第3話「最下層への旅」
「ここから下は僕の領域です」ウン太は声を震わせながら言った。
二人の前に広がるのは、茶色と緑が混ざり合った不思議な風景。壁はふわふわとした質感で、ところどころから泡がぽこぽこと湧き出ている。
「なんて...独特な場所だ」チン之助は鼻をつまみながらも、目を見開いていた。
「ここは大腸平原です」ウン太は少し誇らしげに紹介した。「体内で最も多様な細菌たちが共生している場所なんですよ」
「へぇ」チン之助は驚きを隠せなかった。「こんなに...活気があるとは」
確かに、平原には無数の小さな生命体が忙しなく動き回っていた。
「こっちは善玉菌のビフィズス族。あっちは食物繊維を分解するセルロース職人たち」
ウン太は生き生きとした表情で説明する。初めて自分の世界を誰かに紹介する喜びに浸っていた。
「彼らは僕の友達なんです。毎日、最終配達の手伝いをしてくれるんですよ」
チン之助は複雑な表情を浮かべていた。これまで「汚い」と避けてきた場所に、こんなに豊かな生態系があるとは。
「キミは...ここで一人で頑張ってきたんだね」
ウン太は照れくさそうに頷いた。
その時、遠くで爆発音が鳴り響いた。
「バイラスターだ!追ってきている!」チン之助が叫んだ。
二人は急いで大腸平原を横切り、最下層への道を進んだ。途中、様々な体内住民たちに出会う。
「おーい、ウン太じゃないか!」青白い体をした小さな存在が声をかけてきた。
「ラクト博士!」ウン太は嬉しそうに手を振った。
「こちらは乳酸菌研究所の所長、ラクト博士です」
博士は丸い眼鏡をかけた賢そうな姿で、体からはかすかな酸っぱい香りがした。
「いやぁ大変なことになっているよ。腸内環境のpHバランスが崩れ始めている」
博士は心配そうに説明する。「バイラスターの侵攻で、善玉菌たちが次々とやられているんだ」
チン之助は眉をひそめた。「状況は思ったより深刻だ」
「最終排出ゲートまであとどれくらい?」
「あと二つの区画を抜ければ到着します」ウン太は自信を持って答えた。ここは彼の得意分野だ。
ラクト博士は突然、二人に小さな青い球体を手渡した。
「これは特製の善玉菌爆弾だ。危機的状況になったら使いなさい。一時的にバイラスターの動きを止められるだろう」
「ありがとうございます!」二人は感謝し、さらに奥へと進んだ。
最後の区画に入ると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
かつては活気に満ちていたはずの場所が、緑色の粘液に覆われ、バイラスター兵士たちが無数に蠢いていたのだ。
そして、その中央に...
「あれが...バイラスター皇帝!?」
チン之助の声が震えた。巨大な王座に座る存在は、他のバイラスターとは桁違いの大きさと威圧感を放っていた。
「最終排出ゲートを占拠している...」ウン太はつぶやいた。
「このままでは体外への道が完全に塞がれる」チン之助の表情は険しい。
「我々はここで決断しなければならない」
ウン太の心臓が高鳴った。体内ワンダーランドの命運を決める瞬間が迫っていた。