第33話『【掌返し】世界が私たちを祝福している【ネットの反応】』
涙の記者会見から一夜が明けた。
私の城である社長室奥の倉庫には、いつもとは違う甘美な香りが漂っていた。
普段ならコンビニのポテチと炭酸飲料が散乱しているスチールラックの上には、桐箱に入った高級マカロンと淹れたての紅茶が鎮座している。
レイコ様からの「昨日はよくやった」という差し入れ(ご褒美)だ。
一粒500円はくだらないピエール・エルメのマカロンを口に放り込むとサクッとした食感の後、濃厚なクリームの甘さが脳髄を直撃する。
「⋯⋯んん~っ! 勝利の味!」
私は椅子の上でくるりと回転し、タブレット端末を起動した。
昨日の今日だ。日本中、いや世界中の「正義マン」たちがどのような反応を示しているか。
あの完璧なシナリオ(嘘)をどう咀嚼し、消化したのか。
「さあ、見せてもらおうか! 愚民どもの華麗なる掌返しを!」
私はニヤリと笑い、お気に入りの巨大掲示板まとめサイトを開いた。
◇
【謝罪会場】西園寺社長、ごめんなさい。あなたは神でした【土下座】Part999
スレッドタイトルを見た瞬間、私は紅茶を吹き出しそうになった。
『ごめんなさい』だって。素直でよろしい。
パート999という数字が議論の過熱ぶりを物語っている。
***
1: 名無しさん
ワイ、全力で西園寺社長を叩いてたけど、昨日の会見見て泣いた
あれは虐待じゃなかった⋯⋯『魂の救済』だったんや
西園寺レイコ様、本当に申し訳ありませんでした(土下座)
25: 名無しさん
「私の所有物になれ」=「他の奴には指一本触れさせない」
この翻訳、震えたわ
言葉は乱暴だけど、究極の愛だよなこれ
身寄りのない少女を守るために、自分が泥を被って悪役を演じてたとか⋯⋯聖女かよ
48: 名無しさん
首輪とリードの件も納得した
パニック障害とかトラウマ持ちの子って、物理的に拘束されてる方が安心することあるんだよな
「繋がれてる」=「見捨てられてない」っていう確認作業
それを理解して深夜の散歩に付き合ってあげる社長、器がデカすぎる
88: 名無しさん
プロデューサー視点でも天才的だわ
かつて「天使」と呼ばれて汚された少女を、あえて「闇の歌姫」として再生させる
トラウマすらエンタメに昇華させて、生きる場所を与えてる
西園寺レイコ、一生ついていきます
150: 名無しさん
おい、昨日まで「#FreeAi」とかタグ作って騒いでた奴ら息してる?
解放しちゃダメなんだよ
あの檻こそが、アイちゃんにとっての安息の場なんだよ
***
「っはー! 正解! 大正解!」
私はマカロンの粉を指で弾きながら、画面に向かって拍手を送った。
(特に25番の解釈! それ、私も会見で喋りながら「天才か? このロジック完璧すぎないか?」って自画自賛してたわ!)
「所有=保護」この歪んだ等式が私の凄惨な過去(笑)というスパイスを加えることで、美しい美談として成立してしまった。
世間は今、レイコ様を「少女を奴隷として扱う冷酷な女帝」から「不器用で愛の深い守護者」へとジョブチェンジさせている。
レイコ様の株価は反転ストップ高。飼い犬の鼻も高いというものだ。
私の主人は、やはり世界から称賛されるべきお方であるからして。たとえその称賛が私のついた大嘘の上に成り立っているとしても。
◇
次は私自身の評価についてのスレだ。あの涙の告白がどう受け止められたのか。
Aiちゃんの過去が壮絶すぎて言葉が出ない Part56
***
12: 名無しさん
昨日の会見、思い出すだけで泣けてくる
施設育ちで、親も知らなくて、コネもなくて⋯⋯
そりゃ悪い大人に狙われるわな
芸能界の闇深すぎ
30: 名無しさん
あのパパ活疑惑写真の真相、エグすぎないか?
