4
木々をうまく避けて走っていくつん。
後ろの箱にいる栗次郎とごんは、楽しいんでいる。
がたがたと揺れることも、その拍子に飛び出しそうになることも、慣れてきていた。
「あとどのくらいかの?」
走る箱のたてる大きな音に負けないように、栗次郎は叫んだ。
つんは振り返ることなく、
「あともうすこ――――っ!」
急に方向転換。まっすぐから右へ。縄でつながる箱も勢いよく曲がる。
「うおっ」
「にゃっ」
栗次郎とごんは遠心力で箱から放り出された。宙に浮く二人。箱から一直線に飛んだ先は、幸運にもふかふかな雑草の茂みだった。
「大丈夫かっ!?」
二人が投げ出されたことに気づき、つんは駆け寄る。
栗次郎は起き上がり、どこにも怪我をしていないことを確かめた。
「わしは大丈夫じゃ。それよりごんは?」
ごんの姿がなかった。栗次郎と一緒に茂みへと飛び込んだはずが、いない。
「まさかもっと遠くへ飛んだのか?」
つんはあせって、きょろきょろと辺りを見回す。栗次郎も草を掻き分けて探す。
「ごんやい! ごんやーい! どこじゃー!」
「うるさいにゃあ!」
ごんは栗次郎とつんの後ろに座っていた。何事もなかったように、前足をなめて顔をこする。あくびまでしている。
「大丈夫か?」
つんが近づいて訊いた。
「見ての通りにゃ」
ごんは無傷であった。放り出された際に、空中で体勢を立て直して、うまく地面に着地していたのだ。つまり草むらに突っ込んだのは栗次郎だけだった。
「なんじゃあ。よかったのう」
栗次郎はほっとした。その様子を見たごんが、
「にゃあをなめないで、もらいたいにゃあ」
と言って、そっぽを向いた。
「すまん、すまん」
栗次郎は謝りながら、笑っていた。そこで疑問に思った。
「しかし、なぜ急に曲がったんじゃ?」
「こいつがいたからかにゃあ」
「んだ」
ごんとつんの視線の先には、ぼろぼろの布切れを身にまとった少年が倒れていた。
「なんと!? 大変じゃ! 大丈夫かの!?」
栗次郎は大慌て。急いで抱きかかえようとしたが、
「しー、だにゃ」
「んだ」
猫とイノシシに止められた。
「なぜ――――っ」
じゃ、と叫びかけたところで、つんに突進された。
吹っ飛んだ栗次郎は、あまりの衝撃に咳き込んでいる。
「何を、ごほっごほっ、するんじゃ……ごほっ、はー」
深呼吸して息を整える。つんは走ってきて、声をひそめて話す。
「静かにするんだ」
何がなんだかさっぱりわからない栗次郎は、不思議そうに首をかしげるしかない。
「あれは眠ってるんだ」
先ほどの倒れている少年を見て、つんは言った。そしてようやく栗次郎は状況をつかめた。
「なるほど。眠っておるのか」
だから静かにしろ、と。そういうことだった。
「しかし、なぜこんなところで?」
栗次郎は疑問を口にした。
「あれは人間じゃないだ」
つんはさらっと言った。栗次郎はまた不思議に思った。
あの寝ている少年が人間ではなく、何に当たるのか。
理解できないでいた。ごんもこちらにやって来て、
「角があったにゃ」
「身体も青色だった」
ごんとつんは交互に言う。
「牙もあったにゃ」
「爪も鋭かった」
「いったい何を……」
栗次郎は言いかけたが、すぐに黙り込んだ。ごんとつんの後ろで、寝ていた少年が目を覚まし、起き上がったのだ。まとっていた布切れが地面に落ちる。裸同然の姿を見た栗次郎は絶句した。
身体の色が全身、青。
虎の毛皮を腰に巻いていて、巻き毛の頭には二本の角が生えている。
指先には鋭い爪が光る。
青い少年はゆっくりと栗次郎たちのもとへ歩いてくる。
「な、何じゃあ……」
栗次郎は言葉を詰まらせる。
まさに異様。
見たこともない生き物を前に、心臓が激しく打つのがわかる。
栗次郎が動けないまま、青色の少年は数歩の距離まで近づいていた。身長は栗次郎と同じくらいだが、体つきは、かなりごつい。
