第6話『格差社会のバラエティ』
テレビ局のスタジオというのは、現代における「公開処刑場」だ。
無数の照明機材が天井から吊り下げられ、逃げ場のないほどの光量が私たちに降り注ぐ。
その光は肌の粗、メイクのヨレ、そして「芸能人としてのオーラ(格)」の有無を、残酷なまでに暴き出す。
「本番、5秒前ー! 4、3⋯⋯」
フロアディレクターのカウントダウンが響く。
ゴールデンタイムの人気バラエティ『芸能界の裏側SP』のひな壇。
私たち『ピュア・パレット』は最後列の端、通称「見切れ席」に座らされていた。
隣に座るリカとミナの呼吸が浅い。
無理もない。彼女たちはド素人に毛が生えた程度の地下アイドルだ。こんな煌びやかなセットと、周りを囲む一流芸能人たちの圧力に当てられ、既に顔面蒼白になっている。
厚塗りしたファンデーションが、緊張の脂汗で浮き上がり、照明の熱でドロドロに溶け出しそうだ。
対して、私は涼しい顔でカメラのタリーランプ(赤いランプ)を見つめていた。
(ふふん。今日のスタジオの照明温度は事前に調査済みだ。この強烈な白色光の下で最も映えるよう、ベースメイクには偏光パール入りのストロボクリームを仕込んである)
私の肌は、光を反射して内側から発光しているように見えるはずだ。
汗も計算済み。首筋に霧吹きでかけた水滴が照明を受けてダイヤモンドのように輝く。
隣で脂ぎっている二人とは、もはや「解像度」が違う。
「さあ始まりました! 今夜も芸能界の闇を暴いていきましょう!」
MCを務めるのは、芸能界のドンと呼ばれる大御所司会者、松平だ。
彼の眼光は鋭い。スタジオを見渡すその目は瞬時に「数字(視聴率)を持っている奴」と「ただの数合わせ」を選別する。
彼の視線が、ひな壇を舐めるように移動し――私のところでピタリと止まった。
「おっ? 君、最近ネットで騒がれてる子だよね? 泥だらけで歌ってた⋯⋯天使ちゃん?」
来た。私は座ったまま、花が咲くように弾けてみせた。
「はいっ! 『ピュア・パレット』の天宮アイです! 見つけてくださって嬉しいです~!」
両手を小さく振る。
スタジオの大型モニターに私の笑顔がドアップで映し出される。
観覧客から「かわいいー!」という黄色い歓声が上がる。
松平は満足げに頷き、そして――残酷なほど自然な動作で、私の隣にいる二人へ視線を流した。
「で、その後ろの二人は⋯⋯アイちゃんの荷物持ちか何か?」
ドッ、とスタジオが爆笑に包まれる。
乾いた、残酷な笑い声。「荷物持ち」そのワードの殺傷能力は抜群だった。
リカとミナの顔が引きつる。笑わなきゃいけない。バラエティだから。
でもプライドが邪魔をして、頬の筋肉が痙攣している。
「あ、あはは⋯⋯違いますよぉ⋯⋯」
ミナが消え入りそうな声で否定するが、マイクにすら拾われていない。
松平はもう二人に興味を失っている。彼の仕事は「美味しい素材」を料理することであって、鮮度の悪い食材に関わることではないからだ。
ここだ。ここで私が「そんなことないですよ!」と普通に否定しても、ただの優等生コメントで終わる。もっと、二人に「致命傷」を負わせつつ、私の「聖女性」を際立たせるムーブが必要だ。
私は慌てて立ち上がり、手をブンブンと横に振った。
「ち、違います松平さん! 誤解しないでくださいっ!」
必死な形相。瞳には涙を溜める(目薬は直前に差した)。
「リカちゃんは、私なんかよりずっと歌が上手くて、高音なんて突き抜けるみたいに綺麗なんです! それにミナちゃんはダンスリーダーで、いつも私の下手なダンスを根気よく教えてくれて⋯⋯! 二人は、私の憧れのお姉ちゃんなんです!」
一息にまくし立てる。スタジオの空気が一瞬「お、おう⋯⋯」と引く。
松平がキョトンとした後、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた。
「へぇー。歌とダンスが上手い、ねぇ」
松平の目が言っている。『嘘つけ、そんなオーラ全くないぞ』と。
そして、その冷ややかな空気はそのままリカとミナへの「無言の圧力」となって降り注ぐ。
ハードルが上がってしまったのだ。
ここで「じゃあ歌ってみてよ」と振られたら、リカの実力では公開処刑になる。振られなければ「見せる価値もない」と断定されたことになる。どちらに転んでも地獄。
「君さぁ、随分と謙虚だねぇ。普通、センターなら『私が一番です!』って前に出るもんでしょ?」
松平が感心したように言う。私は胸の前で手を組み、儚げに首を振った。
「いえ⋯⋯私は、みんながいてこその『ピュア・パレット』ですから。私一人の力なんて、本当にちっぽけで⋯⋯。二人が支えてくれるから、私はステージに立てているんです」
ポロリ。計算通り、左目から一筋の涙がこぼれ落ちる。
モニターがその美しい涙を鮮明に映し出す。
「おおーっ⋯⋯!」
「なんていい子なんだ⋯⋯」
「健気すぎる⋯⋯」
スタジオ中が感動の空気に包まれる。
共演者のタレントたちも「今どき珍しい」「応援したくなる」と口々に褒めそやす。
――これで構図は完成した。
『才能はあるが謙虚で仲間想いな聖女・アイ』と、
『才能もなく華もなく、聖女におんぶに抱っこの無能なメンバー』。
全国放送の電波に乗せて、絶対的な格差が確定した瞬間だ。
(くくく⋯⋯。見たか、この鮮やかなムーブ! 私が庇えば庇うほど、お前たちの惨めさが際立つ! 「何もできないくせに聖女に気を使わせている足手まとい」というレッテルは、一生剥がれないぞ!)
