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第三話 絶倫探偵事務所と春のつくし大作戦 ~謎の大量摘み取り事件~

春の陽気が心地よいある日。

事務所の窓を開け放つと、近くの公園から子供たちの笑い声が聞こえてくる。

俺――行雄は、ソファに寝転がってスマホをいじっていた。

「はあ、最近依頼が少ねえな。みんな春だから浮かれてんのか?」

玲奈はデスクでコーヒーを飲みながら、帳簿をチェック中。

「行雄さん、それはあなたが『絶倫対応可』って勝手に看板に書いたせいですよ。まともな依頼が来なくなった」

「いやいや、下ネタは俺の個性だぜ? ほら、玲奈だって俺のジョークで毎日笑ってるだろ」

「笑ってません。鞭で叩いてるだけです」

バシッと空を切る音。今日は鞭持ってるらしい。

淫子は床に座ってノートパソコンを開き、何やら熱心に検索中。

「ねえねえ、みんな! 春ってすごいね! 土手とか公園に『つくし』がいっぱい生えてるんだって! 可愛いし、食べられるんだよー」

忠志はいつもの席で本を読んでいたが、顔を上げた。

「つくし、つまりスギナの胞子茎ですね。トクサ科の植物で、春先に地上部に出てきます。栄養価が高く、ビタミンやミネラルが豊富です」

「おお、忠志くん詳しいじゃん! じゃあ今度採りに行こうぜ!」

俺が提案すると、淫子がパッと立ち上がった。

「いいねいいね! つくし採り! なんか『摘む』ってエッチくさくない? ふふ、土からにゅっと出てるとこ想像したら……」

「淫子! また変な方向に持ってくのやめて!」

玲奈のツッコミが飛ぶ。

そんな平和な会話の最中、ドアが控えめにノックされた。

「失礼します……あの、依頼なんですけど……」

入ってきたのは、六十代くらいのおじいさん。

白髪に作業着姿、手には軍手。名前は山田茂じいちゃん。

近所の公園の管理をボランティアでやっているという。

「実は……困ったことがありましてね」

話を聞くと、こうだ。

山田じいちゃんが毎朝管理している公園に、毎年春になると大量のつくしが生える。

子供たちが摘んで遊んだり、おばあちゃんたちが佃煮にしたり、春の風物詩だった。

ところが、今年は様子がおかしい。

三日前に気づいたら、公園のつくしが根こそぎ全部なくなっていた。

「一晩で、全部ですよ! 数百本、いや千本以上あったのに、朝起きたら一本も残ってないんです」

俺が目を丸くする。

「え、全部盗まれた? つくし泥棒って……」

玲奈が眉をひそめる。

「つくしを盗む動機って何ですか? 売れるものじゃないですよね?」

山田じいちゃんが首を振る。

「それがわからなくて……。公園のつくしはみんなのものだから、勝手に全部持ってくなんて、昔は考えられなかったんですよ。今の若い子は……いや、違うかも知れませんけど」

淫子が興味津々。

「全部一晩で? すごい量だね。誰か夜中に懐中電灯持ってコツコツ摘んだのかな? それとも……大量に根こそぎ?」

忠志が真面目にメモを取り始めた。

「現場の状況によりますが、胞子茎は脆いので根元から折れるか、土ごと抜くか。犯人の手口がわかれば足跡や痕跡が残っている可能性があります」

山田じいちゃんが深々と頭を下げた。

「公園の子供たちが『今年つくしどこ?』って悲しんでて……。犯人がわかれば注意するだけでいいんです。警察に言うほどでもないし、ネットで探したらこの事務所がヒットして」

