第二話 絶倫探偵事務所と駅伝の謎 ~消えたタスキの行方~
「ふう、今日も平和だなあ。依頼ないし、みんなで暇つぶしでもするか」
事務所のソファに寝転がりながら、俺――行雄は天井を見上げていた。
年末年始が明けて、街は正月ムードから一気に日常に戻っている。
玲奈はデスクで帳簿を整理中。鞭は今日は机の上に置いてある。
淫子はスマホをいじりながら、時々くすくす笑っている。
忠志はいつものようにパソコンで何やら論文を読んでいるらしい。
そんな穏やかな午後、ドアが勢いよく開いた。
「す、すみません! 急ぎの依頼なんです!」
入ってきたのは、大学生くらいの男の子。ジャージ姿で汗だく、息を切らしている。
名前は田中太郎。地元の大学で駅伝部に所属しているらしい。
「実は……今日の練習試合で、大変なことになっちゃって……」
話を聞くと、こうだ。
今日は近隣の大学と合同でミニ駅伝大会をやっていた。
全5区間、1区間5kmの小さな大会だが、部員たちにとっては大事な練習試合。
ところが、4区から5区へのタスキリレーで、タスキが忽然と消えたという。
「え、タスキが消えた?」
俺が身を乗り出す。
「はい! 4区の走者がゴールして、5区の俺にタスキを渡そうとした瞬間……ポケットから取り出したら、タスキがないんです!」
周囲の部員や他大学の選手、応援の人たちで大騒ぎになったが、タスキはどこにも見当たらない。
タイムは大幅にロス、結局その区間は失格扱い。
「部長が『これは事件だ! 誰かが故意に隠したに違いない』って言ってて……それで、ネットで探偵事務所を探したら、ここがヒットして……」
田中くんが必死に説明する。
玲奈が腕を組んで言った。
「駅伝のタスキが消える……確かに不自然ですね。走ってる最中に落ちることは?」
「ないです! 4区の先輩は、ちゃんとポケットにしまって走ってたって。ゴール直前まであったのに、リレーゾーンで取り出したらなくなってたんです」
淫子が目を輝かせて聞いた。
「ふーん、タスキってあの紐みたいなやつだよね? みんなで繋いでいくやつ。なんかエッチな感じしない? 『タスキを繋ぐ』って……ふふ」
「淫子、変な想像しない!」
玲奈が即座にツッコむ。
忠志がパソコンを閉じて、真面目に言った。
「駅伝におけるタスキの紛失は、過去の大会でも稀にありますが、ほとんどは走行中の落下です。今回はリレー直前の消失という点が興味深い。トリックがある可能性が高い」
「おお、忠志くんやる気じゃん!」
俺は立ち上がって拳を握った。
「よし、受けるぜ! 『消えたタスキ事件』、俺たちなんでも探偵事務所が解決してやる!」
田中くんがホッとした顔で頭を下げた。
「ありがとうございます! 大会会場、まだみんな残ってると思うんで、すぐに行っていただけますか?」
──というわけで、事務所全員で現場へ移動。
会場は近くの河川敷。グラウンドが整備されていて、駅伝のコースが設定されている。
到着すると、部員たち十数人がまだ残っていて、落ち込んだ雰囲気。
部長らしき上級生が俺たちを迎えた。
「探偵さんですか? 本当に助かります。今日の失格で、来月の本大会の士気が……」
現場検証開始。
タスキが消えたのは、ちょうどリレーゾーンの中央あたり。
4区走者がゴールテープを切って、5区の田中くんに近づき、ポケットからタスキを取り出そうとした瞬間――ない。
周囲には観客も数人、他大学の選手やコーチもいる。
俺はリレーゾーンをぐるぐる歩き回る。
「ふむふむ、犯人はこの中にいる可能性が高いな。動機は?」
部長が答える。
「実は、今日対戦してる他大学のチームに、うちのエースを引き抜こうとしてる噂があるんです。嫌がらせかも……」
淫子が首を傾げる。
「タスキ盗んで嫌がらせ? なんか子供っぽいね。でも、タスキって大事だよね。なくしたら走れないんだっけ?」
