不思議な味のかき氷
これは二次創作作品です。苦手な方はバックされることを推奨します。
霧の湖の程近く、深く暗い洞窟の中で、チルノちゃんは一人佇んでいた。季節は冬。チルノちゃんが最も得意とする季節であり、盛んにいたずらをしている時期である。
しかし今年のチルノちゃんは違っていた。真冬でいたずらのやりがいがある展開にも関わらず、それを無視。視界にすら留めていない。それは毎年チルノちゃんを見てきた私から見れば、とても異常な事だった。
どうしたのだろうと、私はチルノちゃんの後を追うことにした。チルノちゃんもそれに気付いているようだったので、私は並んで歩くことにした。雪が深々と降る、昼過ぎの事。
「どうしたの、チルノちゃん。何だか顔が怖いよ」
その言葉にチルノちゃんは少しだけにっと笑って見せると、また前を向いて歩き出してしまった。そして着いたのが、この洞窟である。
「大ちゃん」
「何、チルノちゃん」
「去年の夏、寒かったよね。だからあたい、夏のこと全部覚えてるんだ。幻想郷に来てから夏のことは覚えてなかったんだけど、この洞窟の中で初めて、夏を過ごした」
チルノちゃんは冷気を操る妖精。だから必然的に寒いという条件がつかない限り、チルノちゃんは存在出来ない。だから夏は涼しい所に行くらしいけど、この幻想郷が出来てから、外には行けなくなってしまった。だから雪女は夏眠するし、チルノちゃんは存在こそあるものの、力は失ってしまう。その関係か記憶も無くなるらしく、毎年新しいチルノちゃんとして私は付き合ってきた。
その中で、冷夏となった年の冬は稀にチルノちゃんの記憶が残る年がある。今年はどうやら、その年のようであった。
「その時思ったの。暑いのは辛いことだって。溶けてしまうそうなくらい暑いのに、我慢することは辛いことだって」
チルノちゃんの目に、涙の結晶が浮かぶ。
「……カエルはさ、あたいとは逆で冬にいなくなって夏に元気になるじゃない。だったらそのカエルを凍らせることは、あたいが暑い中にいることと同じなんじゃないかなって思ったの」
「……うん、そうだね」
「それでね、私カエルの神様に謝りに行こうと思うんだ。だからね、大ちゃん」
チルノちゃんはそこまで言うと、私に耳打ちをした。私はその案にとてもびっくりしたけど、それでもチルノちゃんの真剣な顔を見て、手伝うことを決めた。
私が頷くと、チルノちゃんは満足そうに笑って、そして、変わっていった。
私は涙が出て仕方なかったけど、それでも涙を拭いて、洞窟を出た。
季節は過ぎて、夏になった。蝉がうるさいまでに鳴き、じりじりと焼き付ける太陽が私の体力を容赦なく奪う。しかし休むわけにもいかない。何せ時間がないのだから。
「そこの妖精、止まりなさい」
突如、木の陰から長い剣が出てきて、私の喉元に当てられる。その剣の持ち主は白銀の髪をした天狗だった。
「通して下さい。どうしても、山の上の神社に行かないといけないんです」
「しかし何者と言えど、ここを易々と通す訳にはいかない。そもそもその筵の中身は何なんだ」
天狗は筵をはぐろうとしたが私は両手でそれを止める。
「開けないで下さい。この中には……大事なものが入っているんです」
「まぁ開けずとも、私には何か解るが。そんなものを、一体どうしようと言うんだ?」
「これを山の上の神社に住む神様にお供えに行くんです。お願いです、通して下さい。時間がないんです!」
天狗は考えていたようだが、少ししてからすぐに溜息を吐いた。
「きっと、事情でもあるんだろう。仕方ない、ここを通してやる。というより、私は何も見ていない。さっさと消えろ」
剣をしまった天狗は、すたすたとどこかへ行ってしまった。それに一礼すると、私は再び荷台を引く。山道は険しく荷台を押すのは相当の重労働だったが、これもチルノちゃんの為。早くしなければ……。
「やれやれ、氷の妖精の美徳なんて、記事にもならない」
今度は黒髪の天狗が、何か写真を撮りながら近付いてきた。それに反応する元気もなく、私は歩き続ける。
「あややや、無視ですか。まぁ良いでしょう。それより門番はどうしているんですかね。こんな所まで侵入を許してしまって」
カコンと、高下駄が石にぶつかる音がする。目の前の大石にたった天狗は、ニヤニヤとした顔で私を見ていた。
「どうするんですか? 私がいる以上、ここから先には通しませんよ?」
その態度がいけすかず、私は天狗を睨み付ける。
「おお怖い。……そうですねぇ、その筵の中身を私にくれれば、ここを通してあげますが、どうしますか?」
「何故そんな意地悪をするんです?」
いきなり、木の陰から声がしたかと思うと、緑の髪をした巫女が現れた。顔は優しい笑みを浮かべているが、どこか怒っているような感じがする。
「さ、早苗さん。嫌だなぁ。私はただ怪しい荷物を持った妖精がふらふら歩いているから、その中身を確認しようとしていただけで」
へらへらとした態度に一変した天狗を無視して、巫女は私に向かって歩いてきた。
「妖精さん、これはどこに運ぼうとしていたんです?」
「や、山の上の神社に」
「聞いたでしょう。これは私達の神社への奉納品です。天狗さんはお引き取り下さい」
「あややや。これはこれは。じゃあ私はこの辺りで失礼しますね」
ばたばたと言う音を立てて、天狗はどこかへ去って行った。
「さて、じゃあこれを神社に運んでしまいましょうか」
「はい。ありがとうございます」
初めと比べれば半分となってしまった筵の中身を気にしながら、私達は神社へと急いだ。
「やっぱりかき氷は美味しいねぇ」
目玉が付いた帽子を被った神様は、美味しそうにかき氷を食べていた。その横で巫女さんも紫色の神をした神様も、氷を頬張っている。私にも配られてはいたものの、どうしても食べる気にはならず、それは器の中で殆どが水となっていた。触れている手が、染みる程冷たい。
「妖精さん、今日はありがとうね。お陰であの氷の妖精の心、しっかりと受け取ったよ。来年もきっと色んな悪さをするだろうけど、少しは見逃してあげようかね」
じりじりと照りつける太陽は筵の中身を溶かしきったが、その気持ちはしっかりと伝わったようだ。私はチルノちゃんに感謝しながら、一口だけ、残っていたかき氷を口に含んだ。
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