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紐の倒錯的な空想シリーズ

紐の倒錯的な空想

作者: 深山瀬怜

 彼は私の横で寝息を立てている。

 一年後輩の彼を、私はじっと見つめた。彼は大きめのサイズのパーカーを着ているはずなのに、驚くほど華奢なのがわかる。力を込めたら簡単に折れてしまいそうだ。

「恭一くん」

 声を掛けても、彼は目覚める気配を見せなかった。このまま放置して帰るわけにもいかない。クラブハウス棟には暖房がなく、酒を飲んだ人間を一晩寝かせておくには危険すぎる。幸い彼の家はここから歩いてすぐのところにあるらしい。だから起きてくれさえすれば何とかなるのだ。

 恭一くんが身じろぎをする。起きるのかと思ったが、寝返りを打っただけだった。仰向けになった彼は、細い喉を無防備に晒す。ここからあの声が出るのか。テナーには珍しい、芯はあるけれど全体のバランスを決して壊さない繊細な声。私は目で彼の喉仏のラインをなぞった。

 不意に、とある考えが頭をもたげる。

 警戒心の欠片もない彼の首を絞めたら、どうなるだろうか。

 私は彼の首に紐を巻き付ける様を妄想する。白い肌に映える真紅の紐が首を一周したところで、その両端を引っ張る。じわじわと、徐々に力を込めて。彼は顔を歪め、赤い紐と喉の間に指を入れようとしている。しかし私はそれを許さない。彼は声にならない喘ぎを発し、涙を溜めた目で私を見た。


「……なんてね」


 私は苦笑し、恭一くんの首筋から目を逸らした。けれど頭の中には幻の恭一くんがいて、体を二つに折って咳込んでいた。そんな風に咳をしたら喉を痛めてしまうよ。そう言った私を彼は睨みつける。本当の彼もきっと同じ反応をするだろう。私は小さく笑った。


 *


 昔、ドラマで見たことがある。

 女が寝ている男の首を絞める場面。ドラマのストーリーはほとんど忘れてしまった。私が覚えているのはそのワンカットだけ。何故かはわからなかったけれど、そのシーンが中学生だった私の目を引いたのだ。

 苦しんでいるときの顔と性的な快楽の中にいるときの顔は似ているらしい。だから私が首を絞めるシーンに惹かれたのは、男性が女性のヌードシーンに釘付けになるのと大差ないのかもしれない。それでも、相手の生殺与奪権を握ろうとする行為は、性的快楽を追求することよりも偏執的なんじゃないかと私は思う。

 だからたまには、そんな倒錯的な妄想に浸る日があってもいいんじゃないか。

 考えるだけなら、誰も困らないのだから。実行に移さなければ、問題はない。

 幻じゃもの足りないと思ってしまうときも、確かにあるんだけれど。


 *


「ん……」

 不意に、恭一くんがゆっくりと体を起こした。彼は目を擦りながら私をぼんやりと見る。

「あれ、先輩……?」

 言うやいなや、彼は咳込み始める。体を二つに折っているせいか、少し痛々しく見える。

「恭一くん、だ……大丈夫?」

 私は彼に聞いたが、頭の中では別のことを考えていた。これはまるで首を絞められた後のようだ。苦しそうに歪んだ顔や、咳をする度に動く背中が綺麗だ、と。

「何かちょっと、首に違和感があって。すぐにおさまると、思います」

 恭一くんはそう言って、幾度か咳払いをした。私の空想が、本当に彼の首を絞めていたみたいだ。私は彼の喉に手を伸ばす。花の匂いに誘われた虫のように。そしてそこにうっすら残った痕を見つけ、嘆息しながら目を閉じた。

「先輩?」

 恭一くんが不思議そうに尋ねる。

「ごめんね、恭一くん」

 呪いのように、私の心が彼に伝わってしまったのかもしれない。少し熱くなっている彼の首を指でなぞりながら、私は彼に謝った。


 本当にごめんね、恭一くん。

 でも私、君の首を絞める妄想を、現実にしたいと少しだけ思っている。


「……なんてね」

ふと、こういう妄想をしてしまうことがあります。

今度何かに使えるかな、とも思っています。

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