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血色の花嫁は雨夜に囁く  作者: 篠崎依月
凄雨

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23/31

 まるであの日の再現のようだった。


麗華(リーファ)っ!!」


 光源なんて(ろく)にない細路地。あの時と違って傘を差さずに走り回っているから、視界はより一層悪かった。叩き付けるような雨に、体が芯から冷えていく。


 ──クッソ……!


 その冷たさに、麗華(リーファ)のひんやりとした肌の感触が脳裏を(よぎ)った。


 こんな中をあんなに冷たくて小さい体で走り回ったら、すぐに風邪を引いてしまう。


 こんな状況なのにそんな心配を捨てきれない自分が、今は心底忌々しい。


 ──こっちの方向だってことは確かなはず……


 現場に残されたわずかな足跡と、(いん)(ねい)の構造。さらに(リー)(ファ)の身体能力と暗殺者としての本能を鑑みれば、(れん)の推測が完全に思い違いということはないはずだ。


 ──早く連れ戻さねぇと。


 こんな風に(こじ)らせたまま、(リー)(ファ)の手を離すわけにはいかない。


「……っ」


 麗華(リーファ)が蓮に向けた、砕け散る直前のように危うい瞳が、脳裏に焼き付いて離れてくれない。


(ヘイ)』の幇主(ダーレン)としての責務から、ではなく。


 今の蓮は、ただただ個人的な感情に突き動かされて行動している。


「……っ、クソ……!」


 麗華(リーファ)が錯乱した、あの時。


 あの時の蓮は、商会の安全と(リー)(ファ)の命を天秤にかけて、(リー)(ファ)の命を取った。『(ダー)(レン)』としての責務よりも、『蓮』個人としての感情を無意識のうちに優先していた。


 だけど今の蓮はきっと、あの時と同じ選択肢を取ることができない。


 ここで『蓮』を優先させて判断を誤れば、今度こそ蓮は商会を危機にさらす。


 ──じゃあ俺は、麗華(リーファ)を探し出して何と言う?


 その問いに再び行き合った蓮は、思わず足を止めてしまった。本当は立ち止まっている暇などないと分かっているのに、それでも足は前へ進もうとしてくれない。


「……麗華(リーファ)


『帰ろう』と、言うのか。一緒に商会へ帰っても、(リー)(ファ)を殺しの下手人として断罪しなければならない未来しかそこにはないというのに。そんな無責任なことを、自分は口にするのか。


 それとも、『何か理由があるんだろう? 説明してくれないか』とすがるのか。明らかに(リー)(ファ)が殺しをしたと分かる状況で、『(ダー)(レン)』としての責務を放り出して、盲目的に(リー)(ファ)を信じるなんてことを、自分は自身に許すというのか。


「……っ!」


 入り乱れる感情と理性と責務に、蓮はギリッと奥歯を噛み締める。


 その瞬間、だった。


 雨夜の向こうから微かに、悲鳴のような声が響く。


 同時に、降りしきる雨でも隠しきれないほど強烈に不快な甘ったるいにおいが、蓮の鼻先にトロリとこぼれ落ちてきた。


 ──これは……っ!


