第3話:異世界からの誤発注(聖女召喚)
世界デバッグ部(旧・理科準備室)に、新たな問題が発生していた。
それは「彩り」の欠如である。
「……むさ苦しい」
放課後の部室。
社長の椅子にふんぞり返る天道アキラは、不愉快そうに室内を見渡した。
そこにいるのは、
一、パソコンに向かってカタカタと不気味な音を立て続ける根暗ハッカー少年。
二、お茶を淹れることと帳簿をつけることしか考えていない元社畜OL(私)。
以上である。
「華がない。決定的に華がないぞ、このクソゲーは!」
アキラがバン! と机を叩いた。
私は淹れたての紅茶をサーブしながら、冷静に応対する。
「華、でございますか。生花でも飾りますか?」
「違う! 俺が言っているのは『ヒロイン』だ! 学園ものといえば、ドジっ子、妹キャラ、あるいは謎の転校生だろ! なんで俺の周りには、機能性重視のNPCしかいないんだ!」
(機能性重視……褒め言葉として受け取っておこう)
私は心の中で苦笑した。
確かに、私(悪役令嬢)は可愛げがないし、シキに至っては会話すら成立しない。
エンタメ性を求めるアキラ社長にとっては、退屈な職場環境だろう。
「おい、運営。聞こえてるか」
アキラが天井(虚空)に向かって呼びかける。
嫌な予感がした。彼が「運営」に直訴する時、ロクなことは起きない。
「今すぐ『SSR級の美少女』を実装しろ。属性は……そうだな、この世界観にはない『ファンタジー要素』がいい。聖女とかだ。今すぐだ。ドロップ率は一〇〇%に固定しろ」
彼が右手を高々と掲げ、空間を掴むように握りしめる。
「ガチャ、回すぞ!!」
バリバリバリッ!!
部室の天井が、物理的に裂けた。
雷のような閃光と共に、裂け目から「何か」が降ってくる。
「きゃあああああああッ!?」
悲鳴と共に落下してきたのは、フリル満載の白いドレスに身を包んだ、金髪碧眼の美少女だった。
彼女は私の目の前のテーブルにド派手に着地し、ティーカップを吹き飛ばしながら尻餅をついた。
「い、痛たた……ここはどこ? 私、魔王軍に追われていて、召喚魔法陣が暴走して……」
少女は目を白黒させている。
私はこめかみを押さえた。
間違いない。本物だ。
アキラの無茶振り(ガチャ)によって、異世界から本物の「聖女」が誤発注(召喚)されてしまったのだ。
「……ほう」
アキラが、値踏みするような目で少女を見下ろした。
「金髪、碧眼、世間知らずそうな顔。……悪くないテクスチャだ。合格だ」
「あ、あの! 貴方は……? ここはどこの国ですか?」
「ここは『世界デバッグ部』だ。そしてお前は、今日から俺の『マスコット』として採用された。光栄に思え」
「え? マスコット? あの、私、元の世界に帰らないと……!」
少女が立ち上がろうとする。
しかし、アキラは冷徹に言い放った。
「帰還コマンドは未実装だ」
「えっ」
「俺が飽きるまで、お前はこの部室の備品だ。……おいキョウコ、衣装を変更しろ。そのドレスはポリゴン数が多くて邪魔だ」
アキラは床に落ちていた段ボール箱を私に投げ渡した。
中に入っていたのは、どこから調達したのか、ひらひらの「メイド服」だった。
「ちょ、社長!? これはさすがに……!」
「なんだ? この部室には『萌え』が必要なんだよ。さっさと着替えさせろ。これは業務命令だ」
アキラの目が青白く光る。
逆らえば、世界が消える。
私は震える少女――愛ヶ崎リリの肩を抱き、小声で囁いた。
「(ごめんなさいね、リリさん。殺されるよりはマシだと思って、少しだけ付き合って)」
「(ひぐっ……お、お姉さま……怖いよぉ……)」
◇
一〇分後。
メイド服に着替えさせられたリリは、部室の隅で小さくなっていた。
「うぅ……恥ずかしいです……こんな破廉恥な格好……」
「素晴らしい! やはり萌えキャラにはメイド服だ!」
アキラはデジタルカメラ(どこから出した?)を構え、リリを激写している。
完全にパワハラである。いや、異世界人拉致監禁事件である。