「接待」って言葉で濁してたけど、あれ睡眠薬盛られて⋯⋯ってことだよな?
記憶がないとか、隣に知らない男がとか⋯⋯
吐き気がする。アイちゃんがどれだけ怖かったか想像するだけで辛い
55: 名無しさん
ハヤトがああやって近づいた時、アイちゃんが異常に怯えてた理由がやっと分かった
男性恐怖症確定だわ、これ
男=自分を傷つける存在って刷り込まれてるんだ
ハヤトの大声とか強引なスキンシップとかトラウマ直撃だったんだろうな
72: 名無しさん
そんなボロボロのアイちゃんが、唯一心を許したのが西園寺社長
「社長なら安心できる」って言ってた時のあの目、見たか?
全幅の信頼を寄せてた
性別を超えた愛⋯⋯尊い(語彙力消失)
108: 名無しさん
もう男はアイちゃんに近寄るな
半径5メートル以内立ち入り禁止にしろ
彼女に触れていいのは西園寺社長だけだ
***
「うんうん、その調子。国民総意で『接触禁止令』出してくれ」
私は満足げに頷いた。
(これで今後、私がどんなイケメン俳優と共演しても、塩対応したり怯えたりするだけで「トラウマだから仕方ない!」「無理させんな!」って擁護してもらえる。無敵の防壁ゲットだぜ!)
「男性恐怖症」という設定は、私の奴隷ライフを守るための最強の盾となる。
恋愛スキャンダル? ありえない。だって私は男が怖い設定だから。
この設定がある限り、私は公然とレイコ様だけに愛を注ぐことができるのだ。
神崎ハヤト君、君の「悪質なストーカー行為(という名の誤解)」のおかげで、この設定に信憑性が増したよ。
改めて感謝する。君の犠牲は無駄じゃなかった。
◇
さて、ここからが本番だ。
ネット民のエネルギーは「感動」だけでは終わらない。
必ず「敵」を見つけ出し、焼く尽くすまで止まらないのが彼らの習性だ。
Aiを嵌めた前の事務所と黒幕を特定するスレ Part18
***
1: 名無しさん
Aiちゃんの涙を無駄にするな
彼女をあそこまで追い詰めた元凶、および今回の動画流出の犯人を特定するスレ
情報求む
5: 名無しさん
パパ活写真流出させたのって結局その犯人なの? なにうえ?
10: 名無しさん
>>5
そんなのもとからアイを潰すつもりだったからに決まってるだろ
レイプした上に破滅させて⋯⋯社長に拾われてなかったら今頃どうなってたか⋯⋯
22: 名無しさん
前の事務所、既に倒産してるけど経営陣は金持ってトンズラしてるらしいな
当時の社長の名前と顔写真、割れたわ(リンク)
45: 名無しさん
パパ活の時といい今回の動画流出、人気絶頂を狙ったかのようなタイミング
Aiとエンパイアを潰して得する奴⋯⋯
最近、Aiちゃんのパクリみたいなアイドル出した事務所あったよなぁ?
50: 名無しさん
『ギャラクシー』の東条サキだろ、西園寺社長と犬猿の仲なのは業界では有名だぞ
あそこ、新人の『アリス』をごり押ししてるけど、Aiちゃんに公開処刑されて人気ガタ落ち中
逆恨みでエンパイアを潰しにかかった説、濃厚じゃね?
68: 名無しさん
俺、業界関係者なんだけど、ここだけの話。
前の事務所の社長と東条サキ、昔から繋がりあるよ。
飲み会で一緒に写ってる写真見つけた(画像)
78: 名無しさん
うわマジじゃん! 最初から組んでアイちゃんハメようとしてたんだな
80: 名無しさん
許せねぇ! ギャラクシー潰すぞ!
