第1話:狼の影
深い森の奥に、小さな村がありました。ある晴れた日の午後、お母さんは赤ずきんに言いました。「赤ずきんや、おばあさんが少し具合が悪いようなの。この焼きたてのパンとワインを届けてあげてちょうだい」
お母さんはそう言って、赤ずきんに小さな籠を渡しました。「森の道は危ないから、寄り道せずにまっすぐおばあさんの家へ行くのよ」
赤ずきんは元気に「はーい!」と返事をしました。しかし、彼女は最近、ただの噂ではない、不穏な情報を耳にしていました。
「ねえ、お母さん、森で最近、ずる賢い狼が目撃されているって聞いたわ。なんでも、人の言葉を話し、姿を偽って村人を欺こうとするらしいの。家畜が不自然な形でいなくなる事件も相次いでいるって……」
赤ずきんは元々、聡明で用心深く、物事の裏を読むことに長けていました。しかしそれ以上に、彼女は生まれつき人との知的な駆け引き、特に命を賭けたような緊迫した勝負事に、異常なまでの高揚感を覚える、という特異な性質を持っていました。この狼との対決は、まさに自身の知略がどこまで通用するのかを試す最高の「ゲーム」になると、密かに予感していたのです。
この狼はただの獣ではありません。その知能は人間並みで、猟師が仕掛ける一般的な罠や、力ずくの捕獲では、一時的に退けることはできても、根絶やしにはできないことは、赤ずきんも以前から懸念していました。表面上の平和を取り戻すだけでは、いつか必ずまた犠牲者が出るだろう。だからこそ、この狼には根本的な「恐怖」を植え付け、二度と村に近づけさせないほどの精神的な打撃を与える必要があると赤ずきんは考えていたのです。
おばあさんの身を案じた彼女は、おばあさんの家へ向かう道すがら、携帯電話を取り出しておばあさんに電話をかけました。
「もしもし、おばあちゃん。私、赤ずきんだけど……」と、赤ずきんはおばあさんに何かを依頼していました。 おばあさんは戸惑いつつも、赤ずきんの強い口調に促され、その依頼に応じることにしました。赤ずきんはその後、さらに周到な準備を整えました。村の猟師には、以前から狼の不穏な動向について相談しており、今日の使いについてもそれとなく伝えていたのです。