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栗次郎  作者: 田崎史乃
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「お許しくださいませっ! 桃太郎様! この通りでございます!」

 鬼ヶ島の親分である赤鬼の赤どんは、地面にひざと頭をついて叫んだ。

「どうじゃ?」

 桃太郎は、家来である犬、猿、きじに訊いた。

 三人は、

「許してあげましょう」

 と声をそろえて言った。

 鬼たちはほっと息をついた。

 しかし、桃太郎はこう続ける。

「宝はどこへやったのじゃ? 人間から奪ったじゃろう」

 鬼たちはわけがわからないというような顔をして、何も言えなかった。

 鬼は人間から、宝を奪ったことは一度も、ないのだ。

「とぼけるな! どこに隠してるっ!」

 犬が吠えた。

 赤どんの後ろで、びくびくしている鬼たち。それを見た赤どんは、決心した。

「岩穴の奥でございます。宝はすべてお返しします」

 鬼たちは驚いた。岩穴の奥には、自分たちが一生懸命働いて、こつこつ貯めた財産があるのだ。決して人間から強奪したものではないと、みなが知っていた。

「そうか」

 猿が岩の穴を見つけると、桃太郎たちは奥へと入っていった。

 

「親分っ!」

 青鬼の頭首の青助が声を上げた。それから鬼たちは、ざわざわし始めた。

「黙っとけい!」

 赤どんは鬼たちを制した。

 全員が口を閉じ、静かになる。

「すまん……。今は、耐えてくれい」

 鬼たちに背を向けて、赤どんは言った。

 鬼たちは赤どんの言うとおりにした。

 桃太郎が戻ってきて、

「お前たちが取った宝は多すぎる。わしらだけでは運べん。お前たちも手伝うのじゃ」

 鬼たちは怒りが爆発しそうであった。しかし、赤どんが言ったことを忘れず、耐えた。

「わかりました。運びます」

 赤どんは、ずっと頭を低くしていた。

 綱を解かれ、宝を運ぶ鬼たち。

 桃太郎と家来は、ずっと見張りをして、自分たちが運ぶことはなかった。

「これで最後か?」

 きじの声で、犬と猿が宝を数え始めた。

 見張りは桃太郎だけとなった。その隙を見て、青鬼の頭首で、青八のおとうである青助は、青八とともに岩陰に隠れた。

「どうしたでやんす? おとう」

「静かに聴けよ、青八。いいか? お前だけは逃げろ。お前はこの島で一番小せえ。一人いなくなったところで桃太郎たちは気がつかねえだろう」

 青八は戸惑った。

「おとうは? 他のみんなは? どうするでやんすか!?」

 青助は青八の肩をつかんで、

「声がでけえよ、お前は。みんなのことは俺と親分にまかせろ。今はお前だけでも逃げろ。泳ぎはこの前、教えただろ?」

 目を見て訴えた。青八のきれいな目からは、涙が溢れそうである。

「泣くんじゃねえよ。バカ息子が。俺たちが死ぬと決まったわけじゃねえ。だから心配するな。親分はあいつらを――――」

 最後まで言いかけて、

「そこで何をしておるのじゃ!」

 桃太郎に見つかった。

「やべえっ! いいな? 必ず生き延びろ! わかったな!」

 青助はそう言って、青八を海に突き落とした。



「あっしは必死で泳いだでやんす。溺れて死なないように、もがいてもがいて。やっとのことで陸に着いたでやんす」

「そのあと山道まで来て、さっきのところで寝ていた、のじゃな?」

「そうでやんす」

 青八はうなずいて、そのまま顔を下に向けた。

「桃太郎はまだ、鬼ヶ島にいるのかにゃ?」

「わからないでやんす。でも、おとうと親分たちが戦ってるかもしれないでやんす! だから、あっしは……あっしは……」

 青八の思いは言葉にならない。

 おとうに、逃げろと言われたこと。

 自分は助けに戻りたい気持ち。

 どちらも叶えたくて、叶えられない。どちらか一つを選べば、他の一つを捨てなくてはならない。

 まだ小さい鬼には、難しい問題だった。

