回想
あれ?
俺は、なんでこんなところに居るのだろう?
大げさなマスクに大げさな人々。
呼吸が荒い。爪はぼろぼろになっていて、体中が痛い…。とっても強烈な眠けが、僕を包んでゆく…。
そうか、彼女の
「愛」は伝染ったのか…。
数年前、私は彼女と出逢った。生涯で初めて恋をした。
きっかけは…何だっただろう?
確か…。いつだかの春、私は知人の見舞いに来たついでに、近くの公園で桜を眺めていた。
程なくして桜の美しさに圧倒され、ベンチに座っていた…。
そこに、肌の白い少女が私の隣に座った。長めの黒髪と何もかもを浸透させてしまうようなその瞳に、私の感情は壊れ、理性は遥か遠くへ行ってしまった。
二つの存在は、僕の世界を鮮やかに染めてくれた。僕の世界を寒帯から温帯に変えた。四季を作ってくれた。
昼の陽は心地良い暖かさで、僕らにスポットをあてる。
木は優しく青空と手を繋いでいた。花びらが粉雪の様に降り注ぐ。それでもまだ手を繋ごうとする。木は枝を伸ばして…。
両者に見とれ、視界が定まらない私を彼女は心配したらしい。本が手から滑り落ちた瞬間に「大丈夫ですか?」と尋ねられた。その時発展した会話から彼女と親しくなったのだが、会話の内容は覚えていない。ただ取るに足らない、些細で下らないことの連続だった気がする。けれども、面白くて楽しかった。
その後、何回も彼女に逢いたくなった。何回も逢った…。
逢う度に言葉では表現出来ない感情が私を包み込んだ。それ故か、心が締め付けられ、その所為か私の身体も随分重くなってゆく様に感じられた。その時は一緒にいることがただ楽しくて…、嬉しくて…。
彼女が隔離されることを自身の口から告知したのは1年程前だった。彼女は感染症に侵されていたのだ。
「やっぱり」。それがその時私の口から飛び出た第一声だった。明らかに彼女の咳はおかしかったし、吐血もしていた。
よくいう台詞だが、薄々は気付いていた、ただ認めたくなかっただけだ。私は彼女を感染だと差別し隔離したくなかった。
「聞いてください、世間の皆様の為に彼女は隔離されました…。」
それでも、会うことを止めなかった。彼女はあらゆる差別や偏見を糧にしてよりいっそう美しく、愛狂おしくなっていく気がした。
仕方なかった…。この上なく彼女を愛していたし、独りよがりかもしれないが、私も彼女に愛された。
学生である私は、いつものように放課後、彼女と密会することに頭を一杯にしながら登校しようとした。玄関に差しかかったあたりで世界が回転した。2・3回軽い咳をした。口に当てた手に付いた血の色だけは鮮明に覚えている。
「この色をそのまま絵の具にすることはできないものか?」
確か…、そんなことを考えながら自分を見失った気がする。あの赤をそのまま色で表現できたならもっと多くの人に、色々なことを伝えることが出来るのに…。今でもそう思う。
窓の外には雪が積もっていた。この真っ白く冷たいキャンパスに、あの赤を使って絵を描きたいと考えていたはずだから、冬だったのだろう。