ある日のヘアピンの話
時間軸が定まっていない話です。
取り敢えず、下駄箱の後でヘアゴムの前辺りかなぁと。
最近、伸びてきた前髪をヘアピンで後ろに留めている。
視界がクリアになって良いのだが、たまに付けている事を忘れて寝転がりヘアピンが頭の刺さって悶絶する事があり危険だ。
ある日の事、寝る前にヘアピンを外そうとしたら手が滑った。
頭の後ろ手に持っていたヘアピンが何処かに消えてしまった。
周りを見るが、転がっていない。
近くのソファーの上にも乗っていない。
ソファーの下にも転がっていない。
着ていたちゃんちゃんこのポケットにも入っていない。
髪の毛にまだ付いているかと思ったが付いていないし、家族に見てもらったが服にも髪にも付いていない。
ちゃんちゃんこを脱いで逆さまにして何度も振ってみるが出てこない。
愛猫のイタズラかと思ったが、ハウスや猫のお気に入りの場所にも無かった。
一体、私のヘアピンは何処に消えてしまったんだろう?
とりあえず、眠いので家族に見つけたら拾っておいてくれと言い、その日は寝た。
翌朝
朝は寒いから布団から出たらすぐに枕元に置いておいたちゃんちゃんこを着た。
トイレに行くのに部屋から出たが手が寒く、ちゃんちゃんこのポケットに手を突っ込んだ。
?
手に何か当たった。
それを手に取るとそれは昨日どれだけ探しても見つからなかったヘアピンだった。
こんな所にあったのか。
驚いたが見つかって良かった。
そう思いながら挟まっていた長い黒髪を取り捨て、前髪をヘアピンで留めた時にふと気付いた。
ヘアピンはポケットから出てきた。
それは何故?
私は昨日ヘアピンがなくなってから真っ先にポケットを探った。
だがポケットにはヘアピンは入っていなかった。
更に、ちゃんちゃんこを私は逆さまにして何度も振っている。
ポケットに入っていたのならば、重力と言う名の法則に従ってヘアピンは床に落ちるはずだ。
だが、昨日はヘアピンは出てこなかった。
だが、今日はポケットからヘアピンが出てきた。
あるはずの無い所からヘアピンは出てきたのだ。
それは何故?
「なるほどねぇ、あるはずの無い所から現れたヘアピンかぁ」
私は友人に昨晩あった不思議な出来事を話した。
例によって、退屈を持て余し、前回の下駄箱での出来事のように今回も時間を潰す事が出来るかと思ったからだ。
「最初からポケットに入っていたんじゃないのか?」
眠たげな目をして友人は投げやりに答えた。
だから、ポケットは何度も探したし、ちゃんちゃんこも逆さまにして何度も振っているんだってば!
「それじゃあ、家族が君が寝た後にヘアピンを見つけて、ちゃんちゃんこのポケットに入れておいた」
そう思って聞いたけれど、みんな知らないってさ。
「イタズラのつもりでポケットに入れて知らないふりしているだけかもよ」
でも、何のために?
それにみんな同じような時間に寝たからヘアピンを私のちゃんちゃんこに入れるチャンスはそうそう無かったはずだよ。
「君が寝静まるのを待って入れたのかも知れないよ」
ついに、うっつらうっつらしはじめた友人。
眠いの?
「ああ、昨日徹夜したからとてつもなく眠い。分かっているならしばらく寝させてくれないか」
そう言うとこちらの返事も聞かず彼は机に伏せて寝てしまった。
ねぇ。
「…………」
ねぇ、てば。
「…………」
君、ねぇ、てば。
「…………」
話しかけても全く反応をしてくれない。
仕方がなく、友人を起こすことを諦めて自分の席に戻ることにした。
残念な事に昼休みはまだまだある。
友人も寝てしまったし図書館にでも行って本でも借りようか……。
あぁ、そうだ、図書館の本はもうあらかた読み尽くしてしまったんだっけか。
んー、じゃあ、女子と楽しくおしゃべり。
それも良いけど今はもっと他の事をしたい気分。
なら、何をしよう。
体育館でバスケでもしようか。
でも、うちのクラスの女子はあんまりそう言うノリ良くないしなぁ。
かといって男子は入れてくれそうに無いしなぁ。
つまんないなぁ。
思考はぐるぐると巡り、またヘアピンへと戻る。
そう言えばあのヘアピン、何か長い黒髪が挟まってたなぁ。
うちにはあんな長い黒髪の持ち主何て居ないのにな。
私だってショートだしね。
……ん?
何で髪が挟まってたんだ?
誰がカツラか何かで使ったのか?
いや、でもカツラ使う人なんて家には居ないしな……まさか、幽霊?
いやいや、まっさか〜。
幽霊がヘアピン使わないでしょ。
変な結論にたどり着きそうな頭を振り、思考を反らそうとするが、一度幽霊かと思ってしまえば何だかそれ以外はあり得ない気がしてくるから不思議だ。
昨日の突如消えたヘアピンの事も相手が幽霊ならありえる。
……え?マジで?
そっと前髪を留めているヘアピンを右手で触る。
と、そこにはヘアピンではなく冷たい手が乗っていた。
背中を冷や汗が垂れる。
え、幽霊?そんな、まさか、ねぇ?
不思議だ。
暖房ががんがんかかっているのに体が震える。
かなり後ろを振り返るのが怖い。
そして、手を触っている右手をそのままにするのも怖い。
かといって離すのも怖い。
そろそろと手を這わしていくと手首もあった。
意を決して手首を掴んで後ろを振り返ると……。
「!!!」
友人が手をこちらに伸ばして驚いた顔をしていた。
……一応、聞いておこうか。
何をしているの?
「いやあ、あはははは。驚かそうと思って」
手を引っ込めながら誤魔化すように笑っている友人。
……寝るんじゃなかったの?
「いつの話をしているんだい?もう、放課後だ。十分寝た」
……え?
時計を見ると3時55分。
よほど集中して考え事をしていたようだ。
愕然とした。
「ところで、いつまで頭に手を当てているんだい?疲れないか?」
それならいつまで私の頭に手を乗せているのかを聞きたいね。
「?寝ぼけている?僕は手なんか乗せていないよ」
え?
見ると確かに彼の手は彼の体の横にぶら下がっている。
だが、私の右手の中には確かに何かを掴んでいる感覚がある。
……ちょっと良い?
私の右手、今何か掴んでいる?
「いや何も。ただ、指先が丸まってまるで何かを掴んでいるようだけど」
ぐにゃり
手の中の物が動いた。
それはまるで、軟体動物の様な人間ではあり得ない動きだった。
「大丈夫かい?何か顔が真っ青だけど……」
だいじょばない。
何か、意識が遠くなってきた……。
「ええ……サトウ!?……大丈夫か!?し…かりし…!?」
彼の声も遠ざかっていく。
あーあ、目が覚めた時には手には何も無いと良いなぁ……。
「起きなさ―い。朝だよ」
おばあちゃんの声で目が覚めた。
朝は寒いから布団から出たらすぐに枕元に置いておいたちゃんちゃんこを着た。
トイレに行くのに部屋から出たが手が寒く、ちゃんちゃんこのポケットに手を突っ込んだ。
?
手に何か当たった。
それを手に取るとそれは昨日どれだけ探しても見つからなかったヘアピンだった。
こんな所にあったのか。
驚いたが見つかって良かった。
そう思いながら挟まっていた長い黒髪を取り捨て、前髪をヘアピンで留めた時にふと気付いた。
ヘアピンはポケットから出てきた。
それは何故?