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栗次郎  作者: 田崎史乃
4/10

4

 木々をうまく避けて走っていくつん。

 後ろの箱にいる栗次郎とごんは、楽しいんでいる。

 がたがたと揺れることも、その拍子に飛び出しそうになることも、慣れてきていた。

「あとどのくらいかの?」

 走る箱のたてる大きな音に負けないように、栗次郎は叫んだ。

 つんは振り返ることなく、

「あともうすこ――――っ!」

 急に方向転換。まっすぐから右へ。縄でつながる箱も勢いよく曲がる。

「うおっ」

「にゃっ」

 栗次郎とごんは遠心力で箱から放り出された。宙に浮く二人。箱から一直線に飛んだ先は、幸運にもふかふかな雑草の茂みだった。

「大丈夫かっ!?」

 二人が投げ出されたことに気づき、つんは駆け寄る。

 栗次郎は起き上がり、どこにも怪我をしていないことを確かめた。

「わしは大丈夫じゃ。それよりごんは?」

 ごんの姿がなかった。栗次郎と一緒に茂みへと飛び込んだはずが、いない。

「まさかもっと遠くへ飛んだのか?」

 つんはあせって、きょろきょろと辺りを見回す。栗次郎も草を掻き分けて探す。

「ごんやい! ごんやーい! どこじゃー!」

「うるさいにゃあ!」

 ごんは栗次郎とつんの後ろに座っていた。何事もなかったように、前足をなめて顔をこする。あくびまでしている。

「大丈夫か?」

 つんが近づいて訊いた。

「見ての通りにゃ」

 ごんは無傷であった。放り出された際に、空中で体勢を立て直して、うまく地面に着地していたのだ。つまり草むらに突っ込んだのは栗次郎だけだった。

「なんじゃあ。よかったのう」

 栗次郎はほっとした。その様子を見たごんが、

「にゃあをなめないで、もらいたいにゃあ」

 と言って、そっぽを向いた。

「すまん、すまん」

 栗次郎は謝りながら、笑っていた。そこで疑問に思った。

「しかし、なぜ急に曲がったんじゃ?」

「こいつがいたからかにゃあ」

「んだ」

 ごんとつんの視線の先には、ぼろぼろの布切れを身にまとった少年が倒れていた。

「なんと!? 大変じゃ! 大丈夫かの!?」

 栗次郎は大慌て。急いで抱きかかえようとしたが、

「しー、だにゃ」

「んだ」

 猫とイノシシに止められた。

「なぜ――――っ」

 じゃ、と叫びかけたところで、つんに突進された。

 吹っ飛んだ栗次郎は、あまりの衝撃に咳き込んでいる。

「何を、ごほっごほっ、するんじゃ……ごほっ、はー」

 深呼吸して息を整える。つんは走ってきて、声をひそめて話す。

「静かにするんだ」

 何がなんだかさっぱりわからない栗次郎は、不思議そうに首をかしげるしかない。

「あれは眠ってるんだ」

 先ほどの倒れている少年を見て、つんは言った。そしてようやく栗次郎は状況をつかめた。

「なるほど。眠っておるのか」

 だから静かにしろ、と。そういうことだった。

「しかし、なぜこんなところで?」

 栗次郎は疑問を口にした。

「あれは人間じゃないだ」

 つんはさらっと言った。栗次郎はまた不思議に思った。

 あの寝ている少年が人間ではなく、何に当たるのか。

 理解できないでいた。ごんもこちらにやって来て、

「角があったにゃ」

「身体も青色だった」

 ごんとつんは交互に言う。

「牙もあったにゃ」

「爪も鋭かった」

「いったい何を……」

 栗次郎は言いかけたが、すぐに黙り込んだ。ごんとつんの後ろで、寝ていた少年が目を覚まし、起き上がったのだ。まとっていた布切れが地面に落ちる。裸同然の姿を見た栗次郎は絶句した。

