表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

 その部屋は、どの時間に足を踏み入れても、夜を思わせる(なま)めかしい香りを帯びている。


 あるいは部屋そのものがその香りを帯びているのではなくて、部屋の主である女がその香を醸造しているのかもしれない。


「んっ……、ふ」


 紅の(とばり)が垂れる牀榻(しょうとう)の上では今、その女が男に押し倒されている真っ最中だった。


 己に覆いかぶさる男をあやすかのように、あるいは煽るかのように背中へ腕を滑らせながら、女は部屋に充満している香以上に艶めかしい声を唇の端からこぼしていく。


「……やっぱり、間違いなかったわよ」


 だが唇が離れた瞬間、女がこぼしたのは嬌声でも睦言でもなかった。


「今日、手合わせをさせて確かめた。あの二人、やっぱり同じ手を使ってた」

「確かなのか」

「私の目を疑うの?」


 挑発的に微笑んだ女は、男の背中を撫で上げるように動かした手を男の後頭部に添えるとそっと力を込める。


 たったそれだけの力で、女と男の唇は再び深く交わりあった。


「ふ、ぁ……んっ。……私を疑うってことは、(ニャン)(ニャン)を疑うことと同じ。お分かり?」

「分かっている」


 低く囁く男の声に、女は再び(つや)やかに微笑んだ。


 だが先程とは違い、その笑みの中には男を誘う艶以外にギラついた野心が垣間見える。


「必ず私が、(ニャン)(ニャン)にご満足いただける結果を持ち帰るわ」


 そんな女の眼光を真正面から受けた男は、わずかに体を起こすと目を細めた。己を見定めるかのような男の視線を受けながらも、女は(ひる)むことなくクスクスと嘲笑をこぼす。


「客に紛れ込んでいれば、紅華(ホンファ)が黒城に入り込んでいても気付かない。そんな腑抜けた黒蓮(ヘイリェン)なんて、私が中から食い散らしてあげる」


 睦言のように甘く。だがその実猛毒のような言葉を吐き出す女の唇を塞ぐように、男は再び女にのしかかる。そんな男に対し、女はあえて男を煽るかのように軽い抵抗を見せた。


「ちょっと。あんたが私のところに客として通ってるのは、伝達役を果たすための偽装でしょ?」

「やることやらずに帰って、疑われたらどうする」

「別に、一晩中話だけして帰る客もいれば、札だの盤だので遊ぶだけの客だって……あっ、やっ!」

「お前だって、満更でもないくせに」


 役目は果たした。後は駄賃として据え膳を喰らうまで。


 そう態度で(うそぶ)く男に流されるように、女もジワジワと体を蝕み始めた快楽に意識を明け渡す。元より女とて口で言うほど抵抗がしたいわけでもない。


「あっ、ん……! あぁ、(ニャン)(ニャン)、私の(ニャン)(ニャン)……!」


 ただ、どれだけ快楽に翻弄されようとも、女の目からギラついた野心が消えることはなかった。


「待っていてくださいね、(ニャン)(ニャン)


 ──貴女が探し求めた花は、必ずこの私が貴女の元へお届けします。


 うわ言のようにこぼされた言葉は、嬌声と衣擦れが響く紅の部屋の中に溶けて消えていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