僕と桜
そういう訳で、今に至る。
どうやら、私は生きることより活きることを選んだらしい。阿呆らしく素晴らしい。
今、この瞬間、生涯を終えることを悟った。あっさりと…。
「ああ、こりゃ駄目だ」
何故かそこには余裕があった。
「くそったれ」
マスクを装着した口から、聞きとり難く言う。
ただ、天井だけを見詰めて…。こう続けた。
「死んでたまるか。消されてたまるか。私の体の使える所は、全て他の奴の為に提供してくれ。出来ることなら彼女に捧げたいが、もう満足だろう、彼女も…」
誰に向かって言ったのか分からない。長い静寂が病室を包む。
不意に、桜の花びらが一枚私の頬を撫でた。風はおろか窓さえ開いていないのに…。何かを決心し吹っ切れた様子で私は言う。
「感謝する。君のお陰で彼女に会えた…彼女に会えて良かった。何の変哲もない日常を送り生ける屍となるよりも、何倍も楽しく、幸福だっただろう。桜の木に感謝する。」
言い終わると、とてつもない眠気に包まれた。
目を閉じると、美しい何本もの桜が見えた。盛大に、まるで雪のように散っている。闇のなか、桜だけがくっきりとその色を主張している。あの桜に、近づこうと歩み寄る。まだ足はあるらしい、一歩一歩桜の本へ歩いて行くのが嬉しかった。
あの桜の下に、彼女がいる。
それと、僕の見知らぬ少女がいる。僕達より年の若い、綺麗な瞳の少女である。
挨拶と自己紹介を簡単に済ませてから、3人であの桜を取り囲み花見をする。
[てーべー]のせいで酒が飲めなかったのだ。二人に日本酒を勧めてみる。両者ともに、
「未成年」という言葉を巧みに遣われ、断られる。僕だって未成年だ。
聞くところによると、彼女の名前は美春といい、手術前に麻酔を打った記憶を最後に、ここに迷い込んだらしい。
3人で語り合う時間はとても面白く、愉快である。
桜の花弁が、盃に舞落ちた。
桜吹雪が僕達を包む。あまりの美しさに、皆も立ち上がった。
吹雪は更に激しく僕達を魅せる。不意に、二人が
「ありがとう」と言った。なぜ感謝されたのか分からないが、ほくそ笑んでこう返す。
「どぉいたしまして」