「とにかく、案内してくれるかの?」

 栗次郎は優しい声で言った。

 青八は顔を上げる。目に飛び込んだのは、栗次郎の優しい笑顔であった。

 栗次郎は立ち上がり、すっと手をさし出す。

「まずは海まで行くのじゃ。青八が鬼ヶ島に行くか行かないかは、そのあと決めればよい。わしは桃太郎に会いたいし、青八のおとうにも会いたくなったのじゃ」

 青八は、栗次郎の手を取ろうと、震えるのを抑えつつ、ぎゅっと握った。

 立ち上がる。

「ついて来るでやんす!」

 青八は歩き始めた。後に続く栗次郎。

 ごんも行こうと足を進めるが、つんに引き止められた。

「ごん……。あんた、もしかして――――」

「だとしても! 関係ない……。お前もおれも、あいつらも」

 ごんは栗次郎を追いかけた。

 つんは迷いながらも、ついて行く。

 つんにとって、栗次郎は命の恩人である。猟師に殺されそうなところを助けてもらったのだ。そのお礼に、鬼ヶ島への道、海まで案内することになっていた。

 しかし今は、小鬼の青八が鬼ヶ島へ連れて行ってくれる。

 つんは、もう一緒に行く必要もないかもしれない、と思っていた。そう思いながらも、つんは栗次郎たちと共に歩いている。

「この道をまっすぐ行けば、海でやんす!」

 青八は、前を指差して栗次郎の顔を見た。

 栗次郎は「ん」とだけ答えた。自然と顔が引き締まる。

 もうすぐ、桃太郎に会える。

 桃太郎に会って、訊きたいことがある。青八と出会って、鬼はどんな生き物なのか、もっと知りたい。

 その二つのことをするまで、栗次郎はどこまでも歩いていける気がした。

「……海だにゃ」

 ごんがつぶやいた。

 磯の香りがする。四人の歩みが速くなる。

 波の音が近づいてくる。だんだんと大きくなる。

 見えた。

「海じゃな」

 海には誰もおらず、砂浜に波だけが行ったり来たりしていた。

 太陽は西側に傾いていた。しかし日が暮れるにはまだ時間がある。

 つんはおもむろに口を開く。

「おらは……ここまでだ」

 三人がつんに注目する。

「そうか……つんはここまでかの」

 栗次郎は海に目を移して言った。その言葉に目を丸くしたのは、ごんだった。

「止めないのかにゃ?」

 ごんは、栗次郎がつんと別れることはないと、思っていた。この先も共に鬼ヶ島へ行くのだろう、と考えていた。

「そうじゃな。もともと海まで案内するのが約束じゃったからのう」

 栗次郎は空を見上げて、思った。

 ついさっき会ったばかりのイノシシは、本当に優しいやつだと。自分が乗った箱を引っ張ってくれて、ここまでついて来てくれて。

「だからって!」

 ごんが大声で言う。

「約束だからって、そんなもの守る必要なんてないにゃ! にゃあはつんと一緒に鬼ヶ島へ行きたいにゃ! 栗次郎やい! お前もそう思っているはずだにゃ! だって、」

 瞳に涙を浮かべているから。上を向くのは涙をこぼさないためだから。

 もっとずっとついて来てほしいという気持ちがある。

 しかし、つんの思うようにさせてやりたいという気持ちもある。

 どちらにしても、最後に選ぶのは、つんなのだ。

「つんやい! お前も本当のことを言ったらどうだにゃ!」

 ごんはつんにつめ寄った。

「おらは……行きたい。栗次郎たちと一緒に行きたいんだ!」

 イノシシの気持ちは、三人に伝わった。

 栗次郎は目じりをぬぐい、笑った。

「あっしも! あっしも行くでやんす! 鬼ヶ島に行って、おとうたちを助けるでやんす!」

 青八も手を上げて言った。

 栗次郎はうなずき、また笑う。

「では行こうかの! 鬼ヶ島へ!」

 栗次郎は海に向かって叫んだ。

「にゃあ!」

「んだ!」

「おーでやんす!」

 三人同時に声を上げた。

「…………」

 そして、沈黙。

「どうやって行くんじゃ?」

 四人は海を渡る方法を考えていなかった。

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