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第30話『本物と偽物(格付けバトル)』


 金曜の夜、20時。

 国内最大規模の生放送音楽番組『ミュージック・ステーション・SP』のスタジオは、極彩色の照明と熱狂的な歓声に包まれていた。


 ひな壇の最前列には今をときめくアーティストたちが並んでいる。その中でも一際異様な空気を放っているエリアがあった。


 上手(かみて)側には、フリルたっぷりのゴスロリ衣装に身を包み、眼帯と包帯で装飾された『アリス・イン・マッドネス』のアリス。

 そして下手(しもて)側には、漆黒のドレスと革の拘束具を纏い、死人のように微動だにしない私『Ai』。


 「ゴシック」と「闇」――似たようなコンセプトを持つ二組の直接対決。

 番組側も視聴率のために、あえて隣同士に座らせるという悪趣味な演出を仕掛けてきていた。


(⋯⋯香水がキツい)


 私は膝の上で手を組み無表情を貫きながら内心で毒づいた。隣のアリスから漂ってくるのは甘ったるいベリー系の香り。

 レイコ様の気高いチュベローズとは雲泥の差で安っぽい芳香剤のような匂いに、鼻が曲がりそうになる。


「さあ、続いては話題の新人、アリス・イン・マッドネスの登場です!」


 MCの紹介と共に、アリスが立ち上がった。

 彼女はカメラに向かって包帯を巻いた手首を見せつけながら、ペロリと舌を出した。


「みんなぁ~、アリスの血の色、見ててねぇ~♡」


 黄色い歓声が上がる。彼女はスキップするような足取りでステージ中央へ向かった。


 ◇


 曲が始まる。

 タイトルは『リストカット・ロマンス』。

 ポップでキャッチーなロックサウンドに合わせ、アリスが踊り出す。


 『痛いよ、痛いよ、でも好きぃ~』

 『赤い血が流れるたびにぃ~』


 歌詞の内容は陰惨だが彼女の表情はアイドルそのものだ。上目遣いでウィンクをし、スカートをひらりと翻す。

 「病んでる私、可哀想でしょ? でも可愛いでしょ?」という自己顕示欲が、脂っこい豚骨スープのようににじみ出ている。


 『貴方を感じるのぉ~、大好きっ!』


 最後の決めポーズ。指でハートを作り、眼帯をしていない方の目でバチコンとウィンク。

 会場からは「キャー!」「アリスちゃん可愛い!」という声援が飛ぶ。


 私はモニターを見ながら冷ややかな視線を送っていた。


(⋯⋯浅い。浅すぎる。水たまりかよ)


 彼女の表現している「闇」は結局のところ「アクセサリー」でしかない。

 可愛く見せるための装飾品でそこに痛みはない。絶望もない。ただのファッション。


 しかし世間の空気はアリス寄りになりつつある。ネットの実況掲示板では今も『アリスちゃん優勝』『やっぱアイドルはこうでなくちゃ』『Aiちゃんはちょっと怖すぎるんだよね』というコメントが流れていることだろう。


 東条サキが腕を組み、勝ち誇った顔をしているのが目に浮かぶ。

 きっと『見た? これが大衆が求めているものよ』と言わんばかりのドヤ顔に違いない。


 私はそんな妄想を振り払い舞台袖の暗がりに視線をやる、無表情のままのアイス・ドール、西園寺レイコ様が立っていた。


 レイコ様と目が合い――彼女は僅かに顎をしゃくった。


 『行け。殺してきなさい』


 無言の命令、私の首輪が熱く脈打った。


(御意。⋯⋯掃除の時間ですね)


 私はおもむろに立ち上がる。アリスが満足げな顔でひな壇に戻ってくるのと入れ替わりに、私はステージへと向かった。

 

「お先ぃ。⋯⋯先輩、顔怖いですよぉ?」


 すれ違いざまにアリスから小声の挑発、私は彼女を一瞥もしなかった。

 眼中にない私の視界に入っていいのはご主人様だけだ。


 ◇


 ステージの中央に立ち、照明が一気に落ちる。アリスの時のピンクや紫のポップなライティングとは違う。

 明滅する赤と深い青、不穏なノイズ音がスタジオの空気を振動させる。


 新曲『Chains ――鎖――』


 レイコ様が「今の貴女の心境そのものね」と笑って選んでくれた、重厚なインダストリアル・メタルだ。


 ズズン⋯⋯ズズン⋯⋯


 重いドラムが響く中、私はゆっくりと顔を上げてカメラを睨みつける。

 そこには媚びなど一切ない。「見てほしい」という承認欲求すらない。

 あるのは自分を縛る鎖への執着とそれを握る主への狂気的な渇望だけ。


 『縛り付けて⋯⋯逃がさないで⋯⋯』


 歌い出し――地を這うような低音、マイクを握る手に血管が浮き出る。


 『自由なんて毒薬――私は貴方の鳥かごでしか息ができない』


 アリスが歌っていた「好きぃ~」という甘ったるい言葉とは対極の重く、粘着質な愛の告白。

 私は自分の喉を掻きむしるような仕草で、声を張り上げた。


 『Chains!! きつく、もっときつく!』


 サビに入った瞬間、爆発的なシャウトが炸裂した。

 それは歌唱テクニックを超えた、魂の悲鳴。喉が裂けたって構わない。この声が、あの袖にいるレイコ様に届けば、それでいい。


(聞こえますかレイコ様! 私は貴女の鎖なしでは生きられない! 貴女の所有物であることだけが、私のアイデンティティなんです!)


