弐
──とはいえ、まさかここまで綺麗にはまるとはな。
特に狙いを定めることなく、破壊された扉の向こうへ飛刀を擲つ。その一撃でここまで麗華を運んできた輿の担ぎ手が二人倒れた。
本当は今ので三人を仕留めるつもりだったのだが、直近の負傷と療養生活のせいで腕が鈍っているらしい。
──やっぱり、長引かせらんねぇな。
あの後、療養に専念したおかげで、傷は起き上がっても血が滲まない程度には塞がった。そうでなければいくら仮死を偽装する薬を飲んで眠っていたとはいえ、死体役は務まらない。死体から血が滲んでいたら、誰だって見過ごさないし、驚くだろうから。
とはいえ、本来ならば戦闘行為などできる状態ではないということも分かっている。『まぁ、この状況で、「絶対安静」なんて寝ぼけたことは言っていられませんが。正直、生きて帰ってこられたらそれだけで御の字と思いなさいね』という梅煙の言葉が、蓮の状態の全てを物語っていた。
──游稔も上手く自分の持ち場へ回れたようだし、さっさと片付けるに限るな。
この場には今、蓮しかいない。義荘の周囲から完全に人気が消えたことを確認してから蓮を叩き起こした游稔は、密やかに己の持ち場に向かっていった。
この数刻義荘の中にいたのは、游稔の外見を偽装するために衣やカツラ、眼鏡といった小物を身に着けた蓮だった。誰かに覗かれても背格好から入れ替わりに気付かれないよう、意図して背筋を丸めて座り込む形で、蓮はずっと招かれざる客が現れるのを待っていた。
今宵、ここに一人で籠ると宣言した游稔を殺しに現れるであろう『新娘』を。
──昔は背格好がもうちょい似てたから、影武者みたいなこともよくやったよな。
そんなことを思ってから、蓮は意識を目の前の光景に集中させた。
両手に一本ずつ滑り込ませた匕首を低く構えながら、蓮は相対した麗華の様子を窺う。
麗華が纏っているのは、紅地に金糸の刺繍も華やかな花嫁装束だった。結い上げられた髪に被せられた紅蓋頭は薄く透ける素材で、麗華の美貌が闇夜の中でもはっきりと見て取れる。
だからこそ、麗華が蓮に対して虚ろな表情を向けていることも、先程の邂逅で分かってしまった。相対しているだけで鼻をつくほどにきつく香る忘れ茉莉花のせいだけではなく、己が蓮を刺した、その果てに蓮は自分を庇って殺されたという現実が、麗華の心を壊してしまったのだろう。
「麗華」
呼びかけてみても、麗華から反応はない。
あの雨の中で相対した時、麗華は蓮を『蓮』だと認識していたからこそあんなに蕩けるような笑みを向けたのだと、こんな時だというのに理解してしまった。
「麗華」
それでも蓮は、麗華へ柔らかく呼びかけた。
あの日々の中で、何回もこの名前を呼んだ。その時と同じようにこの声も届くと信じて、祈りを込めてその名を声に乗せる。
「来いよ、麗華」
同時に、今のままでは、蓮の声は麗華の意識に届かないということも、先程の交戦で分かってしまっていた。
だからこそ蓮は、纏う空気に殺気を乗せる。
暗殺者としての本能に一番訴えかける、とっておきのものを。
「再戦だ。今度はお互い、全力の本気でいいな?」
蓮は意図して場の圧を変える。その圧に麗華は敏感に反応した。
タンッという軽やかな踏み切りの音が響いた瞬間、麗華の姿は視界から消える。それに焦ることなく左の匕首を掲げた蓮は、同時に右手の指で鉄糸を周囲に展開した。
ギンッと左から鋼同士がかち合う音が響き渡ると同時に、鉄糸は麗華の頭から紅蓋頭を弾き飛ばしていた。蛇のようにうねった鉄糸は棺や香炉を弾き飛ばし、窓を叩き割り、外から突撃の機を図っていた男達の首を飛ばす。
──選抜会の時は、あれでやっぱり手加減してたのかよ!
あの時とは斬撃の重みが違う。そのことに一瞬足元をフラつかせながらも、蓮は麗華の体を腕力で押し返した。
後ろへ跳んだ麗華は同時に飛刀を繰り出す。身を伏せることでその攻撃をかわしながら、蓮はさらに鉄糸を手繰って麗華へ追撃を仕掛けた。
義荘はあっという間に廃墟と化す。
それでも暗殺者二人の交戦は留まるところを知らない。