 間違いない。この姻寧の中で、こんな雨の中で、誰かが忘れ(まつ)()()を焚いている。


 蓮の足は考えるよりも早く地面を蹴っていた。トロリ、トロリと闇の中を伝うように流れてくるにおいをたどり、細道の先へと突き進む。


 その道の果てに、その人は立っていた。


「……麗華(リーファ)?」


 叩き付けるような雨に(うな)()れるかのように立つ、小柄な人影。常に頭から被せられていた外衣の姿はないが、蓮がその姿を見間違えるはずがない。


麗華(リーファ)っ!!」


 この雨の中で転んだのか、(まと)った白衣(びゃくえ)はドロドロに汚れていた。黒絹のような髪は雨を吸って顔に貼り付き、蓮から表情を隠している。


 それでも、パッと見た限り、大きな怪我はどこにもなさそうだった。そのことにひとまず蓮は胸を撫で下ろす。


「……っ」


 言葉が何も出てこない。それでも蓮の足は前へ出ていた。


 蓮としても、『大兄(ダーレン)』としても、何を言えばいいのか分からないのに、それでも足は一歩ずつ確実に(リー)(ファ)との距離を詰めていく。


 強烈な忘れ茉莉花の香りをたどって行き着いた先に(リー)(ファ)がいた、という事実について、碌に考えることもできないまま。


 ゆっくりと、それでも迷うことなく確実に、間合いが詰まっていく。


 距離にして、あと三歩。


 その間合いに踏み込んだ瞬間、(リー)(ファ)はゆっくりと顔を上げた。ぼやけた表情のまま蓮を見上げた(リー)(ファ)は、ようやく蓮の存在に気付いたかのように目を(しばたた)かせる。


 その上で麗華(リーファ)は、(とろ)け落ちそうなほど幸せそうに微笑んだ。


「……っ」


 まるで月下美人が花開いたかのように。この雨夜の暗がりの中で見ても、それが分かるほどに。


『今この瞬間、蓮が迎えに来てくれたことが、この世で起きるあらゆる幸いをかき集めた以上に嬉しい』とでも言わんかの表情。


 無垢でありながら、常の麗華(リーファ)とは縁のない艶やかさも併せ持ったその笑みに、蓮の思考が一瞬止まる。


 その瞬間、まるでその隙を突くかのように、(リー)(ファ)の体がグラリと前へ傾いだ。それを見て取った蓮は、頭で何かを考えるよりも早く両腕を広げ、胸の中に麗華(リーファ)の体を迎え入れる。


 フワリと、その時になってやっと、蓮の意識を叩き起こすかのように、忘れ茉莉花の香が蓮の鼻を突いた。


「……!」


 ハッと意識が我に返る。


 その瞬間、蓮の無思考を(あざ)(わら)うかのように、腹部を強烈な痛みが貫いた。



  ※  ※  ※



「っ!?」


 何かを思うよりも早く、蓮の体は反射的に(リー)(ファ)を突き飛ばしていた。その力に逆らわずに後ろへ跳んだ(リー)(ファ)は、水溜りだらけの地面にフワリと着地する。


 その手の中に、鮮血を纏う匕首(ひしゅ)が握られていた。叩き付けるような雨に(なぶ)られた刀身は、すぐに鋼本来の輝きを取り戻す。


「……っ!」


 思考が追いつかない。刺された腹が熱い。


 そう、今自分は、あの刃に刺された。


 他でもない麗華(リーファ)によって、傷を負った。


 ──クッソ……!!


 とっさに刺された左脇腹を右腕できつく押さえ込む。それでもドクドクと脈打つような出血は止まらない。


 体はくの字に折れていた。落ちそうになる膝をかろうじて保てたのは、片膝であろうとも地面に落ちた瞬間、次にあの刃が刺さるのは首筋だと本能で覚ったからだ。


「っ、麗華(リーファ)、お前……っ!!」


 くずおれそうな体をかばいながらも、蓮は左手の中に匕首を滑り込ませる。


 蓮が刃を構えて強く麗華(リーファ)を睨みつけても、(リー)(ファ)の顔には月下美人のような笑みが貼り付いたままだった。(こう)(こつ)とした瞳は蓮を見つめていながらも、今のこの状況を理解している気配はない。


 ──何があったってんだ……!


 連れ込み宿で対面した時の麗華(リーファ)は、こんな様子ではなかった。ここまで強く忘れ茉莉花が香ることもなかった。


 今の麗華(リーファ)は、麗華(リーファ)であって、麗華(リーファ)ではない。


新娘(シンニャン)』。


 恐らく今の麗華(リーファ)は、そう呼ばれるべき存在なのだろう。


 ──どうする。どうすればあいつは目を覚ます……!?


 麗華(リーファ)からは敵意も殺意も感じない。ただ粘つくような冷気だけが場に満ちている。


 この場で対面してからずっとそうだ。恐らく(リー)(ファ)は、このまま蓮を見逃してはくれない。


 ──この状況で、俺は麗華(リーファ)を相手に、どこまでやれる?


