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血色の花嫁は雨夜に囁く  作者: 篠崎依月
凄雨

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19/31

「どういうことなのよっ!?」


 忌々しさに、己の喉から金切り声がほとばしった。


 上物に入る連れ込み宿は防音もしっかりしているのか、両隣の部屋にも客が入っているはずなのにそれらしき声は聞こえてこない。飾り枠が入れられた窓の外では、雷鳴とともに叩き付けるような激しい雨の音が響いていた。この分ならば外に声が漏れることもないだろう。


 それを確かめた上で、女は高らかに不満を叫んだ。


跋狐(ばっこ)牛轟(ごごう)馬連(ばれん)も連絡がつかない! そのせいで私が直接外に出るハメになったじゃないっ!」

「落ち着け、その程度のことでいちいち(わめ)くな」

「あんたはこれがどれだけ危ないことなのか分かってないのよっ!!」


 女の金切り声に、連絡役の男は露骨に顔をしかめる。その反応にさらに苛立ちを募らせながらも、女は声の調子を落とした。


「今まで上手くやれてたのに、誰がこんなことを……っ!」


 噛み締めた歯がキリキリと音を立てていた。それに不快感を覚えた女は、代わりに唇に当てていた親指の爪に歯を立てる。


「落ち着け。まだ烏洲(うず)達が残ってるだろ」


 女の癇癪(かんしゃく)に不快感を見せながらも、男はなだめるように声をかけた。


 男は女の癇癪が長引くと厄介だということを知っている。そうでなくてもとばっちりを受ければ、どれだけ面倒で理不尽な目に遭うかも分からない。


 そう思っているから、こんな風に女をなだめすかす。それが透けて見えているせいで、余計に女の気を荒立てていることに、男は恐らく気付いていないのだろう。


娘娘(ニャンニャン)の出迎えは十分できる。(ニャン)(ニャン)がこちらにお()でになりさえすれば……」

「へぇ」


 だがその苛立ちは、高くも低くもない、微かに(かす)れを帯びた声が響いた瞬間に霧散した。


「まだネズミが残ってるんだ。かなり減らしたつもりだったのにな」

「っ!?」


 気配も音もなかった。


 だというのに声がする方へ顔を向ければ、いつの間にか部屋の中に新たな人影が増えている。


 真っ黒な外衣を紅蓋頭のように頭から被った、小柄な人影だった。深く(かず)いた衣の下からは、朱と橙を差し色に使った白衣(びゃくえ)が覗いている。


 その人物が顔を上げると、我が目を疑う美貌が外衣の間に(のぞ)いた。表情のない(おもて)は死人に似た冷たさを湛えているというのに、『花』と称される()の容姿はそれでもなお人の目を奪う。


「しゃ、少主(シャオジュ)……」


 その美貌にあてられたかのように、男がポロリと声をこぼした。


 霜天(そうてん)商会とは関わりがないはずである男が、商会内でさえつい最近浸透したばかりの呼び名で『花』に呼びかける。


 ──バカ……っ!


「へぇ」


 女は慌てて男へ目配らせを送るが、もう遅い。


 その証拠に『花』は、死人のような顔に酷薄な笑みを浮かべた。


()()()()()で、僕を呼ぶんだ?」


『花』から向けられた言葉に、男は今更ビクリと体を跳ねさせる。凍り付いたように『花』を見つめる横顔には、タラリと冷や汗が伝っていた。


 男は知っているのだ。『花』に笑みかけられた人間の末路を。


「そう呼ぶってことは、お前、(ファ)(ジャオ)の担ぎ手の一人か。……やっぱりあれで全員ってわけじゃなかったんだな」

「ヒッ……ヒィッ!!」


 男は女に苛立ちを見せていた姿からは想像もつかない細い悲鳴を上げながら身をよじる。


 恐らく反射的に逃げ出そうとしたのだろう。窓から外へ飛び出そうとしたのかもしれない。


 もっとも、男が一歩を踏み出すよりも、男の口の中に飛び込んできた匕首(ひしゅ)が喉奥を貫き、男を寝台の柱に(はりつけ)にする方がよっぽど早くはあったが。


「そもそも、その呼び名を最初に使ったのって、君だって話だよね?」


 断末魔の悲鳴は、くぐもった吐息だけで終わった。『己に何が起きたのか分からない』という強い恐怖を顔に貼り付けたまま、男はガクリと絶命する。


 そんな男の喉を貫いた匕首には、唐草紅花紋が刻まれていた。鈍く光を弾くその紋様が目に入った瞬間、女はこの『花』こそが自分の計画を狂わせた元凶であったのだと覚る。


()()


『花』は、己が(ほふ)った男を視界に入れてさえいなかった。凍て付いた瞳は、ひたすらに女へ、……(いん)(ねい)では(きん)(よう)という名で呼ばれていた女へ据えられている。


「何で君は、紅華(ホンファ)での僕の呼び名を知ってたの?」


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