は口にこそ出さなかったが、密かに首をかしげた。
怪人とは、ここでは遠い星などからやってきて、地域の平和を乱す人ならざる者達のことを指す。しかしそれらの見てくれは、大体はゆるキャラの着ぐるみのようなのだったり、コスプレ好きの変人としか思えない方だったりするのである。
KTHはそれを利用し、それらに遭遇した人々がパニックに陥らないようにと怪人の存在をひた隠しにしている。それをわざわざ公にして、グッズ展開しようだなんて……。
「それができたら苦労しないよ。だってそれ、ある他の地域でやって大失敗したみたいだからね」
「へえ、そうなんですか……って、ええっ⁉」
実際に、グッズ展開したことあるんかい!
今までその件に関する一言を発していなかった美江であったが、この時ばかりは流石に声を荒らげてしまった。
「あ、花咲君。聞いてたのかい?」
「この距離だったら、嫌でも聞こえますよ。え、でも本当ですか? 怪人とかヒーローとかも、全部公にしてた地域があったってことですか?」
「うん、まあ。そうだね。ここから遠い地方の話だから、僕はそんなに詳しくないんだけどね」
黒沢はそう言うと、物憂げな表情をしながら軽く息をつく。そして、複雑そうにしながら、ぼやくようにして知りうる限りのことを口にした。
「今から二、三年前だったかなあ。ダーク何とかっていう悪の組織が、ある地域を支配しようとしたらしいんだよね。ナーゾノ星人とは違う、本当の怪人っぽい感じの奴らだったみたいだけど。でね、とにかく怪人が、バカスカ出現して大変だったんだって」
「はあ、そうなんですか」
「うん。で、あんまりにも怪人が出るから、そこのKTH支部はもう怪人の存在を隠しきれないって思ったらしくて、隠せないんだったらもう、いっそバラしちゃえってなったらしいんだよね」
「バラしちゃえって、そんな……」
確かに大変だったのかもしれないが、とんだやけっぱちである。それで地域住民が恐怖におののくことになったら、一体どうするつもりなのか。
「なら、セットでヒーローの存在も公にして、給料とかの資金源に当てるために、ヒーローグッズとかも作っちゃえ! みたいな感じになっちゃって。でも、ここで事件が起きちゃったんだよね」
「やっぱり、地域の人達が混乱したんですか?」
「いや。そこの住民が特殊だったのかもしれないけど、ヒーローだの怪人だのが現れてもあんまり気にしてなかったらしいんだよね。むしろ、怪人に対する危機感が薄まるくらい交流を深めていたというか。問題だったのは、ヒーローの方。そこのヒーローは戦隊だったんだけど、そのメンバーがそろいもそろってポンコツばかりで、地域住民からとことん嫌われまくったんだよ」
「は?」
ヒーローがポンコツ? でもって、住民から嫌われまくるとな? 何をどうすれば、そういった状況に陥るというのか……。
「花咲。誰がポンコツだって?」
「い、言ってないわよ、そんなこと」
ついつい永山に向いてしまっていた視線を、美江は強引に黒沢の方に戻す。
三白眼から放たれる眼光をどうにか無視しながら、コホンと咳払いをした。
「で、どうなったんですか? その嫌われ者のヒーロー達は」
「うーん。それが、あまりにも住民の反発と上からのお叱りの声が凄過ぎて、解散しちゃったらしいんだよね。そのメンバーだった人達は、KTHをクビになったんだってさ。本当、人材選びは大事だなあって」
「ええっ!」
解散⁉ 人材不足なのにヒーローをやめさせられるとか、そういうことってあるの⁉
仰天して口をあんぐりと開ける美江に対し、現役のヒーローである永山は不愉快そうに顔をしかめている。後ろ手に縛った髪をいじりながら、黒沢に苦情を漏らし始めた。
「それはもしかして、俺に対する脅しでしょうか?」
「脅し? いやいや、とんでもない。これはあくまでも、実話を忠実に語ったってだけのことだよ。決してあまりにも素行が悪いヒーローは、どんなに人材不足で苦しい状況であっても切られちゃうことがあるんだよー。的な教訓を込めたわけじゃないから」
「ほほう、そうですか。しかし、地域が頻繁に怪人に襲われているにも関わらず、ヒーローをクビにしてしまうとは。念のために聞いておきますが、その地域は今では、ダーク何とかとやらの支配下になってしまったというオチではないでしょうね?」
「残念ながら、そういうことはないよ。今でもその地域は、無事に人間達が自治しております。詳しいことは知らないけど、戦隊の解散と同時に、悪の怪人はぱったりと出没しなくなったらしいよ。そこのKTH支部の奴らがどうしても真相を話したがらないもので、真相はわからない。噂によると、ヒーローが最後に頑張ったんじゃないかって話なんだけど、あそこのヒーローがそんなことをするとは思えないんだよなあ」
黒沢は一応、そのポンコツヒーローがどんな者達だったのかを薄々ながら知ってはいるのだろう。だが、この様子を見た限りでは、あまり口にしたくないようである。
住民からも愛想を尽かされ嫌われる、戦隊ヒーロー。ある意味では、どんなにひどい奴らだったのかと微妙に関心をそそられる。
「へえ。ここで働き始めて数年になりますが、そんな話は初めて聞きましたね。もしかして、黒沢さんが俺を戒めるために即興で考えた作り話なのでは?」
「そんなわけないだろう! こんな馬鹿げた話をアドリブで作れるんだったら、もっと他の道を目指してるよ。僕はそんなに、発想力豊かじゃないからね」
「ほほう。その程度の話を考えられるだけで、黒沢さんは作家か何かになれるとお思いで? 無理ですよ、そんなの。世間はそのような、乏しい発想力で捻り出されるようなちゃっちい話なんて求めてませんから。真実は小説よりも奇なりなどと言いますが、黒沢さんの化石のように凝り固まった年代物の頭脳では、現在人のニーズになんて応えられませんよ」
「またそうやって人を年寄り扱いして……。あと、これはガチで実話だからね。中にはダーク何とかにも改心した怪人がいて、今では人間社会に溶け込んでるとか」
ナーゾノ星人にも、地球人に敵意を持たず積極的に共存を望み、人間と同じ職場で働いている者もいる。 ダーク何とかの怪人達がどんな方々だったのかは不明だが、そういった話があっても不自然ではない。
「とにかく、そういう前例があることからヒーローと怪人の存在は完全にひた隠しにする方針で固まったってわけ。昔だったら、そんなに情報網が発達してなかったから、多少バレたりしても大丈夫だったんだけどね」
「昔? 平安時代辺りですか?」
「知るか! もしかしたらいたかもしれないけど、僕はそんな時代から生きてるわけじゃないから」
「ああ、失礼しました。では、鎌倉時代ですね」
「平安も鎌倉も、五十歩百歩じゃないかあーっ!」
この罵倒合戦は、いつ終わりを告げてくれるのだろう。何だか、まだまだ続きそうな予感がする。
ほとほと呆れてしまった美江は、小柄な身体をさらに縮ませ、永山の猛毒と黒沢の悲痛な叫びが響き渡る空間をコソコソと移動する。
「ま、大丈夫よね。しばらく怪人、出てこなさそうだし。お昼でも食べてこよっと」
自身にそう言い聞かせながら、二人に気づかれないようKTHをあとにした。