第21話『【朗報】私の市場価値、ストップ高【ネットの反応】』
ライブから一夜明けた朝。
私の城である社長室奥の倉庫(兼寝室)は、いつになく爽やかな空気に満ちていた。
窓がないから朝日は入ってこないし、埃っぽいのは変わらないが、今の私の心は南国のビーチよりも晴れやかだ。
「ふふふ⋯⋯今日は『オフ』。つまり、レイコ様からの『放置プレイ』の日⋯⋯!」
今朝、出社してきたレイコ様は開口一番こう言った。
『昨日の反響が大きすぎるわ。世間が落ち着くまで、しばらく表に出ないこと。⋯⋯今日はここで大人しくしていなさい』
一般的に言えば「謹慎」や「軟禁」の類、私にとってはご褒美の休日であり愛の放置プレイである。
私はスチールラックの特等席に陣取り、給湯室からくすねてきたインスタントコーヒー(粉末)にお湯を注いだ。
ズズッ、と啜る。安っぽい味が今の私には最高に美味い。
「さーてと。愚民どもの反応はいかほどかな?」
私はニヤリと笑い、スマホとタブレットを二刀流で構え、インターネットの海へとダイブした。
◇
まずは巨大匿名掲示板からサーチする。昨日の今日だ、勢いは凄いことになっているはず。
【放送事故】ミュージック・フェス反省会会場 Part390【Ai降臨】
スレの消費速度が尋常じゃない。F5キーを連打する勢いでログが流れていく。
***
564: 名無しさん
昨日の放送マジで伝説回だったわwww
前半のピュアパレの放送事故からの、Ai降臨の温度差で風邪引くレベルwww
568: 名無しさん
ピュアパレは酷かったな。歌下手すぎ、ダンスバラバラ、顔引きつりまくり
あれ放送しちゃいけないやつだろ、なんで出演させたんだよ
572: 名無しさん
>>568
それな! でもその後のAiちゃんが全部持ってった
あの「Puppet」って曲、ヤバすぎない?
最初のウィスパーボイスで鳥肌立ったわ
580: 名無しさん
衣装特定した。あれ海外のゴスブランドの特注品っぽい
首輪はガチのレザー。拘束具専門店の商品と酷似してる
ソースは俺の性癖
583: 名無しさん
あの衣装はやり過ぎじゃないか首輪とか可愛そうだろ
露出も多くなってるし
585: 名無しさん
Aiちゃんの首輪⋯⋯いい⋯⋯拘束具をイメージしてるよね
歌詞も凄かった「愛なんていらない」「糸を引いて」って⋯⋯
事務所に言わされてる感ハンパないけど、その悲壮感が美しすぎて抜ける
591: 名無しさん
あの歌詞完全にSOSじゃね? エンパイアに搾取されてるアイちゃんの助けを呼ぶ声に聞こえる
602: 名無しさん
サビのシャウト「操って!!」のところマジで泣いた
あれは演技じゃない。魂の叫びだよ
芸能界の闇に押しつぶされて自我が壊れる寸前の悲鳴だ
***
「ぶふぉっ!」
私はコーヒーを吹き出しそうになった。
(チョロいwww お前らチョロすぎんだろwww)
私はタブレットの画面を指で弾きながら、独りごちた。
「SOS? 悲鳴? 違いますー! あれは『もっと強く縛って!』という愛のラブコールでーす! 首輪は拘束具じゃなくて福利厚生でーす! 勘違い乙!」
モニターの向こうで勝手に涙し、勝手に深読みしてくれるネット民たち。
彼らのその「美しい誤解」が、私の「悲劇のヒロイン」としてのバリューを爆上げしてくれている。
「闇堕ちした元天使」このキャラ設定は、どうやら一夜にして完全に定着したようだ。
◇
次は、もっとメシウマなスレに行ってみよう。
私の古巣に関するスレッドだ。
【速報】ピュア・パレット、活動休止発表www Part65
***
22: 名無しさん
ピュア・パレット、当面の活動休止を発表のコメント
「体調不良のため」とか言ってるけど昨日の放送事故で心折れたんだろwww
28: 名無しさん
ざまぁwww
アイちゃん追い出した報いだわ
昨日のステージ見て確信したけど、やっぱアイちゃんが本体だったな
あいつら、ただの付属品だったわ
45: 名無しさん
リカの顔見た? 嫉妬と恐怖で般若みたいになってたぞ
性格の悪さが顔に出すぎ
アイちゃんの「Puppet」聴いた後にあいつらの歌聴くと耳腐るレベル
60: 名無しさん
もう解散だろこれ
アイちゃんへのイジメ疑惑も再燃してるし、スポンサー降りるって噂もある
完全に終わったコンテンツ
77: 名無しさん
アイちゃんは魔王城で覚醒し、勇者パーティ(ピュアパレ)は自滅
どんなラノベだよwww
***
「くくく⋯⋯はーっはっはっ!」
私は膝を叩いて大笑いした。コンビニのパン(廃棄寸前の半額品)を齧りながら眺めるこのスレは、最高のおかずだ。
(おーおー、叩くねぇ。まあ、昨日のアレを見せられたら擁護不可能か。リカもミナもプライドだけは高かったからなぁ。ネットの書き込み一つ一つが、彼女たちのガラスのハートを粉砕してると思うと⋯⋯うーん特に何も思わない!)
私はモグモグとパンを咀嚼する。私という「踏み台」を失い、さらにその踏み台に遥か高みから見下ろされた無能たちの末路。ザマァという感情は、なぜこれほどまでに栄養価が高いのだろうか。肌ツヤが良くなりそうだ。
◇
さて、最後はSNSだ。トゥイッターのトレンドを確認する。
そこには少し気になるタグがランクインしていた。
トレンド4位:#FreeAi
トレンド5位:西園寺レイコ
(ん? なんだこれ?)
