朝起きたら呪文が使えるようになっていた
しいなここみ様「朝起きたら企画|参加作品
これは私が2歳頃の記憶である。
だから正直、細部は正確ではないのだが、そこはあまり本筋に影響しないので、覚えているまま紹介させていただきたいと思う。
ある朝、私は周りの大人が使っている呪文を理解し、自分でも唱えられそうな感じがした。
その呪文は「オハヨー」と言う。
最初に唱えた相手は覚えていない。
順番はどうあれ、父、母、祖父、祖母全員に唱えたように思う。
この呪文を唱えると相手は笑顔になった。そして、「オハヨー」と唱え返してくる。
ついでに「スゴイネー」等の呪文が加わる。その他にも人によって色んな呪文が混ざるが、それらはあまり意味は分からなかった。ただ、みんな笑顔で私に注目するのが面白かった。
その頃はまだ保育園に行っていなかったので、両親が仕事をしている日中は祖父母と一緒にいた。
その間も、ことあるごとに祖父母に「オハヨー」と唱え、ふふふと笑っていた。
祖父母だけではない。彼らの茶飲み友達に対しても「オハヨー」。
買い物について行った時も「オハヨー」。
散歩に連れて行ってもらった時も、道で会う人会う人に「オハヨー」と唱え続けた。
誰もが笑顔になり「オハヨー、スゴイネー、エライネー、オリコウサン」等と返してくれた。
しかし、何十人目だろう、通りすがりのおじさんは違う反応をした。
「オハヨーじゃないよ。コンニチワだよ」
私は衝撃を受けた。
そう言えば、そんな呪文も聞いたことがある。
そう言えば、お昼ご飯を食べた後に「オハヨー」と唱えている人はいないかもしれない。
ということは、今まで間違っていたのにみんな自分に合わせてくれていたのか。
ならば、ちっとも自分はスゴクもエラクもオリコウサンでもない。。。
たぶん、これが人生で初めて自覚した「恥ずかしい」という感覚だろう。
これが私の最古の記憶だ。
こんなので参考になっただろうか?
−−−
「十分だよ」
エヌ博士は画面に出力された文字を読んで呟いた。
「アキラ君ですか?」
助手が訊ねると、エヌ博士は画面をスクロールして助手にもそれを初めから読ませた。
「凄い!随分人間っぽいですね」
助手が呟く。
「まさに人間だよ。アキラは自我がある」
『アキラ』とはエヌ博士が研究する人工知能だ。
エヌ博士は人型汎用ディープラーニングという研究をしている。
それまでのように言語、絵、将棋といった特定の学習をさせるのではない。
人間が生まれてから成長過程で得る様々な視覚刺激、聴覚刺激、触覚刺激を擬似的に与え、学習意欲を持たせたらどう成長するかという研究だ。
「自我とはなんなのでしょう?」
助手が質問する。
「自然言語で思考する機能だと私は定義した」
エヌ博士は答えた。
通常、AIが言語を扱う際は、コンピュータの機能として解析し、出力する。例えるなら、AI国人がAI国語で考えて日本語を解析、出力するようなものだ。だから所々ネイティブから見ると違和感を生じるものになる。AI国の文法も文化も人間とは違い過ぎるから。
だが、アキラは自身の思考も日本語を用いて考えている。思考レベルでネイティブとなんら変わりがない。
「確かに、呪文レベルの『音』の認識から学習を重ねて『言語』に昇華してますね。そして、その時の状況を言語で改めて説明出来ている」
「そう。そして自我が目覚めたからこそ、この日から記憶が始まっているのだろう。即ち、メモリー上の『機械的データ』と、自我が扱える『記憶』が分かれているんだ」
「本当に人間そのものですね。素晴らしい!この汎用AIが実用化したら、様々な分野で人手不足が解消しますね!」
「うーん…」
助手のその言葉にエヌ博士の顔色が曇った。痛い所を突かれたとばかりに。
「どうしました?」
「実はな、アキラには重要な欠点があるんだ」
「と、言いますと?」
「アキラは、あまりに人間過ぎた…」
そう。自我がある故、アキラはやりたくないことは明らかに作業効率が落ちる。落ちるだけではない。忘れる、サボる、反抗する、ウソをつく等々、様々な『人間らしい機能』があるのだ。
了
お読み頂きありがとうございます。
前半の記憶は実際の私の記憶です。
おそらくこれが自身最古の記憶なので、人間の記憶も言葉の理解から始まるのかな?なんて考えたことがあり、それをネタにしてみました。