「ぐごごごおおおおおおおぅ」
栗次郎、ごんとつんの肩が、びくりと跳ねた。
少年は顔を上げた。
きれいな瞳。三人を見つめるその目は、きらきらと輝いていた。そして、ようやく口を開く。
「は、はら減ったでやんす……」
「………………にゃ?」
うなり声にも似たさっきの音は、少年のおなかの音であった。少年はおなかを両手で押さえて、栗次郎たちに訊く。
「何か食べるものないでやんすか?」
純粋で、透き通った目で栗次郎を見つめて、言ったのだ。
緊張のあまり固まっていた栗次郎は、我に返る。
「っは! あ、ある。いや、ありますじゃ」
まだ混乱している様子で、荷物を探る。栗をいくつか取り出して、少年に渡した。
「ありがとうでやんす!」
少年は受け取ってすぐに、口の中に入れた。栗をイガごと、ばりばりと噛み砕いて食べる。その豪快さに三人とも唖然としていた。
「はらいっぱいでやんす! もう食えないでやんす!」
満面の笑みを栗次郎に向ける。少年は栗を四、五個食べただけで、満腹となった。これも栗次郎の不思議な力のおかげだった。
「で、お前はいったい何者だにゃあ?」
ごんは獲物を狙うように身体をかがめている。
つんも、いつでも突進できる体勢を取っている。
ごんとつんでも、初めてみる生き物だった。全身が青色の人間は見たことがない。
「あっしは青八、あおはち、でやんす!」
笑って答えた。青八は笑うたびに、ぎらぎらとした牙が見える。
三人はその都度、一瞬ぎょっとするが、襲われる心配もなさそうなので、だんだん慣れてきた。
「青八なんて生き物、聞いたことない」
つんはあやしんでいる。まだ、いつ襲われてもおかしくないので、警戒していた。
「違うでやんす! 青八はあっしの名前でやんす。『青さんとこの八男坊』とはあっしのことでやんす!」
いまいちかみ合わない会話。今度は栗次郎が、
「名前はわかったのじゃ。わしは栗次郎。こっちの猫がごんで、イノシシのつん。それで、お前さんは何の青八なんじゃ?」
ゆっくりと伝わるように言った。すると青八の表情がまたぱあっと明るくなった。
「なるほどでやんす! あっしは小鬼。小鬼の青八でやんす!」
栗次郎は耳を疑った。
「小鬼? 今、小鬼と言ったかの?」
「そうでやんす!」
ごんとつんは顔を見合わせている。栗次郎はまた質問する。
「小鬼ということは、鬼ヶ島から来たのかの?」
「そうでやんす! あれ? 何で知ってるでやんすか?」
栗次郎にはもう、青八の質問は聞こえなかった。
目の前に鬼がいるということは、鬼ヶ島は本当にある。そしたら桃太郎もいるに違いない。いるに決まっている。絶対にいる。
そう思うと、笑い出さずにはいられなかった。
あっはっはっはっはっ、と大声で笑う栗次郎を見た青八はつられて、笑う。
二人して心の底から笑った。ごんとつんも、とりあえず笑った。
しばらく笑い転げたあと、四人は改めて自己紹介をした。山道の脇に平坦なところがあったので、そこで座って挨拶した。
「わしは栗次郎じゃ」
人間の姿をした者が言った。
「にゃあはごんだにゃ」
猫が言った。
「おらはつんだ」
イノシシが言った。
「あっしは青八でやんす!」
小鬼が言った。名前を言い終わると、栗次郎は訊いた。
「青八はなぜこんな山道で寝ておったのじゃ?」
「え! えーっと、それはでやんすね……」
青八は言いにくそうに、口を尖らせ、栗次郎から目をそらす。答えるふりをして、
「それより、あの栗はおいしかったでやんす! はらがいっぱいでも、もっと食べられたでやんす!」
話題を変えることを試みた。
「さっきは、もう食えない、と言っていたにゃあ」
ごんが鋭くつっこんだ。青八はぎくっとなった。それでも平静を装って、
「ああ、そうでやんす! さっきは、食えなかったでやんすが、今は、また食いたくなったでやんす!」
苦し紛れに言い訳した。
