母の祈り
花が枯れる匂いがして、目を覚ましました。
季節はもう変わったのね。
長い夢を見ていた気がするの。
あの子の笑顔が、窓の向こうに立っている夢。
あなたは、あの子のことを調べているのね。
ええ、いいの。もう隠すことは何もないわ。
―――
あの子が【祈る子】と呼ばれるようになったのは、
七つのときでした。
隣家の赤ん坊が高熱を出してね、
夜通しあの子が手を合わせていたら、翌朝その子は静かに息を引き取った。
……あの子は泣いていたのよ。
「ごめんなさい、神さまがかわいそうって言ったの」って。
私はその姿を見て、悟ったの。
この子は【選ばれた】のだと。
神に仕える役目を、母の私が汚してはいけないと。
―――
それからは、外の世界を遠ざけた。
誰かを傷つけるくらいなら、
祈りの中で生きていればいい。
そう信じていたの。
けれど、次第に[祈り]は増えていった。
病の人、
苦しむ人、
悲しむ人。
あの子は純粋に願っていたのよ、救いを。
でも、救われた人はいなかった。
みんな……静かに消えていった。
【私は知っていたの。】
夜ごと祈りのあとで、
納戸の鍵が外れ、裏口から外へと踏みしめて歩く足音がすることを。
でも、止められなかったの。
あの子の手はいつも温かくて、
[神さまが、楽にしてあげてって]
と微笑んでいた。と告げてくるの。
私はただ、
「そうね、あなたは優しい子ね」
と頭を撫でてやることしかできなかった。
―――
世間が騒ぎ始めてから、私はあの子を閉じ込めた。
祈ることだけを許して、
すべてを「信仰」という名にすり替えた。
あの子の罪も、私の罪も、まとめて神の御業にしたの。
……それが母の愛だと、思っていたのよ。
―――
あの子が亡くなった日の夜、
私は初めて祈った。
「どうか、もう二度と誰も救わないで」と。
すると、部屋の花瓶の水が揺れて、
白い花びらが一枚、床に落ちたの。
その音が、あの子の声に聞こえた。
「お母さま、今日もひとり、救えたのね」
―――
……いいえ、私は狂ってなどいなかったと思うの。
ただ、愛していただけ。
誰よりも、あの子を。
口元に笑みを添えてこう告げた。
「でもね、あの子は今も祈っている気がするの。
夜になると、あの部屋のカーテンが揺くのよ。
あの頃と同じように。
花の香りがする風が吹くたび、
私はまた、あの子に呼ばれている気がするの。」
――「お母さま、今日もありがとう」って。




