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血色の花嫁は雨夜に囁く  作者: 篠崎依月


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26/31

※※※

 月が落とす清い光が、義荘の中に満ちていた。


 (ほく)(いん)(もん)周辺は元から静かな場所だが、今日は特に静かな夜だった。まるで天までもが喪に服しているかのように音がしない。


 (ひつぎ)の枕元に立てられた線香からユラリと立ち昇る煙が、義荘の中の空気を染めていた。時折チリチリと揺れる蝋燭の明かりだけが、時の流れを示している。


 時刻はすでに夜半を回っている。


 それでも今宵の付添人は、棺の傍から離れようという気配がなかった。棺の傍らに丸椅子を置いて座り込んだ付添人は、棺に話しかけているかのように背中を丸めてかがみ込んだ体勢のまま、じっと動かずにいる。


 ユルユルと、差し込む月光が角度を変えていく。


 同時にユルリと、外から甘ったるい香りが忍び込んできた。


 その香りとともに義荘に近付いてきた足音は、義荘の入口の前でピタリと止まる。さらにホトホトと扉が叩かれる音が響くが、付添人はそれらにも一切反応を示さない。まるで時が止まってしまったかのように、付添人は一切に無反応だった。


 やがて扉を叩いていた音は止まる。


 だが闇夜に乗じてやってきた客は、諦めるということをしなかった。


 月影を弾いて、細く閃光が走る。次の瞬間、義荘の入口扉は細かく切断されて崩れ落ちていた。


 ガラガラと扉だった物が崩れ落ちる。夜気とともに流れ込んできたのは、むせ返るほどに甘ったるい、(まつ)()()にも似た香りだった。


 カツリと、音が響く。それでもなお、付添人は頑なに入口を振り返ろうとはしない。


 そのことを見て取った花嫁は、……扉を破壊し、茉莉花の香りを引き連れて踏み込んできた人物は、扉を破壊した鉄糸を回収すると、手に()(しゅ)を握り直す。


 突如現れた凶手は、それでもなお動かない付添人にヒタリと視線を添えると、音もなく床を踏みしめ、一気に距離を詰める。


 まるで断頭台に首を差し出すかのように(うな)()れ続ける付添人へ、その首を落とさんとする刃が迫る。


 だがその刃が振り抜かれることはなかった。


 凶手が刃を振るうよりも、真っ白な衣がブワリと、まるで付添人の姿を覆い隠すかのように宙へ跳ね上げられる方が早かったから。


「グッ、ウッ!?」


 椅子に手をつく反動を使って真下から跳ね上げられた右の(かかと)が、凶手の胸をえぐるように振り抜かれる。その攻撃をまともに喰らった凶手は、慌てて後ろへ下がると付添人から距離を取った。


「よぉ、麗華(リーファ)


 真っ白な喪服をバサリと翻しながら、付添人はようやく凶手を振り返る。


 丸めていた背中を伸ばした姿は、本来ここにいるはずの人物よりも(たくま)しかった。裾が長い礼服の外衣を投げ捨てたついでに、カツラと眼鏡も外して投げ捨てた人物は、両手に握っていた匕首を見せびらかすように振りながら凶手へ笑いかける。


「お前、この数日で随分勘が鈍ったんじゃねぇの?」


 そこに立っていたのは、付添人として一人義荘に残った(そう)(てん)商会会長、()(ゆう)(じん)ではなく。


 本来ならば棺の中で冷たく横たわっているはずである『(ヘイ)(ダー)(レン)の蓮だった。


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