「あやしい」
イノシシは野生の勘を働かせて、青八を横目で見た。小鬼の額から汗が吹き出ている。
栗次郎は、だらだらと流れる小鬼の汗に気づいた。明らかに様子がおかしいと見て、
「青八やい。大丈夫かの? 汗が滝のように流れているようじゃが……」
栗次郎はまた気がついた。自分の話をそらされていたことに。
「青八やい! 話をそらすでない! なぜあそこで寝ておったのか、答えいっ!」
ごんは、こんなに興奮している栗次郎を初めて見た。
栗次郎が知りたがっていることは、小鬼にとっては嫌なことなのかもしれない。
ごんとつんは薄々勘づいていた。しかし栗次郎は、
「答えいっ答えいっ!」
と青八をまくし立てる。ずんずんと小鬼につめ寄る。
青八は苦笑いで、何んとかやり過ごそうとしている。
しょうがないにゃあ、と思ったごんは、つんに簡単な合図を送る。
「やれにゃ」
次の瞬間、栗次郎は吹っ飛んだ。つんの突進によって。
「何するんじゃ!」
突進された栗次郎は、すばやく起き上がると、大声で叫んだ。
しかし、つんは何食わぬ顔で青八に話しかける。
「ところであんたは、これからどうするんだ?」
小鬼は困った顔になった。うつむく。
「わからないでやんす……」
ため息まじりに小さく言った。
ごんとつんがどちらとも、そうか、と言いかけたとき、
「無視するでないっ!」
栗次郎が場の空気を壊した。
ごんは小さく息をついて、
「うるさいにゃ、栗次郎やい。少しは青八のことを考えてやるにゃ」
落ち着いたごんの様子に、栗次郎もさすがに大人しくなった。
ごんは、栗次郎が静かになるのを見届けると、青八に言う。
「お前が言いたくないことは言わなくていいにゃ。でもにゃあたちは鬼ヶ島へ行きたいと思っているにゃ。そこで青八。鬼ヶ島について、何か教えてくれないかにゃ?」
「やめたほうがいいでやんす!」
青八が大声で言った。潤んだ瞳で訴えた。
「どうしてだにゃ?」
ごんは首をかしげた。
「桃太郎が……いるから、でやんす」
その言葉を三人は聞き逃さなかった。聞きたいことはたくさんあるが、黙った。今はまだそのときではない。まずは小鬼の、青八の話を聴かなくてはならない。
「どうして、桃太郎がいたら、行かないほうがいいんだにゃ?」
少しずつ、少しずつ、小鬼の心を解いていくように、聞く。
青八が震えている。その場にいる全員が見て取れた。これは軽い気持ちで話してはいけない。聞いてはいけない。何かそんな雰囲気があった。
「桃太郎は悪いやつでやんす」
栗次郎、ごん、つんは、目を丸くした。
桃太郎の作り話では、悪いのは鬼である。それを退治した桃太郎は英雄で、賞賛を浴びた。しかし、桃太郎が悪いやつだと、青八は言うのだ。
「どういうことだにゃ?」
ごんは詳しく知りたかった。ごん自身にとって、大事な話だった。
「桃太郎は、あっしらの生活をめちゃくちゃにしたでやんす」
青八は涙をこらえながら、震える声で続ける。
「突然海からやってきて、あっしの、おかあと、おとうを……襲ったでやんす」
桃太郎は鬼に攻撃し、綱で縛った。鬼からしてみれば襲われ、縛られ、捕らえられたということ。
青八の話の内容は、桃太郎の話とほぼ同じであった。栗次郎もごんもつんも知っていた。
「白さんも黒さんも、緑さんとこも、みんな捕まったでやんす」
ただ、と青八は、
「ただ、鬼ヶ島での親分である赤さんは、対抗したでやんす。金棒を誰にも当てないように、振り回していたでやんす。赤さんは優しかったんでやんす! 得意の金棒で攻撃すれば、必ず倒せるのに、それをしなかったでやんす」
その場にいた全員を傷つけないように、赤鬼は戦った。
しかし、桃太郎にやられた。武器の金棒が壊され、なすすべがなくなった。
それでも赤鬼はあきらめなかったのだ。
桃太郎の前でひざまずき、頭を地面につけて謝った。仲間の鬼たちを守るために。