 身体の色が全身、青。

 虎の毛皮を腰に巻いていて、巻き毛の頭には二本の角が生えている。

 指先には鋭い爪が光る。

 青い少年はゆっくりと栗次郎たちのもとへ歩いてくる。

「な、何じゃあ……」

 栗次郎は言葉を詰まらせる。

 まさに異様。

 見たこともない生き物を前に、心臓が激しく打つのがわかる。

 栗次郎が動けないまま、青色の少年は数歩の距離まで近づいていた。身長は栗次郎と同じくらいだが、体つきは、かなりごつい。

「ぐごごごおおおおおおおぅ」

 栗次郎、ごんとつんの肩が、びくりと跳ねた。

 少年は顔を上げた。

 きれいな瞳。三人を見つめるその目は、きらきらと輝いていた。そして、ようやく口を開く。

「は、はら減ったでやんす……」

「………………にゃ?」

 うなり声にも似たさっきの音は、少年のおなかの音であった。少年はおなかを両手で押さえて、栗次郎たちに訊く。

「何か食べるものないでやんすか?」

 純粋で、透き通った目で栗次郎を見つめて、言ったのだ。

 緊張のあまり固まっていた栗次郎は、我に返る。

「っは! あ、ある。いや、ありますじゃ」

 まだ混乱している様子で、荷物を探る。栗をいくつか取り出して、少年に渡した。

「ありがとうでやんす!」

 少年は受け取ってすぐに、口の中に入れた。栗をイガごと、ばりばりと噛み砕いて食べる。その豪快さに三人とも唖然としていた。

「はらいっぱいでやんす! もう食えないでやんす!」

 満面の笑みを栗次郎に向ける。少年は栗を四、五個食べただけで、満腹となった。これも栗次郎の不思議な力のおかげだった。

「で、お前はいったい何者だにゃあ?」

 ごんは獲物を狙うように身体をかがめている。

 つんも、いつでも突進できる体勢を取っている。

 ごんとつんでも、初めてみる生き物だった。全身が青色の人間は見たことがない。

「あっしは青八、あおはち、でやんす!」

 笑って答えた。青八は笑うたびに、ぎらぎらとした牙が見える。

 三人はその都度、一瞬ぎょっとするが、襲われる心配もなさそうなので、だんだん慣れてきた。

「青八なんて生き物、聞いたことない」

 つんはあやしんでいる。まだ、いつ襲われてもおかしくないので、警戒していた。

「違うでやんす! 青八はあっしの名前でやんす。『青さんとこの八男坊』とはあっしのことでやんす!」

 いまいちかみ合わない会話。今度は栗次郎が、

「名前はわかったのじゃ。わしは栗次郎。こっちの猫がごんで、イノシシのつん。それで、お前さんは何の青八なんじゃ?」

 ゆっくりと伝わるように言った。すると青八の表情がまたぱあっと明るくなった。

「なるほどでやんす! あっしは小鬼。小鬼の青八でやんす!」

 栗次郎は耳を疑った。

「小鬼? 今、小鬼と言ったかの?」

「そうでやんす!」

 ごんとつんは顔を見合わせている。栗次郎はまた質問する。

「小鬼ということは、鬼ヶ島から来たのかの?」

「そうでやんす! あれ? 何で知ってるでやんすか?」

 栗次郎にはもう、青八の質問は聞こえなかった。

 目の前に鬼がいるということは、鬼ヶ島は本当にある。そしたら桃太郎もいるに違いない。いるに決まっている。絶対にいる。

 そう思うと、笑い出さずにはいられなかった。

 あっはっはっはっはっ、と大声で笑う栗次郎を見た青八はつられて、笑う。

 二人して心の底から笑った。ごんとつんも、とりあえず笑った。



 しばらく笑い転げたあと、四人は改めて自己紹介をした。山道の脇に平坦なところがあったので、そこで座って挨拶した。

「わしは栗次郎じゃ」

 人間の姿をした者が言った。

「にゃあはごんだにゃ」

 猫が言った。

「おらはつんだ」

 イノシシが言った。

「あっしは青八でやんす!」

 小鬼が言った。名前を言い終わると、栗次郎は訊いた。

「青八はなぜこんな山道で寝ておったのじゃ?」

「え! えーっと、それはでやんすね……」

 青八は言いにくそうに、口を尖らせ、栗次郎から目をそらす。答えるふりをして、

「それより、あの栗はおいしかったでやんす! はらがいっぱいでも、もっと食べられたでやんす!」

 話題を変えることを試みた。

「さっきは、もう食えない、と言っていたにゃあ」