私は涙を拭うフリをして、横目でチラリと隣を見た。
リカは、膝の上で握りしめた拳が白くなるほど震えていた。
ミナは、虚ろな目で宙を見つめている。
そしてCMに入った瞬間。
スタジオの照明が落ち、セットが薄暗くなったその時。
私の優れた聴覚が、隣からの小さな呟きを拾った。
「⋯⋯いい子ぶって⋯⋯」
リカだ。彼女はモニターに映っていた私の「泣き顔」を睨みつけるように、呪詛を吐き出した。
「殺してやる⋯⋯」
ゾクリ。背筋に走る戦慄。
恐怖? まさか。これは快感だ。
(ッシャアアアアアッ!! 頂きました殺害予告ゥ!! その殺意! そのドス黒い憎悪! 待っていたぞリカァ!)
私は思わず口元が緩みそうになるのを、手で覆って隠した。
「泣いて顔を隠している」と思われているだろうが、実際は笑いが止まらないのだ。
無能な人間が抱く劣等感ほど爆発力のあるエネルギーはない。
彼女たちのプライドは今、ズタズタに引き裂かれた。しかも私の「善意」によって。
これでもう、引き返せない。彼女たちは私を「仲間」ではなく「排除すべき敵」として認識したはずだ。
◇
収録後の楽屋は、お通夜よりも静かだった。
いや、お通夜には故人を偲ぶ温かさがあるが、ここには絶対零度の冷気しかなかった。
カチッ。シュッ。
メイク落としの蓋を開ける音。ティッシュを引き抜く音。
それだけが不気味に響く。
いつもなら「今日のMCかっこよかったねー」とか「あそこの返し失敗したー」とか騒いでるはずの二人だが、今日は一言も発しない。
私の方を見ようともせず、鏡越しに私を「いないもの」として扱っている。
私は鏡の中で自分の顔を見つめながら、丁寧にメイクを落としていく。
発光肌を作っていたパールが拭き取られ、素肌が現れる。
その素肌の下で、私の魂は高笑いしていた。
(無視、結構。シカト、上等。その沈黙こそが、私の計画が順調に進んでいる証拠だ)
田所が気まずそうに楽屋に入ってきた。
「お、お疲れー。⋯⋯アイ、今日のあのコメント、良かったぞ。反響すごいし」
空気を読めない発言。
ピキッ、とリカの手元でプラスチックのケースが軋む音がした。
田所はビクリとして「あ、えーと、車回してくるわ!」と逃げるように出て行った。
残されたのは私と私を憎む二人。この窒息しそうな閉塞感で針の筵、全然ウェルカムだ。
私は脳内で敬愛する西園寺レイコ様の言葉を反芻する。
『無能な味方は敵よりも厄介だわ。⋯⋯だけど、その無能さが暴走した時、初めて使い道が生まれるのよ』
かつてゲーム内でレイコ様が放った名言、そうリカとミナは今までただの「足手まとい」だった。
だが今日、明確な「殺意」を持ったことで、彼女たちは私の物語を盛り上げる「悪役」へと進化したのだ。
(さあ、もっと憎め。もっと嫉妬しろ。その汚い感情が頂点に達した時⋯⋯お前たちは必ず私を裏切る。罠を仕掛けるか、スキャンダルを売るか、あるいは物理的に突き落とすか⋯⋯)
私は化粧水を肌にパッティングしながら、鏡の中のリカと目が合った。
般若のような形相で、私を睨みつけていた。
私はすぐに視線を逸らし、怯えたように小さく肩を震わせてみせる。
「⋯⋯⋯⋯」
リカは舌打ちをして、乱暴にバッグを掴んで立ち上がった。
ミナも無言で続く。
バタンッ!!
ドアが壊れそうな勢いで閉められた。
一人残された楽屋。私はゆっくりと立ち上がり、二人が出て行ったドアに向かって、優雅にお辞儀をした。
「お疲れ様でした。⋯⋯ふふっ」
抑えきれない笑い声が漏れる。
格差社会のバラエティ。
今日の収録で私は「国民的アイドル」への階段をまた一つ登り、同時に「泥沼の裏切り劇」へのチケットを手に入れた。
次はどんな地獄が待っているのか。
楽しみで、肌がツヤツヤになりそうだ。




