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その部屋は、どの時間に足を踏み入れても、夜を思わせる艶めかしい香りを帯びている。
あるいは部屋そのものがその香りを帯びているのではなくて、部屋の主である女がその香を醸造しているのかもしれない。
「んっ……、ふ」
紅の帷が垂れる牀榻の上では今、その女が男に押し倒されている真っ最中だった。
己に覆いかぶさる男をあやすかのように、あるいは煽るかのように背中へ腕を滑らせながら、女は部屋に充満している香以上に艶めかしい声を唇の端からこぼしていく。
「……やっぱり、間違いなかったわよ」
だが唇が離れた瞬間、女がこぼしたのは嬌声でも睦言でもなかった。
「今日、手合わせをさせて確かめた。あの二人、やっぱり同じ手を使ってた」
「確かなのか」
「私の目を疑うの?」
挑発的に微笑んだ女は、男の背中を撫で上げるように動かした手を男の後頭部に添えるとそっと力を込める。
たったそれだけの力で、女と男の唇は再び深く交わりあった。
「ふ、ぁ……んっ。……私を疑うってことは、娘娘を疑うことと同じ。お分かり?」
「分かっている」
低く囁く男の声に、女は再び艶やかに微笑んだ。
だが先程とは違い、その笑みの中には男を誘う艶以外にギラついた野心が垣間見える。
「必ず私が、娘娘にご満足いただける結果を持ち帰るわ」
そんな女の眼光を真正面から受けた男は、わずかに体を起こすと目を細めた。己を見定めるかのような男の視線を受けながらも、女は怯むことなくクスクスと嘲笑をこぼす。
「客に紛れ込んでいれば、紅華が黒城に入り込んでいても気付かない。そんな腑抜けた黒蓮なんて、私が中から食い散らしてあげる」
睦言のように甘く。だがその実猛毒のような言葉を吐き出す女の唇を塞ぐように、男は再び女にのしかかる。そんな男に対し、女はあえて男を煽るかのように軽い抵抗を見せた。
「ちょっと。あんたが私のところに客として通ってるのは、伝達役を果たすための偽装でしょ?」
「やることやらずに帰って、疑われたらどうする」
「別に、一晩中話だけして帰る客もいれば、札だの盤だので遊ぶだけの客だって……あっ、やっ!」
「お前だって、満更でもないくせに」
役目は果たした。後は駄賃として据え膳を喰らうまで。
そう態度で嘯く男に流されるように、女もジワジワと体を蝕み始めた快楽に意識を明け渡す。元より女とて口で言うほど抵抗がしたいわけでもない。
「あっ、ん……! あぁ、娘娘、私の娘娘……!」
ただ、どれだけ快楽に翻弄されようとも、女の目からギラついた野心が消えることはなかった。
「待っていてくださいね、娘娘」
──貴女が探し求めた花は、必ずこの私が貴女の元へお届けします。
うわ言のようにこぼされた言葉は、嬌声と衣擦れが響く紅の部屋の中に溶けて消えていった。