 ごんが鋭くつっこんだ。青八はぎくっとなった。それでも平静を装って、

「ああ、そうでやんす! さっきは、食えなかったでやんすが、今は、また食いたくなったでやんす!」

 苦し紛れに言い訳した。

「あやしい」

 イノシシは野生の勘を働かせて、青八を横目で見た。小鬼の額から汗が吹き出ている。

 栗次郎は、だらだらと流れる小鬼の汗に気づいた。明らかに様子がおかしいと見て、

「青八やい。大丈夫かの? 汗が滝のように流れているようじゃが……」

 栗次郎はまた気がついた。自分の話をそらされていたことに。

「青八やい! 話をそらすでない! なぜあそこで寝ておったのか、答えいっ!」

 ごんは、こんなに興奮している栗次郎を初めて見た。

 栗次郎が知りたがっていることは、小鬼にとっては嫌なことなのかもしれない。

 ごんとつんは薄々勘づいていた。しかし栗次郎は、

「答えいっ答えいっ!」

 と青八をまくし立てる。ずんずんと小鬼につめ寄る。

 青八は苦笑いで、何んとかやり過ごそうとしている。

 しょうがないにゃあ、と思ったごんは、つんに簡単な合図を送る。

「やれにゃ」

 次の瞬間、栗次郎は吹っ飛んだ。つんの突進によって。

「何するんじゃ!」

 突進された栗次郎は、すばやく起き上がると、大声で叫んだ。

 しかし、つんは何食わぬ顔で青八に話しかける。

「ところであんたは、これからどうするんだ?」

 小鬼は困った顔になった。うつむく。

「わからないでやんす……」

 ため息まじりに小さく言った。

 ごんとつんがどちらとも、そうか、と言いかけたとき、

「無視するでないっ!」

 栗次郎が場の空気を壊した。

 ごんは小さく息をついて、

「うるさいにゃ、栗次郎やい。少しは青八のことを考えてやるにゃ」

 落ち着いたごんの様子に、栗次郎もさすがに大人しくなった。

 ごんは、栗次郎が静かになるのを見届けると、青八に言う。

「お前が言いたくないことは言わなくていいにゃ。でもにゃあたちは鬼ヶ島へ行きたいと思っているにゃ。そこで青八。鬼ヶ島について、何か教えてくれないかにゃ?」

「やめたほうがいいでやんす!」

 青八が大声で言った。潤んだ瞳で訴えた。

「どうしてだにゃ?」

 ごんは首をかしげた。

「桃太郎が……いるから、でやんす」

 その言葉を三人は聞き逃さなかった。聞きたいことはたくさんあるが、黙った。今はまだそのときではない。まずは小鬼の、青八の話を聴かなくてはならない。

「どうして、桃太郎がいたら、行かないほうがいいんだにゃ?」

 少しずつ、少しずつ、小鬼の心を解いていくように、聞く。

 青八が震えている。その場にいる全員が見て取れた。これは軽い気持ちで話してはいけない。聞いてはいけない。何かそんな雰囲気があった。

「桃太郎は悪いやつでやんす」

 栗次郎、ごん、つんは、目を丸くした。

 桃太郎の作り話では、悪いのは鬼である。それを退治した桃太郎は英雄で、賞賛を浴びた。しかし、桃太郎が悪いやつだと、青八は言うのだ。

「どういうことだにゃ?」

 ごんは詳しく知りたかった。ごん自身にとって、大事な話だった。

「桃太郎は、あっしらの生活をめちゃくちゃにしたでやんす」

 青八は涙をこらえながら、震える声で続ける。

「突然海からやってきて、あっしの、おかあと、おとうを……襲ったでやんす」

 桃太郎は鬼に攻撃し、綱で縛った。鬼からしてみれば襲われ、縛られ、捕らえられたということ。

 青八の話の内容は、桃太郎の話とほぼ同じであった。栗次郎もごんもつんも知っていた。

「白さんも黒さんも、緑さんとこも、みんな捕まったでやんす」

 ただ、と青八は、

「ただ、鬼ヶ島での親分である赤さんは、対抗したでやんす。金棒を誰にも当てないように、振り回していたでやんす。赤さんは優しかったんでやんす! 得意の金棒で攻撃すれば、必ず倒せるのに、それをしなかったでやんす」

 その場にいた全員を傷つけないように、赤鬼は戦った。

 しかし、桃太郎にやられた。武器の金棒が壊され、なすすべがなくなった。

 それでも赤鬼はあきらめなかったのだ。

 桃太郎の前でひざまずき、頭を地面につけて謝った。仲間の鬼たちを守るために。

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