 出血が止まらない。おまけにこの雨だ。長引かせれば、やがて蓮は血を流しすぎて死ぬだろう。


 そもそも麗華(リーファ)と蓮の技量は平時で互角なのだ。この状況で蓮に麗華(リーファ)を取り押さえられるとは思えない。


 それに麗華(リーファ)が誰かの手にかかってこんな状況に(おちい)ったというならば、(リー)ファに手を出した連中はどこか安全な場所から二人が対峙する様を観察しているはずだ。


 ──囲まれてるってことか。


 雨のせいで気配が読めない。自分がどんな状況に置かれているのか、客観的に把握することができない。状況だけを見れば、自分は絶体絶命の袋小路に追い込まれている。


 それでも。……いや、そんな状況に追い込まれたからこそ。


麗華(リーファ)


 答えが出なかった問いに、答えが見つかってしまった。追い詰められた果てに、自分の本音が聞こえてしまった。


 だからまだこんな状況でも、大人しく首を差し出す気にはなれない。


「……麗華(リーファ)


 続けて投げられた呼びかけの声は、二回目の方が柔らかかった。甘く(ほど)けたその声が耳に届いているのか、麗華(リーファ)は呼びかけの声に答えるかのようにわずかに首を傾げる。


 そんな麗華(リーファ)を真っ直ぐに見据えたまま、蓮は一度深く息を吸い込むと、同じ速度でゆっくりと吐き出した。低く構えていた体を起こし、左手に握っていた匕首を足元へ放り出す。


「帰るぞ」


 ガシャンッと、バシャンッを、足して二で割ったような音が、雨音をかき消すかのように響いた。


 その音を聞きながら、蓮は傷を押さえていた腕もどけて、麗華(リーファ)を迎え入れるように軽く両腕を広げる。


「こんな場所にいたら、風邪引くだろ」


 そんな蓮の姿に、麗華(リーファ)の肩がピクリと跳ねた。濁っていた瞳がユルリと見開かれた代わりに、浮かんでいた笑みが()せていく。


「風呂入って、さっさと寝るぞ。……難しいことは、もう後でいいだろ」


 ──もう事実が何であっても、関係ない。


 自分の命の果てが、もうすぐ目の前にあるならば。


 仮にこの言葉が麗華(リーファ)にきちんと届いていなかったとしても。


 最期に向ける言葉は、『蓮』としてのものがいい。


麗華(リーファ)


 そんな形で出てしまった答えに、(ゆう)(じん)や商会の皆に、わずかなりにも申し訳なさを覚えながらも。


 蓮は諦めの境地とともに、己の『運命』へ笑いかけた。


「一緒に、帰ろう」

「あ……」


 そんな蓮の言葉にか。あるいは笑みや、行動にか。


 麗華(リーファ)の瞳に、ユルリと意思の光が揺れた。その光は蓮が腕を差し伸べている間に急速に強さを増していく。


「れ、ん……?」


 笑みが全て剥がれ落ちた下から現れたのは、不器用な困惑だった。まるで今まさしくこの瞬間に目が覚めたかのように、『何が起きているのか分からない』という表情で麗華(リーファ)は蓮を見上げる。


 だが次の瞬間、麗華(リーファ)は大きく目を(みは)りながら顔色を失った。凍り付いたまま大きく震える瞳は、己の凶行を時間差で理解したことをありありと物語っている。


「あっ、あ……っ!!」


 力が抜けた手から、匕首が滑り落ちる。


 麗華(リーファ)はそのまま、空いた両手で頭を抱えるように腕を回した。


 あるいはその両手は、己の頭を押し潰さんとして回されたものだったのかもしれない。


「うわぁぁぁああああああっ!!」

麗華(リーファ)っ!!」

「イヤッ、僕はっ! 僕はっ、僕が、蓮を……っ、蓮をっ!!」

麗華(リーファ)、落ち着けっ!!」

「ダメッ! 近付かないでっ!! 僕っ、僕……っ!!」

「いいからっ!!」


 壊れそうな悲鳴を上げながら、麗華(リーファ)はヨロリと後ろへ下がろうとする。


 それよりも早く踏み込んだ蓮は、麗華(リーファ)の体を無理やり腕の中に抱き込んだ。触れ合う熱にビクリと体を跳ねさせた麗華(リーファ)は、一瞬抵抗するような素振りを見せるが、蓮の腹の傷に触ると気付いたのかわずかに全身をよじっただけで抵抗は終わる。


