5
「お許しくださいませっ! 桃太郎様! この通りでございます!」
鬼ヶ島の親分である赤鬼の赤どんは、地面にひざと頭をついて叫んだ。
「どうじゃ?」
桃太郎は、家来である犬、猿、きじに訊いた。
三人は、
「許してあげましょう」
と声をそろえて言った。
鬼たちはほっと息をついた。
しかし、桃太郎はこう続ける。
「宝はどこへやったのじゃ? 人間から奪ったじゃろう」
鬼たちはわけがわからないというような顔をして、何も言えなかった。
鬼は人間から、宝を奪ったことは一度も、ないのだ。
「とぼけるな! どこに隠してるっ!」
犬が吠えた。
赤どんの後ろで、びくびくしている鬼たち。それを見た赤どんは、決心した。
「岩穴の奥でございます。宝はすべてお返しします」
鬼たちは驚いた。岩穴の奥には、自分たちが一生懸命働いて、こつこつ貯めた財産があるのだ。決して人間から強奪したものではないと、みなが知っていた。
「そうか」
猿が岩の穴を見つけると、桃太郎たちは奥へと入っていった。
「親分っ!」
青鬼の頭首の青助が声を上げた。それから鬼たちは、ざわざわし始めた。
「黙っとけい!」
赤どんは鬼たちを制した。
全員が口を閉じ、静かになる。
「すまん……。今は、耐えてくれい」
鬼たちに背を向けて、赤どんは言った。
鬼たちは赤どんの言うとおりにした。
桃太郎が戻ってきて、
「お前たちが取った宝は多すぎる。わしらだけでは運べん。お前たちも手伝うのじゃ」
鬼たちは怒りが爆発しそうであった。しかし、赤どんが言ったことを忘れず、耐えた。
「わかりました。運びます」
赤どんは、ずっと頭を低くしていた。
綱を解かれ、宝を運ぶ鬼たち。
桃太郎と家来は、ずっと見張りをして、自分たちが運ぶことはなかった。
「これで最後か?」
きじの声で、犬と猿が宝を数え始めた。
見張りは桃太郎だけとなった。その隙を見て、青鬼の頭首で、青八のおとうである青助は、青八とともに岩陰に隠れた。
「どうしたでやんす? おとう」
「静かに聴けよ、青八。いいか? お前だけは逃げろ。お前はこの島で一番小せえ。一人いなくなったところで桃太郎たちは気がつかねえだろう」
青八は戸惑った。
「おとうは? 他のみんなは? どうするでやんすか!?」
青助は青八の肩をつかんで、
「声がでけえよ、お前は。みんなのことは俺と親分にまかせろ。今はお前だけでも逃げろ。泳ぎはこの前、教えただろ?」
目を見て訴えた。青八のきれいな目からは、涙が溢れそうである。
「泣くんじゃねえよ。バカ息子が。俺たちが死ぬと決まったわけじゃねえ。だから心配するな。親分はあいつらを――――」
最後まで言いかけて、
「そこで何をしておるのじゃ!」
桃太郎に見つかった。
「やべえっ! いいな? 必ず生き延びろ! わかったな!」
青助はそう言って、青八を海に突き落とした。
「あっしは必死で泳いだでやんす。溺れて死なないように、もがいてもがいて。やっとのことで陸に着いたでやんす」
「そのあと山道まで来て、さっきのところで寝ていた、のじゃな?」
「そうでやんす」
青八はうなずいて、そのまま顔を下に向けた。
「桃太郎はまだ、鬼ヶ島にいるのかにゃ?」
「わからないでやんす。でも、おとうと親分たちが戦ってるかもしれないでやんす! だから、あっしは……あっしは……」
青八の思いは言葉にならない。
おとうに、逃げろと言われたこと。
自分は助けに戻りたい気持ち。
どちらも叶えたくて、叶えられない。どちらか一つを選べば、他の一つを捨てなくてはならない。
まだ小さい鬼には、難しい問題だった。
「とにかく、案内してくれるかの?」
栗次郎は優しい声で言った。