しかし、ここで正義感を振りかざしてアキラを止めれば、彼は癇癪を起こし、リリごと世界をリセットするだろう。
私がやるべきは、このカオスな状況を「管理」し、リリの精神崩壊を防ぐことだ。
「……社長。撮影はその辺になさってください」
私はアキラとリリの間に割って入った。
「被写体のストレス値が限界を超えると、表情グラフィックが崩れます。品質管理の観点から、休憩を提案します」
「む。……一理あるな。美少女は笑顔でなくてはならん」
アキラはカメラを下ろした。
私はすぐにリリをソファに座らせ、とっておきの茶葉で淹れたロイヤルミルクティーと、有名パティスリーのクッキーを差し出した。
「さあ、リリさん。甘いものを食べて落ち着いて」
「……あ、ありがとうごじゃいます……」
リリは涙目でクッキーを齧った。
その瞬間、彼女の瞳が輝いた。
「! おいしい……! なんですかこれ、マナが回復していくような……」
「ふふ、私の実家(公爵家)御用達のお菓子よ。お口に合ったかしら?」
「はい! お姉さま、すごいです!」
リリの顔に赤みが戻る。
単純でよかった。チョロい聖女様だ。
私は彼女の頭を優しく撫でた。
「リリさん。今は戸惑うと思うけれど、ここは『異文化交流の研修先』だと思ってちょうだい。私が必ず、貴方が快適に過ごせるようにサポートするから」
「研修……? わかりました。私、お姉さまの言うことなら信じます!」
リリは私にすがりつくように抱きついてきた。
どうやら、吊り橋効果もあってか、完全に懐かれてしまったようだ。
可愛い。
殺伐とした社畜生活において、この小動物のような可愛さは癒やしだ。私は彼女を全力で守ろうと心に誓った。
そんな私たちの様子を、アキラが離れた場所からじっと見ていた。
私はハッとした。
まずい。彼のお気に入りの「玩具」を独占してしまった。機嫌を損ねたか?
「……申し訳ありません社長。つい、新人教育に熱が入ってしまいまして」
私は慌てて離れようとした。
だが、アキラはつまらなそうに鼻を鳴らしただけだった。
「フン。まあいい。そのNPCの管理はお前に任せる」
「えっ? よろしいのですか?」
「ああ。所詮は鑑賞用だ。中身(AI)はポンコツそうだしな」
アキラは興味を失ったように、自分のカップを手に取った。
そして、私が淹れたミルクティーを一口啜り、満足げに目を細めた。
「……やはり、お前の淹れる茶は悪くない」
「は?」
「メイド服のNPCなんぞより、お前の『業務』の方が、俺にとっては余程価値があると言っているんだ」
アキラは不敵に笑い、空になったカップを私に突き出した。
「おかわりだ、キョウコ。茶葉の配合はさっきと同じにしろよ」
「…………承知いたしました」
私はポットを手に取りながら、複雑な気分になった。
聖女(SSR美少女)よりも、私(元社畜)の淹れたお茶の方がいい、と?
それはつまり、「お前は一生、俺の給湯係だ」という死刑宣告ではないか。
「あの……お姉さま?」
リリが不安そうに私の袖を引く。
「あの黒い人……社長さんは、私のこと嫌いなんでしょうか?」
「いいえ、違うのよリリさん」
私は苦笑して、小声で答えた。
「あの人はね、ただの『性能厨(ガチ勢)』なのよ。可愛さよりも、実用性を愛しているだけ」
「???」
リリは首を傾げた。
まあ、それでいい。
こうして、世界デバッグ部に「マスコット兼・癒やし枠」として、異世界聖女のリリが加わった。
彼女が時折、「聖女の祈り!」とか叫んで部室の備品を浄化(消滅)させそうになるのを止める業務が増えたが、まあ、アキラのバグに比べれば可愛いものだ。
だが私はまだ知らなかった。
この「異物混入」が、アキラの精神に予期せぬエラー……「嫉妬」という感情を書き込みつつあることを。
(第3話 終わり)
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