 代わりにカクリと麗華(リーファ)の膝が折れた。支える余力がなかった蓮は、ともに水溜りの中へ膝を落とす。


 そのまま強く麗華(リーファ)を抱きしめていると、ヒューッ、ヒューッという細い呼吸の音が聞こえてきた。蓮の腕の中にすっぽりと収まってしまう小さな体は、雨に打たれたせいでさらに冷たさを増している。


 それでも、温かいと思えた。


 雨の中を一人でさまよっている時よりも、ずっと。


「……れん」


 ポツリと、声がこぼれた。囁くような声音は、それでも雨夜の間隙をついて蓮の耳に届く。


「れん、……れん」

「ああ」


 発音が曖昧な声は、『蓮』なのか、他の文字をあてるのか、判別がつかない。


「ここにいる」


 それでもなぜか、どんな字があてられていても、呼ばれているのは自分だと確信ができた。


 きっと、あの錯乱した中でも。麗華(リーファ)が呼んでいた『レン』は自分のことなのだろうと、今更ながらに思い知らされたような気がした。


「ここにいるよ」

「……っ!」


 深く麗華(リーファ)の体を抱き込んで、小さな耳の傍らで囁き返す。その声に息を()んだ麗華(リーファ)は、蓮の胸に顔を(うず)めたままクシャリと顔を歪めた。


 震える手が、蓮の体を抱き返そうと、蓮の背中へ回される。


「おや」


 だがその手が実際に蓮の背へ回されることはなかった。


「思っていたよりも、随分と早く抜けちまったようだねぇ」

「っ!?」


 聞き覚えはない。だというのになぜか、その声が耳に届いた瞬間、ゾッと背筋を悪寒が駆け抜けていった。


 弾かれたように顔を上げる。同時に(リー)(ファ)は、蓮の胸に体を寄せたままビクリと肩を跳ね上げた。


「おまけに仕留め損なうなんて。期待外れもいいところだよ」


 蓮の目に飛び込んできたのは、悪趣味としか言いようがないほどにけばけばしい紅だった。


 場違いなほどに絢爛豪華な装束。差し掛けられる紅の(さん)(がい)は、実際に皇帝が使っている物よりも贅がこらされた一品なのだろう。


 その下に、闇と毒を混ぜて形作ったかのような女が(たたず)んでいた。


 ──誰だ?


 見覚えなどない。こんな女なんて知らない。


 だというのになぜか、蓮の心は女の存在を感知した瞬間からザワザワと不快にざわめき続けている。本能が最大音量で警鐘を鳴らし続けて収まる気配が見えない。


「やはり『花』は『花』でしかないということか。おまけにとんでもない雑草だ」

「ぁっ……」


 その言葉に打ち据えられたかのように、麗華(リーファ)が細く声を上げた。震え続ける体はさらに体温を失っていく。


 あの麗華(リーファ)が。蓮と互角に渡り合うことができる暗殺者が。


 圧倒的な恐怖に縛られて、ただの幼子のように震えていた。


 ──何の話をしている?


 蓮は女を見据えたまま、腕の中の麗華(リーファ)を庇うようにわずかに体勢を変える。そんな蓮の動きに気付いたのか、麗華(リーファ)の唇から乾いた声がこぼれ落ちた。


娘娘(ニャンニャン)


 ──娘娘(ニャンニャン)? ……っ、(ニャン)(ニャン)って、まさか……っ!!


