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どうもです。田崎史乃です。
この作品『栗次郎』は、全体ではそんなに長くないのですが、いくつかに分けて投稿したいと思います。
よろしくお願いいたします。
村はずれの山。
木々が生い茂る中で、開けた場所に小川が流れている。
川のほとりには、田んぼと一軒の小さな家があった。
そこに、おじいと、おばあが二人仲良く暮らしていた。
彼らは一匹の猫を飼っていた。二年ほど前に、のらだった猫に食べものを与えたら、すっかりなつき、そのまま飼うことになったのだ。
名前は、ごん。
のら猫だった頃に、よく頭を木にぶつけていた。歩くたびに、ごん、と大きな音を立てていたのを見たおばあが名づけた。
おじい、おばあとごんは幸せだった。貧しく、食べるものも少なかったが、たくさんの自然に囲まれて過ごす毎日は、至福であった。
ある秋のころ。山は緑から、黄色や赤に衣替えする。太陽が夏のときより、やさしくなった朝、おじいは窓の外を見て言う。
「栗の季節じゃのう、ばあさん」
「そうですねえ、おじいさん」
おじいの手作り座布団に座るおばあは、お茶をすすっている。。
「栗ごはんが食べたいですねえ。取ってきてくださいな」
栗が食べたいのだろう。おばあは、おじいの気持ちがわかった。おじいは自分が何かやりたいと思ったとき、直接口には出さない。その代わり、おばあの頼みごとを聴いてやるのだ。
「それじゃあ、取ってくるかの」
おじいは、表情が晴れやかになって、出かける準備をした。取れた栗を入れるかご、邪魔な小枝を切るための鉈。
「ふうむ。あとは……」
汗をかいたときの手ぬぐいを首に巻く。
「行ってくるからの。たんと取ってくるから待っとれ、ばあさん」
「はいはい、いってらっしゃい。お願いしますよ」
「ん」
よっこらせっ、と立ち上がり、家を出る。おじいは山の上のほうへ歩いていった。
人の手が加えられていない山道は、雑草と木の枝ばかりであった。
おじいは鉈を使いながら進んでいく。
ふと地面を見ると、一つのいがぐりを見つけた。辺りを見回すと、栗の木があった。さっそく地面に落ちているイガ栗を拾い始める。
「こっちに。ああ、こっちにも」
次々と栗を拾っていくおじい。
しばらく夢中になって、拾っていくと、おじいの周辺にはもう栗は見当たらなかった。
背中のかごは、栗でいっぱいになった。しかし、おばあの喜ぶ顔が見たいと思ったおじいは、
「ふうむ。もう少し入るかのう」
つぶやきながらかごを揺らして、空きをつくる。思ったとおり、まだ栗は入りそうだった。
おじいは別の栗の木を探そうと、また歩き始める。
今度はすぐ近くに見つけた。それもイガ栗が山になるほど、まるで誰かがそこに集めたように、積まれてあった。
「なんと、まあ!」
おじいは不思議に思いながら、声を上げた。幸運とばかりに、栗を拾う。
しかし、一つ、二つと拾った後、おじいは思わず飛び上がった。
「な、なんとっ! こんなところに……まあ、かわいらしい」
おじいが目にしたのは、イガ栗の山に埋もれた小さな小さな赤ん坊であった。
すやすやと眠る赤ん坊を前に、おじいは自然と表情がゆるむ。
しかし、いったいなぜ赤子がこんな山奥にいるのだろうか。
おじいは考えてみたが、答えなど出そうにない。
このまま放置していくのもかわいそうなので、とにかく連れて帰ることにした。
赤ん坊を抱いたおじいは急いで、しかし、慎重に山を降りた。歩いてきた道を元の通り戻れば、すぐ家に着いた。
「ばあさん、ばあさんやー! えらいもん見つけてしもうたわい」
「はいはい、なんですか?」
おばあは、おじいの抱える子を見た。
「おや、まあ! なんてかわいらしい赤ん坊だこと!」
おばあは笑顔でおじいから赤ん坊を受け取る。おじいが大きな声を出したので、赤ん坊が目を覚ましていた。しかし、泣くことはない。
「よしよし、いい子だねえ。はて、おじいさん。この子、どうなさったんですか?」
「ふむ。栗の山に埋まっておったのじゃ。もしやすると、捨て子かもしれん」
「そうだったんですか。大変でしたねえ。おじいさんも、この赤ん坊も」
「ん」
おじいはかごを地面に下ろす。猫のごんが中身をのぞきに来る。
「どうしたもんかのう」
おじいは考えるふりをしているが、赤ん坊をもう一度抱きたいという気持ちがいっぱいで、そわそわしていた。
「おじいさん。うちで育てたらどうです? きっと何かの縁ですよ」
「そうじゃの。そうしようかのう」
おじいが赤ん坊を抱きたそうに、両手をおばあに広げているが、おばあは子どもに夢中だった。
二人は嬉しくてたまらないのだ。
「そうと決まれば、名前は何にしましょうかねえ?」
おじいに子どもを渡しながら、おばあは聞いた。
「それならもう決めておる」
おじいは子をあやして、はっきりと言った。
「何ですか?」
「栗次郎じゃ」
「栗次郎ですか。いいですねえ」
二人は我が子、栗次郎を笑顔で家族に迎えた。