タップして内容を確認する。
そこには、私の推しであるレイコ様への、凄まじい風評被害が書き連ねられていた。
***
@justice_angel007
昨日のAiちゃんのステージ見て確信した。あれは洗脳だ。
西園寺レイコは悪魔か?
あんなまだ若い女の子に、あんな背徳的な格好させて、公開処刑みたいなことさせて⋯⋯
見てるこっちが辛かった。
#FreeAi #エンパイアを許すな
@idol_lover_x
エンパイアの女帝・西園寺レイコ。
噂には聞いてたけど、ここまで酷いとは。
アイちゃんの目は完全に死んでた。あれは絶望を受け入れた奴隷の目だ。
現代にこんな奴隷契約が許されていいの?
みんなで声を上げよう! アイちゃんを解放しろ!
@gossip_king
【拡散希望】
Aiちゃんの歌詞「首輪の跡」ってとこ、リアルすぎて吐き気した。
本当に虐待されてるんじゃないか?
警察動くべき案件では?
***
「はぁ!?」
私は思わずスマホに向かって声を荒らげた。
「『許すな』? 『解放しろ』? 何言ってんだこいつら!」
私は憤慨して立ち上がった。ふざけるな。レイコ様は私を雨の中から拾ってくださった女神だぞ?
奴隷契約? そうだよ! 私が望んでサインした終身雇用契約だよ!
洗脳? 違うね、これは「教育」であり「愛」だ!
「『#FreeAi』じゃないっつーの! 『#ForeverSlave(一生奴隷)』の間違いだろ! 勝手に解放運動すんな! 私はここ(倉庫)から一歩も出たくないんだよ!」
私は画面に向かって中指を立てそうになったが、ハッと気づいて手を下ろした。
(⋯⋯待てよ。落ち着け、天宮アイ)
私は冷静さを取り戻し、ニヤリと笑った。
(これは⋯⋯おいしい展開じゃないか?)
世間がレイコ様を「冷酷な悪女」「アイちゃんを支配する魔王」と認識すればするほど、私の「囚われの姫(被害者)」というポジションは強固になる。
レイコ様が悪役になればなるほど、私たちの「主従関係」という物語はドラマチックになり、市場価値は高騰するのだ。ひいてはレイコ様の利益に繋がる。
「いいぞ、もっとやれ。もっとレイコ様を恐れろ。⋯⋯ま、当のレイコ様は『愚民が騒いでるわね』くらいにしか思ってないだろうけど」
レイコ様の鋼のメンタルなら炎上すら薪にして暖を取るだろう。私は安心して再びスマホをスクロールし始めた。
――その時だった。
新たなトレンドワードが、急上昇ランキングに食い込んできた。
『神崎ハヤト、ブログ更新』
「⋯⋯あ?」
神崎ハヤト。今をときめく若手人気俳優。爽やかイケメンで「国民の彼氏」なんて呼ばれている光属性の塊のような男だ。そんな奴が、なぜ今トレンドに?
嫌な予感がして、そのブログ記事へのリンクをタップした。
***
タイトル:『雨上がりの空に願うこと』
(前略)
昨日の音楽特番を見ました。
ある一人のアーティストの歌声が、今も耳から離れません。
『Ai』さん。
かつて共演した時の彼女の笑顔と、昨日の悲痛な叫び。その落差に、胸が締め付けられる思いでした。
彼女は今、深い闇の中にいるのかもしれません。
もし、助けを求めているのなら⋯⋯僕は手を差し伸べたい。
泥にまみれた天使を、もう一度、陽の当たる場所へ連れ戻したい。
そう強く思いました。
(後略)
***
パサッ⋯⋯私はスマホを放り投げた。スマホは段ボールの山に吸い込まれ、虚しい音を立てる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
私は頭を抱えて絶叫した。
「なんだこのイケメン! 余計なことすんなああああああっ!!」
「手を差し伸べたい」? 「連れ戻したい」だぁ? 冗談じゃない! 大きなお世話だ!
私は今、人生で一番充実した「闇の中」にいるんだよ! 陽の当たる場所なんて紫外線が強いだけでロクなことないんだよ!
「何が『国民の彼氏』だ! 空気読めよ! この物語は『魔王様(レイコ様)×洗脳された元聖女(私)』の百合ダークファンタジーが始まったばかりなんだよ! そこに『正義の勇者(笑)』みたいな面して割り込んでくるな!」
私は倉庫の中をウロウロと歩き回り、髪をかきむしった。
これはまずい⋯⋯何しろ神崎ハヤトの発言力は強い。彼が動けば世論は一気に「アイちゃん救出作戦」へと傾きかねない。
もし、変な正義感を出してレイコ様に接触してきたり、私を説得しに来たりしたら⋯⋯。
(私の快適な奴隷ライフが脅かされる⋯⋯!)
新たな「邪魔者(光属性)」の出現。
私の市場価値がストップ高になったと思ったら、とんでもない招かれざる客まで引き寄せてしまったようだ。
「⋯⋯チッ」
私は盛大に舌打ちをした。倉庫の薄暗がりの中で、私の瞳はギラギラと燃え上がった。
「来るなら来いよ、爽やかイケメン。⋯⋯私が全力で『闇の深さ』を教えてやる。お前の薄っぺらい正義感ごと、返り討ちにしてやるからな!」
私は段ボールの中からスマホを回収し、再び画面を睨みつけた。
戦いの予感がする。私の「檻」を守るための聖戦の予感が。
次回、『光の勇者 vs 闇堕ち奴隷』デュエルスタンバイ!