 麗華(リーファ)の囁きに目を瞠った蓮は、改めて女に視線を据え直す。


 そんな蓮の様子が仔細に見えているのか、女は真っ直ぐに蓮を見据えて、うっそりと笑った。


「いい男に育ったじゃないか、(レン)

「……っ!?」


 たった一言。


 そのたった一言で、蓮の全身が総毛立つ。


 ──何なんだ、何なんだよ、この女……っ!!


 麗華(リーファ)が『娘娘(ニャンニャン)』と呼びかける相手など、一人しか心当たりがない。


 北の繁都、珊譚(さんたん)が一大(ヘイ)(パン)。忘れ茉莉花の製造、流通、密売の総元締め。


 己の名を呼ぶことを誰にも許さず、(ゆえ)に誰も彼女の名を知らない。その振る舞いからつけられた二つ名は『北都の女帝』。


 紅華(ホンファ)娘娘(ニャンニャン)が頭目。


 霜天(そうてん)商会の天敵であるはずの女が今、姻寧の裏路地なんぞの地を踏んでいる。


 そんなありえない、……ありえてはならない光景に、蓮は全力で歯を食いしばる。


 ──この状況で、俺一人でこいつを仕留めるのは、恐らく……


 蓮は手負いで、麗華(リーファ)は戦える状況ではない。刺し違える覚悟でかかっても、恐らくこの状況では蓮の犬死にで終わる。


 確実にこの女と、この女が振りまく災禍を駆逐するためには、何とかこの状況から離脱して(こく)(じょう)に駆け込むしかない。たとえ今のこの場に応援を呼べたとしても、恐らくは霜天商会側が一方的に不利だ。


 ──だが、それだって……


「これはますます失くしたのが惜しかったな。これほどあたし好みに育つなら、あたしの(オモ)(チャ)に加えてやっても良かったのに」


 動けない麗華(リーファ)を抱えて、状況が見えない包囲網から逃げ出すことはできるのか。そもそもこの状況で、黒城や他の連中は無事なのか。


 この場を離脱するために、蓮の思考は目まぐるしく回り続ける。


 きっとそれが良くなかった。


 あるいは、この場に強く漂う忘れ茉莉花の香りのせいで、蓮の思考は知らない間に鈍っていたのかもしれない。


「あぁ、でもお前、霜天の手を受けて育ったんだっけ?」


 女の指が、蓮に向けられる。


 その瞬間、背後の空気が動いた。


「じゃあいらないよ」

「っ!!」

「れっ……!」


 とっさに麗華(リーファ)を抱えたまま前へ体を投げる。だが背後から放たれた斬撃を完全に避けきることはできなかった。


 灼熱の痛みが、今度は背中に走る。


「お前はいい(つるぎ)だ。あたしに向けられるかもしれない剣は、しっかり折っておかないと」

「蓮っ!!」


 体が水溜りの中へ倒れ込んだ時には、意識の大半がすでに飛んでいた。感覚が急激に遠くなって、寒気も痛みも何もかもが曖昧になっていく。


 それでも、腕の中に庇った麗華(リーファ)が無事だったことは、わずかに残った聴覚に響く声で分かった。


「蓮っ、蓮、っ……そんな、い、……イヤ、ヤダ、蓮っ! しっかりしてっ!! 目を開けてっ!! 蓮っ!!」


 ──ムチャを、言うなよ、なぁ……


 多分、最後に思ったのは、そんなことだった。


「蓮っ、れ……っ、ぅ……わぁぁああああああっ!!」


 最後まで残っていた聴覚も、麗華(リーファ)の悲鳴を聞いているうちにプツリと途切れる。


 そのまま蓮の意識は、何もない闇の中に落ちていった。



  ※  ※  ※



 姻寧では珍しいほどの雨をもたらした雲は、三日三晩姻寧の空から動かなかった。


 その雲が消えて、澄んだ日差しが差し込んだ四日目の夕刻。


 黒城から葬列が出立することを知らせる鐘の音が、姻寧中に、広く、物悲しく鳴り響いた。


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