俺は立ち上がって拳を握った。

「よし、受けるぜ! 『謎のつくし大量摘み取り事件』、なんでも探偵事務所が解決してやる!」

山田じいちゃんがホッとした顔で笑った。

「ありがとうございます。若い人たちに任せると心強いよ」

──というわけで、全員で現場の公園へ移動。

公園は事務所から歩いて十分ほどの場所。小さな広場と土手があり、春にはつくしがびっしり生えるスポットらしい。

到着してまず驚いた。

確かに、つくしが一本も生えていない。

土手一面が、まるで掃除されたようにきれい。

「うわ……本当に全部ないね」

淫子が土手を歩き回る。

玲奈は周囲を見回して言った。

「足跡とかないですか? 夜中に来たなら何か痕跡が……」

山田じいちゃんが首を振る。

「それが、地面はきれいなんですよ。踏み荒らされた感じもない」

忠志がしゃがんで土を観察。

「確かに、土の表面が均されています。摘んだというより、刈り取ったような……」

俺は土手に上がって、遠くを見渡した。

「ふむ、犯人はつくしを何に使ったんだろうな。佃煮にして売るとか? いや、そんな量売れねえか」

淫子が突然叫んだ。

「あ! 見て見て! あそこに何か落ちてる!」

土手の端、草むらに小さな紙切れが落ちていた。

拾ってみると、手書きのメモ。

『今年のつくしは全部いただきます。ごめんね。 ――つくし大好きクラブ』

全員が顔を見合わせる。

「つくし大好きクラブ?」

玲奈が呆れた声。

「何それ、謎の組織?」

山田じいちゃんが首を傾げる。

「聞いたことないなあ……」

忠志がメモをじっと見て言った。

「筆跡から推測すると、子供の手による可能性が高い。字が少し丸っこい」

「子供が全部摘んだ? でも千本以上だよ? 一晩で?」

俺が腕を組む。

「よし、まずは近所を聞き込みだ! 誰か見た人がいるはず」

その後、数時間かけて公園周辺を回った。

近所のおばあちゃん、散歩中のサラリーマン、公園で遊ぶ子供たちに片っ端から聞く。

すると、少しずつ情報が集まった。

・昨夜、公園の近くで軽トラックが停まっていた。

・トラックから数人の人影が降りて、懐中電灯を持って土手に行った。

・「わー、今年はいっぱいだ!」という子供の声が聞こえた。

・トラックのナンバーは覚えていないが、白い軽トラで、側面に何かロゴがあった気がする。

淫子が目を輝かせて言った。

「軽トラ! 大量に運ぶためだね! 子供の声ってことは、やっぱり子供が関わってる?」

玲奈がため息。

「でも子供だけで一晩で全部摘むのは無理でしょ。大人も一緒にいたはず」

忠志が突然言った。

「ロゴ……もしかして、あの施設の?」

「施設?」

俺が聞くと、忠志が説明した。

「この公園から車で十分ほどの場所に、『みどり保育園』があります。園のマークが、ちょうどつくしのイラストなんです」

全員がハッとする。

「保育園!?」

山田じいちゃんが苦笑い。

「まさか、あそこか……。毎年、春になると園児たちがつくし採りに来てたよ。でも今年は来てないなと思ってた」

俺がニヤリと笑った。

「よし、行ってみようぜ! つくし大好きクラブの本拠地だ!」

──みどり保育園に到着。

園庭で園児たちが元気に遊んでいる。

事務所の四人と山田じいちゃんで園長先生に挨拶。

園長は五十代の優しそうな女性。

事情を説明すると、園長先生が少し困った顔で笑った。

「実は……その通りなんです」

「え、認めるの!?」

玲奈が驚く。

園長先生が園庭の奥に案内してくれた。

そこには、巨大なビニールシートの上に、山のようなつくしが積まれていた。

千本どころか、万本単位。

「うわぁ……」

淫子が呆然。

園児たちがその周りで、先生と一緒につくしを洗ったり、穂先を取ったりしている。

園長先生が説明を始めた。

毎年、春の食育の一環で、つくしを摘んで佃煮やおひたしにして食べる。

今年は特にたくさん生えていたので、「全部採ってしまおう!」と園を挙げて大作戦を決行。

夜に軽トラで先生数人と保護者有志が集まり、一気に全部摘んだ。

「子供たちに『つくし大好きクラブ』って名前つけて、秘密の作戦って盛り上がっちゃって……」

メモは園児が書いたものだった。

「でも、公園のつくしはみんなのものだから、全部持ってくのは悪いと思ってたんですけど、子供たちがあまりに喜ぶから、つい……」

山田じいちゃんが大笑い。

「なるほどね! それで一本も残ってなかったのか!」

俺が肩をすくめる。

「犯人は保育園の園児たちと先生たちか。動機は純粋な食育と楽しさ。悪意ゼロの大量摘み取り事件だな」

玲奈が呆れた顔。

「ミステリーじゃなくて、ただの春の風物詩だったってこと?」

忠志が真面目に言った。

「しかし、公共の場から全量採取するのはマナー違反です。来年からは事前に許可を取るべきでしょう」

園長先生が深々と頭を下げた。

「本当にごめんなさい! 山田さん、毎年管理ありがとうございます。お詫びに、出来上がった佃煮をたくさんお持ちします!」

山田じいちゃんが笑顔で。

「いいよいいよ。子供たちの笑顔が見られたなら、それで十分だ」

その後、俺たちも佃煮作りのお手伝い。

園児たちに囲まれて、つくしの穂先を取ったり、洗ったり。

淫子が園児に質問攻め。

「つくしってどんな味?」「土から出てくるとこ見た?」「摘むの楽しい?」

園児たちが「楽しいー!」「おいしいよー!」と元気に答える。

一人の女の子が淫子に小さなつくしをプレゼント。

「これ、お姉ちゃんにあげる!」

「わあ、ありがとう! 大事にするね……って、食べちゃうけど!」

玲奈が珍しく微笑みながら、子供たちと一緒に作業。

忠志は園長と植物の話で盛り上がる。

「スギナの地下茎は非常に頑強で、除草が難しいんですよね」

俺は園児に肩車しながら、園庭を走り回る。

「ほら、もっと高く!」

「わー!」

山田じいちゃんがしみじみ言った。

「春って、やっぱりいいねえ」

数日後。

事務所に大量のつくしの佃煮が届いた。

みんなで囲んで食べる。

「うまい! ほろ苦くて春の味だな」

俺が言うと、玲奈が頷く。

「確かに。子供たちの作ったと思うと、余計に」

淫子がパクパク食べながら。

「つくしって、なんかエッチな形してるよね。にゅっと出てて……」

「淫子! 食べ物にまで言うのやめて!」

忠志が真面目に。

「栄養価が高いので、積極的に摂取すべきです。カリウムが豊富で……」

事務所に笑い声が響いた。

こうして、『謎のつくし大量摘み取り事件』は、誰も怒らず、みんな幸せに解決した。

春はまだ始まったばかり。

俺たちの日常も、今日も平和に続いていく。


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