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血色の花嫁は雨夜に囁く  作者: 篠崎依月


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24/31

 カーン、カーンと、物悲しい響きが(いん)(ねい)の空に高く響き渡る。


 その音が常よりもよく通るのは、姻寧の街全体が静まり返っているからだ。


 姻寧の支配者、(そう)(てん)商会。


 その最高幹部、三幇主の一角に座す人間の急すぎる死を(いた)む空気が、姻寧中の空気を暗く染めていた。


「うっ、うぅ……!」

「そんな、大兄(ダーレン)

「誰か嘘だって言ってくださいよ、(れん)(ダー)(レン)が、こんな急に……」


 重く沈む空気を、人々がむせび泣く声だけがわずかに揺らしていく。


【霜天商会三幇主が一人、『(ダー)(レン)』の蓮は、責務を全うした果てに死亡した】


 その一報が黒城(こくじょう)から発表されたのは、前日の夕刻のことだった。


 なぜ蓮大兄(ダーレン)が死に至ったのか、詳しい理由の一切は伏せられている。


 だが医師としての知識を持つ(ばい)(えん)(ダー)(レン)と、黒城の検死役を担う芙蓉(ふよう)(ダー)(レン)がその死を確認し、(ホアン)(シャン)である(ゆう)(じん)が葬儀の日取りを決めたという。


 商会上層部の総意であるならば、受け入れなければならない。


 地位の高さという点でももちろんだが、蓮(ダー)(レン)会長(ホアンシャン)は、商会設立初期から背中を預けあってきた盟友であったという。梅煙(ダー)(レン)も、芙蓉(ダー)(レン)も、それぞれ蓮(ダー)(レン)との(よしみ)は深かった。そんな人々の決定に、部外者が口を挟むべきではない。


 その一念とともに、街の住人は街道沿いに顔を覗かせた。


 黒城での葬儀には、限られた人間しか出席できない。街の住人達は、黒城を出立した(ひつぎ)輿(こし)に乗せられ、ゆっくりと(ほく)(いん)(もん)の方向へ運ばれていく様子を見守ることで追悼に代える。


「……付き添いは、僕一人にやらせてくれないか」


 土地が限られている姻寧では、墓地を両門に挟まれた中に作る余裕がない。姻寧の住人の亡骸は、葬儀の晩は北陰門近くにある義荘に安置され、翌日の日の出とともに北陰門から外へ運び出される。


 墓地があるのは街道を北へしばらく進んだ先だ。出棺と埋葬は街の男手を動員して行われるが、出棺前夜の義荘での付き添いは基本的には親族か、特に縁が深かった者数人のみで静かに行う。遺された人間達が、故人との最後の時間を惜しむという意味がそこにはあった。


(ホアン)(シャン)、しかし」

「頼むよ」


 義荘に運び込まれた棺を前に、皆に背を向けたまま游稔は感情が()せた声で呟いた。


 その声を聞いてしまった(かん)(えい)は思わず顔を跳ね上げる。だがその先にあった游稔の顔を見た瞬間、反論の言葉は喉の奥でもつれて形を失ってしまった。


「一人にしてもらわなきゃ、僕は泣けない」


 常の眼鏡(めがね)ごしでも分かる、薄くクマが浮いた目元。乾ききった表情は、この数日で一気に游稔を老け込ませていた。いつ何時も余裕を崩すことがなかった游稔が、今は憔悴しきった顔を隠しきれていない。


 そんな游稔の姿に、寒影は思わず言葉に詰まったたまま肩を震わせた。


 ──蓮幇主(ダーレン)の死を告知してから、ずっと。


 いや、きっとそれよりも前から、ずっと。


 游稔は恐らく、一度も泣けていないのだ。かつてないほどに疲弊を(にじ)ませた顔をしているが、それだけで保たせてしまっている。その証拠にこうして真っ白な喪服に身を包み、義荘の中で棺に向き合っていても、色硝子(ガラス)の下に押し込められた瞳はどこまでも乾いている。


 游稔にとって蓮は、間違いなくかけがえのない存在であったはずだ。


 主と護衛という関係でありながら、悪友のようでもあり、片翼のような存在。商会に拾われて、使いものになるようになってまだ日が浅い寒影だが、それでも二人の絆の強さは知っている。


 本来ならば游稔は、蓮の死を前に真っ先に泣き崩れていても許される関係性にある。


 だが游稔がそれを己に許さないのは、『霜天商会会長』という肩書きを游稔が負っているからだ。


 上に立つ人間が弱った姿を見せれば、隙を狙っている人間に付け込まれる。游稔はそのことを痛いほどに理解している。


 だから游稔は、誰かが傍にいる時は泣けない。簡単に内心を外に出すことも許されない。今のこの疲れ切った表情だって、本来は見せてもいいものではないのだろう。


 游稔が蓮の死を前にして泣くことを許されるのは、今宵、蓮の亡骸に寄り添うこの時しかない。


「……明朝、お迎えに上がります」


 言葉に詰まったまま何も言えない寒影の代わりに、頭上から感情を押し殺した声が聞こえてきた。ポンッと肩に置かれた手を視線でたどるように振り返れば、痛みを隠しきれていない鼓条(こじょう)が游稔の背中へ視線を注いでいる。


 ──そういえば、鼓条さんも……


 蓮が商会に拾われた当時、すでに鼓条は商会に身を置いていたという話だった。


 鼓条と蓮の間にも、他にはない兄弟のような空気感があった。そのことを『(ヘイ)』の人間は皆知っている。


「今宵はきっちりと内側から戸締まりをしてお過ごしください」

「……うん」


 いまだに蓮を殺した下手人は捕まっていない。(リー)(ファ)も忽然と姿を消したままだ。検問破りの荷馬車に火矢を撃ち込んで姻寧の中で忘れ(まつ)()()を焚き上げた犯人だって捕まっていない。


 本来ならばこんなに警備が薄い場所に、商会長である游稔を一人で置いておくべきではない。


 だけど。


 ──今、無理やり、会長(ホアンシャン)を黒城へ連れ帰ったら。


 游稔の心は粉々に砕け散って、もう二度と戻らないかもしれない。


 そんな予感に、寒影はうつむいて身を翻すことしかできなかった。


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