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少女院  作者: きい
1/3

-10℃

氷点下10℃。

それが、今日の温度だ。

東京のど真ん中で俺は時計の横に併設されるようになった温度計を眺める。


俺の先祖が暮らしていた間氷期は終わりを告げ、地球は氷河期に入った。

南極や北極からだんだん伸びてきた氷河は多くの船の行き来を阻害し、ブリザードと呼ばれる冷たい嵐によって飛行機の運行にも大きなリスクが生まれる様になり、必然的に島国日本は鎖国状態に追い込まれる事になったのだ。


東京の一角。

ここはまだなんとか人の息吹が感じられるが、これが地方の方になると村が1つ滅んでいるなんてざらだ。

戸籍なんて飾りになって、都心から少し離れればスラムがあり、地下へ逃げる人類も出てきた。


まるで世紀末、とニヒルにほくそ笑む。

「日本の中心がこのザマだ」


だけど、俺にはこの日本をどうこうしようなんて大それたお題目等無い。

なるべくしてなった事を、終わった後にどうこう言っても仕方が無い。


「俺が幸せに生きる世界を-」

俺の周りだけでいいのだ。


誰も死ななくていい。

昨日と明日はイコールで、自分より他人を思う余裕があるように。

そんな小さく抽象的で、だからこそ妥協できない未来を信じて。


俺はここに一人立っている。



「男性の方ですか?」


人の気配ばかりで、姿を見せないのだと思っていたが、そういう訳では無いらしい。

マスクの上から、少し乾いた声が風に掻き消えそうに、でも確かに俺の耳まで届いた。


身長は俺の胸くらいか。

女性の平均的な身長で、細かな体格はコートに隠れてよく分からない。


「珍しいか?」


ここ数千年で女性は強くなった。

思春期には既に成人男性よりも力がある。


それは、体を鍛えればどうこうなる話では無く、根本的に体の作りに違いが出てしまったのだ。


その上、男女比率もかなり女性にダイナリーが傾いている。


子育ても女がやる。

そもそも、男女比率が10:1を通り過ぎた時点で婚姻制度など破綻している。

子作りの為に男性は必要だが、それ以外は完全に女性によって廻っている世界。

子を生むという形に限定して考えれば、非常に効率的な種族になったのだ。


「俺を襲うのですか?」


それは当然の問いだ。

女性にとって、この珍しい"男"という生き物は種族を残すのに必須なのだ。

その上、自分よりも確実に弱い生き物なのである。


搾取されるのは当然で、また男の出生率が下がったのも、成人までの生存率が低いのも仕方の無い事だった。


「そんな事はしませんよ。田舎とは違ってここにはルールがあります」


深く降りたフードとマスクで、表情は読み取れない。

少し上を向き、こちらを見るような仕草を取る。

「あなたは、公社で働く方ですよね」


「どうしてそうだと?」


「バッジがあります。私達はバッジを攻撃しません。友好関係を結ぶべく声を掛けさせて頂きました」


そう。

政府機関に所属する人間にはバッジが与えられる。

このバッジを付けている人間を攻撃した場合、恐ろしい目に合うのだ。


「そうでしたか。バッジなんてお守り程度だと思っていましたよ」

「確かに無視する方もいらっしゃいます。声をお掛けしたのが私で運が良かったですね。宜しければ政府窓口へご案内して差し上げましょうか?」


確かに、と懐へ手を伸ばす。


「今まで直接襲われた事8回。そして、今回のように言葉巧みに街頭モニターの外へ誘われた事3回」


懐から銃を抜く。

なるほど、こんな古臭い兵器を後生大事に持ち歩いているなんて笑い話にしかならないかもしれない。

しかし、これで何度も死地を切り抜けてきたのだ。


静かに、銃を小さなフードへ向ける。

「どうしてフードを被ってらっしゃるのですか?マスクまでして、街頭カメラを意識したスラム流ファッションでしょうか?」


小さな人影が沈黙する。


「こんな終わった世界で、人が無償で親切など働く訳がありません。私の様な田舎者でも分かりますよ。ここは下がりなさい」


途端、小さな影は消えた。

否、気付いた時には体の前に。


冷たい風の音で、フードの声は遠い。


そもそも声なんて発していないのかもしれない。


街頭カメラが付いた支柱の上には、仲間と思われる別のフードが立っていた。

恐らくもう破壊されているだろう。


彼女達は、街頭カメラに映る訳にはいかないのだ。


一秒も経たない間に、拳銃は彼女の手に渡っていた。

これが、女との圧倒的力の差。


生きている世界、見ている物、感じている事。

全てが違うのだ。


男と女は離れすぎてしまった。


フードとマスクの隙間に、愛らしい目が見える。

ああ、まだ彼女は十代なのか、と嘆息する。


その目が銃口と重なり、こちらへと照準を合わせる。


「服を脱いで、食料と金を出せ」

「こんな寒いのに……せめてホテルへ優しくエスコートしてくれないのかい?」


「そんな金は無い。命だけは助けてやるから言う事を聞け」


周りを見渡すが、街頭カメラを破壊した奴以外は居ないらしい。

それを確認すると、静かに胸元のバッジへ手を伸ばす。


が、その手がバッジへ届く前に、乾いた銃声が響いた。


静かに雪の上に倒れた。


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