 私は髪を振り乱し、ステージをのた打ち回る。

 スカートが舞い、ガーターベルトが露わになるが扇情的というよりは痛々しく、そして神々しい。


 『愛してくれなくていい⋯⋯ただ、所有(あい)して⋯⋯!!』


 高音のファルセットが、スタジオの天井を突き刺す。

 美しいけれど怖い。ガラスを爪で引っ掻いたような神経を逆撫でする美声。


 スタジオの空気が完全に凍りついた。

 観客たちはサイリウムを振るのを忘れ、口を開けて呆然としている。

 アリスの時に漂っていた「可愛い~」という弛緩した空気は瞬く間に真空パックされ、圧殺された。


 ここにいるのはアイドルではない。魔王に魂を売った本物の「怪物」だ。


 私はカメラ越しに、テレビの前の視聴者たちをねじ伏せる気迫で歌い続けた。

 

(見ろ! これが本物の「依存」だ! お前らの知ってる「メンヘラ」なんて、所詮はお遊戯なんだよ!)


 ラストフレーズで私はステージに跪き、虚空に向かって両手を差し伸べた。

 見えない鎖を掴むように。


 『⋯⋯離さないで⋯⋯ご主人様(マスター)⋯⋯』


 消え入るような吐息と共に曲が終わった。


 ◇


 シーン⋯⋯。


 拍手さえ起きない。あまりの衝撃に観客の脳が処理落ちしているのだ。

 数秒後、パラパラと戸惑ったような拍手が起こり、それが次第にどよめきへと変わっていく。


「す、すごい⋯⋯」

「なんだあれ⋯⋯」

「アリスちゃんと全然違う⋯⋯」


 MCが強張った顔でステージに上がってきた。

 

「あ、ありがとうございました⋯⋯Aiさんでした。⋯⋯いやぁ、すごい迫力でしたね」


 MCは額の汗を拭い、ひな壇の方へ話を振った。空気を変えようとしたのだろう。


「アリスちゃん、どうでしたか? 同じようなコンセプトを持つライバルとして」


 カメラがアリスを抜く――しかし、そこに映っていたのは先ほどの天真爛漫な笑顔のアリスではなかった。


 顔面蒼白になり、小刻みに震えている少女。目は泳ぎ、唇は引きつっている。


「え⋯⋯あ⋯⋯はい⋯⋯」


 アリスはマイクを向けられても、まともに言葉が出てこない。

 無理もない。「ファッション」で狂気を纏っていただけの一般人が目の前で「本物の狂気」を見せつけられたのだ。


 格の違い。覚悟の違い。自分がやっていたことが、いかに薄っぺらいママゴトだったかを突きつけられ、アイデンティティが崩壊しかけている。


「す、すごかったです⋯⋯。私なんかより⋯⋯全然⋯⋯」


 アリスは涙目になり、俯いてしまった。

 「病み可愛い」キャラクターなど完全に崩壊し、ただの「ビビっている子供」に戻ってしまっている。


 その姿を見て私は冷ややかに鼻で笑った。


(終わりだね。君のメッキは剥がれたよ)


 勝負あり。公開処刑完了だ。


 ◇


 一方、楽屋エリア。モニター越しにその光景を見ていた東条サキは、手に持っていたシャンパングラスを壁に叩きつけた。


 ガシャーン!!


 破片が飛び散り、高級な酒がカーペットを汚す。


「⋯⋯化け物が」


 サキはギリギリと歯ぎしりをした。アリスは終わった。あのパフォーマンスの後では何をしても「Aiの劣化コピー」と言われ続けるだろう。

 レイコが作り上げたあのお人形は予想を遥かに超える完成度だった。


「可愛げのない⋯⋯! 相変わらず、えげつないモノを作るわね、レイコ!」


 正攻法では勝てない。エンターテインメントとしての質で負けている以上、真っ向勝負は無意味だ。


 サキは引き出しから一通の封筒を取り出した。

 それは以前から大金を払って調べさせていたエンパイアの裏事情に関する調査報告書だ。


「⋯⋯いいわ。芸術点で勝てないなら、盤外戦で潰すまでよ」


 サキの瞳に粘着質な悪意が宿る。

 彼女は封筒の中身――数枚の写真と、ある映像データの入ったUSBメモリを確認し、口角を歪めた。


「最高傑作ですって? ⋯⋯そのお人形ごっこの中身が『とんでもなくおぞましい』ものだったと知れたら、世間はどう反応するかしらね?」


 サキはスマホを取り出し、部下に連絡を入れた。


「ええ、私よ。⋯⋯例のネタを使うときが来たわ。エンパイアのAiについて⋯⋯決定的なスクープよ」


 ステージの上の勝利は、新たな泥沼への入り口に過ぎなかった。

 格付けバトルは終わったが、本当の戦争はこれから始まろうとしていた。

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