6
海を渡るには船しかない。
泳ぐことが出来るのは、青八だけだった。
山で暮らしていた栗次郎とごん、つんは海に来るのは初めてなのだ。
「船があればにゃあ」
ごんがきょろきょろと左右に目をやった。ずっと続く海岸には、波が立つ他に何もない。
「船! 船? ……船じゃ!」
栗次郎は何かひらめいた様子で、山へと足を向けた。
ごんとつんは、またか、という感じで、栗次郎を見守るしかなかった。
「何があったんでやんす?」
状況が飲み込めない青八は、ごんに尋ねた。
「ああ、多分船を作るんだにゃあ」
ものづくりは栗次郎の特技であった。山では自分の遊び道具を作り、この旅の道中では、移動用の箱を作った。そして今度は船、なのだが、
「栗次郎やい、船なんて知ってるのかにゃ?」
ごんは、一人つぶやいた。山で生活していた栗次郎が、船のことを知っているとは思えなかった。
しかし、あえて聞かない。栗次郎には栗次郎なりの考えがあるのだ。栗次郎の才能を、ごんが一番よくわかっていた。どんなものができるのか、楽しみだった。
それから各自、気ままに過ごした。ごんは少しでも水に慣れておこうと、波打ち際に寄ったり避けたりをくり返した。つんと青八は、疲れたとばかりに眠っていた。
そして、
「できたわいっ!」
栗次郎は作ったものを、ずるずると引きずって持ってきた。
「おおっ!」
待っていたごんから、歓声が上がる。
その声につんも青八も目が覚めた。
栗次郎が作ったのは、立派な筏だった。ちょうど栗次郎たち四人が乗れる大きさで、しっかりとした二本の櫂まであった。
「これで海を渡れるでやんすか!?」
青八は興奮気味で、目をきらきらさせていた。
「そうじゃ!」
栗次郎は胸を張って答えた。ごんが筏に近づき、その頑丈さを調べるように触りながら、
「筏なんてよく作れたにゃあ?」
先程の疑問をぶつけてみた。栗次郎は得意げに答える。
「山で雨の日に水溜りが出来たじゃろう? その水の上に小枝が浮かんでいたのを見たのじゃ。それを思い出してのう。海という大きな水溜りでも、木が浮くのではないかと思ったのじゃ。人が乗れるかは知らんがのう」
そう言って栗次郎は、筏を海へと運ぶ。
浮かぶのか、浮かばないのか。
緊張の瞬間。
波に打たれながら、さらに運ぶ。
「浮いた!」
四人全員が言った。思わず口にした。栗次郎が手を離しても、沈まない筏。栗次郎は思い切って体重をかけて、乗ってみる。
「すごいっ! すごいでやんす!」
栗次郎は四つん這いになりながらも、ぐらぐら揺れる筏に乗っていた。
「お、お、おー」
均衡を保とうと、手に力を入れてみたり、足を伸ばしてみたり、お尻を振ってみたり。
ようやく静かに止まる。
「行ける!」
何を思ったのか、つんがいきなり海へ走り出し、波にぶつかる寸前で大きく踏み込んで、飛んだ。
イノシシが飛んだ。
「いや、待て! 待つのじゃ! つんやい!」
つんの着地は、筏。栗次郎が海に落ちないように必死に体勢を整えている、筏。大きく揺れて、栗次郎とつんは筏ごとひっくり返った。
「おぶぼっぶ!」
栗次郎は泳いだことがない。溺れるのは当たり前だった。
「栗次郎やい。足がつくにゃ」
ごんは冷静だった。栗次郎は落ち着いて、海底に足をつける。腰辺りに水面があった。
「助かったわい」
と思ったのもつかの間、
「つんやいっ!」
つんも泳げないはずだった。だからこそ、海より先は行きにくかったのかもしれない。
つんを探した。が、意外にもつんは平気そうだった。
「気持ちいい」
犬かきの要領で、すいすい泳ぐつんがいた。
「大丈夫そうじゃな」
「んだ」
栗次郎とつんが海に落ちるのを見ていた青八は、楽しくなって笑いをこらえられなかった。
みんなも、一緒に笑った。
見事な筏を作った栗次郎と、そのお供のごん、つん、青八は、ようやく海に出た。
筏は四人が乗っても平気だった。沈む気配はないが、体重をかけ間違えると、ひっくり返る。
出発してまだ浅い場所で、何度か海に落ちて学んだのだ。
びょしょびしょになりながらも、栗次郎と青八が櫂をこいで進んだ。
「あそこでやんす!」
青八が手を止めて前方を指差した。見えるのは水平線に豆粒ほどの黒い何か。
「どれだにゃ?」
ごんと栗次郎も目を凝らして眺めてみるが、
「ああ! あれかのう!」
やっとのことで認識できるほどだった。
まだまだ距離はあった。しかし、誰一人として弱音を吐く者はいなかった。むしろ、
「どんどんこぐのじゃ!」
「おーでやんす!」
張り切って海を進んでいった。
もうすぐ日が沈む。四人の乗った筏に西日が差す。
全力で櫂をこいでいた栗次郎と青八は、すでに息切れしている。
しかし鬼ヶ島には確実に近づいていた。豆粒に見えた黒い何かは、今では鬼ヶ島の形が見える。
ごつごつした岩でできた島。岩は黒、茶、灰色。岩がいくつも重なって、大きな山になっているのだ。てっぺんは青八の角のように、二ヶ所がとんがっていた。
「あれが……鬼ヶ島」
栗次郎はつぶやいた。ごんから話を聞いたものの、存在しないと考えていた鬼ヶ島が、今目の前にある。そしてそこには、
「桃太郎……」
自分に似ている存在。だからこそ会いたい。話をしてみたい。桃太郎は何を思い、鬼たちを襲ったのか。真実を知りたい。
栗次郎はいろんな思いが、心の中で駆け巡った。
四人が鬼ヶ島に着いたのは、日が暮れたあとだった。月明かりのおかげで、なんとか鬼ヶ島を見失わずに済んだ。
栗次郎は筏を岩に、流されないよう縄で固定した。
「静かでやんす……」
波の音だけが四人を包み込んでいる。青八の声も自然と小さくなった。
「今日はもう休むのじゃ。日の出と共に、奥に行ってみるかの」
栗次郎は心の中こそ興奮しているが、頭は冷静だった。
栗次郎の提案に異論はなかった。それぞれ岩陰に隠れて、眠った。
翌朝、ごんは誰よりも早く目が覚めた。
三人がまだ眠っているのを確認すると、一人で島の奥へと歩いていく。
「…………」
ごんは震えていた。今朝は冷え込んでいたからだ。
しかし、ごんが震えている理由はそれだけではなかった。
自分がやってしまった事の重大さを感じていたのだ。
「この島に、多分もう鬼はいない、な」
ごんは岩穴にたどり着いた。そこまで来るのに誰とも出会っていなかった。穴の奥へと入ってみる。
「やっぱり……」
予想通り誰もいないし、何もなかった。
それだけ確かめると、栗次郎たちが眠る場所に戻った。ごんは何事もなかったように、丸くなった。
全員が起きた。
昨日、栗次郎が言ったように、全員で奥へと行ってみた。
しかし、ごんが一度見た通り、この島には何もなかった。
青八は大声を上げて泣いた。