91: 名無しさん
ギャラクシーは前から黒い噂耐えないからな、今回はガチで追い込めるんちゃう
99: 名無しさん
確定演出キタコレ
・アイちゃんを接待という名の地獄に落とした元事務所
・それをネタにアイちゃんを破滅させ奴隷にしようとしていた東条サキ
・西園寺社長に邪魔されたので、エンパイアの監視カメラ映像を盗んで流出させ潰そうとした
これで全部繋がったな
よっしゃ、凸るぞ。アイちゃんの流した涙の分まで燃やし尽くせ
***
「おっ、特定班が仕事してるねぇ~」
私はニチャア⋯⋯と邪悪な笑みを浮かべた。なにやら私の知らないストーリーがまた出来上がっている。
もちろん、これらの情報のいくつかは私が裏で雇った「何でも屋の佐藤さん」を通じてリークしたものだが、火に油を注いでいるのは間違いなく一般のネットユーザーたちの正義感だ。
(東条サキ、終わったな)
私の頭の中であのおばさんの派手な厚化粧が崩れ落ちる様が再生される。ネットの正義マンを敵に回したら、もうこの国でまともな商売はできない。
スポンサーへの電凸、不買運動、過去の悪事の掘り起こし「エンパイアを潰す」なんて野望を抱いた代償は、彼女自身の破滅という形で支払われることになる。
「ざまぁみろ。レイコ様に喧嘩を売った報いだ。南無三!」
私は最後の一口の紅茶を飲み干し、タブレットを閉じた。
完璧だ。私の周りの障害物はすべて「勝手に」自滅していった。
私が手を汚すことなく、私のついた「美しい嘘」が世界を書き換えてしまったのだ。
◇
ガチャリ。
倉庫のドアが開く⋯⋯私は反射的に背筋を伸ばし、マカロンの箱を隠そうとしたが、入ってきたレイコ様の手には、追加の紅茶のポットが握られていた。
「⋯⋯何を騒いでいるの?」
レイコ様は私のニヤけきった顔を見て、呆れたように眉を上げた。
今日の彼女は、いつもの戦闘服だが、その表情には以前のような張り詰めた緊張感はない。
憑き物が落ちたような、清々しい覇気を纏っている。
「い、いえ! ただ、嬉しくて⋯⋯!」
私は満面の笑みで答えた。演技ではない心からの歓喜だ。
「世界が、私たちの『愛』を祝福しているのが見えたので!」
「愛、ね。⋯⋯都合のいい言葉」
レイコ様はポットをテーブルに置き、私の隣のパイプ椅子に腰掛けた。
そしてふっと柔らかく笑った。
「でも悪くないわ。⋯⋯世間が私を『聖女』と崇めるなら、利用できるものは利用してやるまでよ。株価もV字回復したし、新しいスポンサーもついた」
彼女は私の頭に手を置き、ワシャワシャと撫でた。
「調子に乗るんじゃないわよ、アイ。これからもっと忙しくなる⋯⋯私が築く新しい帝国の、象徴として働いてもらうんだからね」
その言葉はどんな甘いマカロンよりも私の心を満たした。
象徴、つまり私はこれからもずっと彼女の一番近くで、彼女のために輝き続けることを許されたのだ。
「はいっ!」
私は見えない尻尾をブンブンと振って答えた。
「どこまでもついて行きます、ご主人様! 地獄の果てまで、いいえ、世界の頂点まで!」
レイコ様は満足げに頷き、私のために新しい紅茶を注いでくれた。
その湯気越しに見える彼女の横顔は、まさしく世界を支配する女王のそれだった。
掌を返した世界。ひれ伏した敵たち。そしてより強固になった主従の絆。
最高のエンディング⋯⋯いや、これはまだ私たちの覇道のプロローグに過ぎない。
私は甘い紅茶を啜りながら、次なるステージに思いを馳せた。