青八は顔を上げる。目に飛び込んだのは、栗次郎の優しい笑顔であった。
栗次郎は立ち上がり、すっと手をさし出す。
「まずは海まで行くのじゃ。青八が鬼ヶ島に行くか行かないかは、そのあと決めればよい。わしは桃太郎に会いたいし、青八のおとうにも会いたくなったのじゃ」
青八は、栗次郎の手を取ろうと、震えるのを抑えつつ、ぎゅっと握った。
立ち上がる。
「ついて来るでやんす!」
青八は歩き始めた。後に続く栗次郎。
ごんも行こうと足を進めるが、つんに引き止められた。
「ごん……。あんた、もしかして――――」
「だとしても! 関係ない……。お前もおれも、あいつらも」
ごんは栗次郎を追いかけた。
つんは迷いながらも、ついて行く。
つんにとって、栗次郎は命の恩人である。猟師に殺されそうなところを助けてもらったのだ。そのお礼に、鬼ヶ島への道、海まで案内することになっていた。
しかし今は、小鬼の青八が鬼ヶ島へ連れて行ってくれる。
つんは、もう一緒に行く必要もないかもしれない、と思っていた。そう思いながらも、つんは栗次郎たちと共に歩いている。
「この道をまっすぐ行けば、海でやんす!」
青八は、前を指差して栗次郎の顔を見た。
栗次郎は「ん」とだけ答えた。自然と顔が引き締まる。
もうすぐ、桃太郎に会える。
桃太郎に会って、訊きたいことがある。青八と出会って、鬼はどんな生き物なのか、もっと知りたい。
その二つのことをするまで、栗次郎はどこまでも歩いていける気がした。
「……海だにゃ」
ごんがつぶやいた。
磯の香りがする。四人の歩みが速くなる。
波の音が近づいてくる。だんだんと大きくなる。
見えた。
「海じゃな」
海には誰もおらず、砂浜に波だけが行ったり来たりしていた。
太陽は西側に傾いていた。しかし日が暮れるにはまだ時間がある。
つんはおもむろに口を開く。
「おらは……ここまでだ」
三人がつんに注目する。
「そうか……つんはここまでかの」
栗次郎は海に目を移して言った。その言葉に目を丸くしたのは、ごんだった。
「止めないのかにゃ?」
ごんは、栗次郎がつんと別れることはないと、思っていた。この先も共に鬼ヶ島へ行くのだろう、と考えていた。
「そうじゃな。もともと海まで案内するのが約束じゃったからのう」
栗次郎は空を見上げて、思った。
ついさっき会ったばかりのイノシシは、本当に優しいやつだと。自分が乗った箱を引っ張ってくれて、ここまでついて来てくれて。
「だからって!」
ごんが大声で言う。
「約束だからって、そんなもの守る必要なんてないにゃ! にゃあはつんと一緒に鬼ヶ島へ行きたいにゃ! 栗次郎やい! お前もそう思っているはずだにゃ! だって、」
瞳に涙を浮かべているから。上を向くのは涙をこぼさないためだから。
もっとずっとついて来てほしいという気持ちがある。
しかし、つんの思うようにさせてやりたいという気持ちもある。
どちらにしても、最後に選ぶのは、つんなのだ。
「つんやい! お前も本当のことを言ったらどうだにゃ!」
ごんはつんにつめ寄った。
「おらは……行きたい。栗次郎たちと一緒に行きたいんだ!」
イノシシの気持ちは、三人に伝わった。
栗次郎は目じりをぬぐい、笑った。
「あっしも! あっしも行くでやんす! 鬼ヶ島に行って、おとうたちを助けるでやんす!」
青八も手を上げて言った。
栗次郎はうなずき、また笑う。
「では行こうかの! 鬼ヶ島へ!」
栗次郎は海に向かって叫んだ。
「にゃあ!」
「んだ!」
「おーでやんす!」
三人同時に声を上げた。
「…………」
そして、沈黙。
「どうやって行くんじゃ?」
四人は海を渡る方法を考えていなかった。