忠志が補足。
「はい。日本学生陸上競技連盟のルールでは、タスキを正しく次走者に渡さないと失格です。故意に隠すのは明確な違反行為」
玲奈が周囲を見回して言った。
「でも、隠すってどこに? この辺、グラウンドで隠し場所なんてないですよ?」
確かに、周りは芝生とトラック。観客席も簡易ベンチだけ。
俺はニヤリと笑った。
「それがトリックなんだよ。みんな、タスキは『隠された』と思ってるけど……実は違うかも」
全員が俺を見る。
「どういうことですか?」
田中くんが聞く。
「タスキは、最初からなかったんだ」
「ええっ!?」
部員たちがどよめく。
俺は4区走者の先輩を呼んだ。
名前は佐々木くん。疲れた顔をしている。
「佐々木くん、3区からタスキもらった時、ちゃんと確認した?」
「え……はい、ポケットに入れました」
「ポケット、ちょっと見せてくれ」
佐々木くんがジャージのポケットを開ける。
──そこに、タスキがちょこんと入っていた。
「え!?」
全員が驚く。
佐々木くん自身が一番驚いている。
「な、なんで!? さっき探したのに……なかったはずなのに!」
俺は笑った。
「これがトリックさ。タスキは最初からポケットの奥にあったんだ。でも、佐々木くんは『渡す瞬間』に慌てて浅い部分を探して、『ない!』って思っただけ」
玲奈が呆れた顔。
「つまり……ただの勘違い?」
「そう。走ってる最中にタスキがポケットの中で折り畳まれて、奥に滑り込んだんだろう。ゴールしてアドレナリン出てる状態で、浅いところしか探さなかった」
忠志が真面目に頷く。
「確かに、ポケット内の布地の摩擦で位置が変わることは物理的に可能です。特に汗で湿っていると滑りやすい」
淫子が拍手。
「わー、行雄さんかっこいい! でも、タスキが奥に隠れてたって……なんかエロいね。『奥にタスキが……』って」
「淫子!」
玲奈のツッコミが飛ぶ。
部長が頭を掻いた。
「つまり……俺たちの大騒ぎが、ただのミスだったってこと?」
「まあ、そういうこと。嫌がらせでもなんでもない。ただのドジっ子事件だよ」
佐々木くんが真っ赤になって土下座。
「すみませんでした! みんなに迷惑かけて……」
田中くんが笑いながら肩を叩く。
「いいよ先輩。俺も慌てて探さなかったし。でも、探偵さんのおかげでスッキリした!」
部員たちがホッとした顔で笑い始めた。
部長が俺たちに向かって頭を下げた。
「本当にありがとうございます。恥ずかしい話ですが、チームの結束が逆に強まった気がします」
その後、部員たちが急遽「慰労会」と称して、近くのファミレスに俺たちを招待してくれた。
大広間で十数人、ワイワイと食事。
淫子が駅伝部の男子たちに囲まれて、目をキラキラさせている。
「ねえねえ、駅伝って走ってる時、どんな感じ? 汗だくでタスキ繋ぐの、なんかドキドキしない?」
男子たちが苦笑い。
玲奈がため息。
「淫子、ほどほどにね」
忠志は部長と真面目に陸上のルールについて議論中。
俺はビール(ノンアルコール)を飲みながら、ニヤニヤ。
「なあ、駅伝ってさ、タスキだけじゃなくて、いろんなものを『繋ぐ』んだよな。例えば……俺のバトンとか」
「行雄さん! 下ネタ!」
玲奈の鞭が(今日は持ってきてないけど)空を切る音が聞こえた気がした。
部長が大笑い。
「探偵さん、面白い人ですね! また何かあったらお願いします!」
こうして、『消えたタスキ事件』は、誰も悪くなく、みんな笑顔で解決した。
帰りの電車の中で、淫子が言った。
「駅伝、面白そう! 私も走ってみたーい」
玲奈が冷たく。
「あなた、100m走っただけで息切れするくせに」
忠志が真面目に。
「実は、駅伝は心肺機能とチームワークの……」
俺は窓の外を見て笑った。
「次はどんな事件が来るかな。またくだらないやつだろーな」
事務所の日常は、今日も平和に続いていく。




